あなたは誰
「このお店はハーブティーがとても豊富ですね」
タルトを運んでくれた中年の女性店員にそう話しかけると、店主の妻だという女性は色々と聞かせてくれた。
「すぐそこのティラメル山の麓に大きなハーブ園があるんですよ。そこのオーナー自ら定期的に納品に来てくれるんです。運が良ければ摘みたてのハーブでフレッシュハーブティーもお出し出来ますよ」
「フレッシュハーブティーまであるなんて凄いですね!」
「そうでしょう。私もそのハーブ園に時々行くんですけどね、温室がいくつもあって、季節関係なく安定して生育できるようにしているって聞きましたよ」
凄いわ。
そんな大きなハーブ園があるなら是非行ってみたい。
私の知らないハーブもあるかもしれないわ。
「そのハーブ園はなんていうお名前ですか?まだ数日滞在するので行けたら行ってみたいのですが」
「ああ、それなら観光客向けのパンフレットが店の入口に置いてあるから後でご覧になってくださいな。歩くと少しありますけど、見に行く人も割といるんで辻馬車に言えばすぐに案内してくれますよ」
私はご夫人に礼を言い、すぐに入口にあるパンフレットを取りに行った。
スタンレンハーブ農園。
カフェの入口に置いてある観光案内にはそう書かれていた。
「へぇ、スタンレンか。公爵様がやられているのかな?」
私がそのハーブ園の案内を見ていると横から覗き込んでいるライアン様が呟いた。
「スタンレン公爵様って、このセディーレ地方を治めている方ですよね。確か国王の三番目の弟で・・」
「そうだね。僕は遠目にしかお会いしたことはないけれど、陛下同様とても人格者だとの評判のお方だよね」
「私、明日にでも行ってみたいと思うのですけどよろしいですか?」
このセディーレへの旅はベルトラン兄妹あってのものだから、お伺いを立てるべきよね。
馬車をお借りするにしてもベルトラン家のものですもの。
「もちろん。せっかくの旅行なんだ。君は好きに行動すると良いよ。僕も一緒に行きたいけれど、明日は挨拶に行かなければならない家が何軒かあってね。ルイーズでも誘うと良いよ」
「はい!ありがとうございます」
楽しみだわ。
一体どんなハーブ園なのかしら。
お土産なんかも買えるといいのだけれど。
「それよりアリシア嬢。僕たちは先ほど親しい友人へと昇格したはずだ。話し方を改めてもう少し砕けた感じにしてくれると嬉しいのだが」
「!?」
「親しい友人は敬語なんか使わないだろう?」
「そうですね・・、それじゃあ徐々に慣れるよう努力します」
異性に敬語を使わないなんてリアンにたいしてくらいじゃないかしら?
お兄様にも完全ではないにしろ丁寧な言葉で話すようにしているのだもの。
そうね、でも親しくなる為には話し方も変えなければならないのよね、きっと。
たっぷり話して、ハーブティーもショコラタルトも堪能した私たちは途中いくつかのお店でルイーズへのお土産を買って、夕暮れ頃に別荘へと帰り着いた。
「お帰り!お兄様とのデートはどうだった?」
私が戻って部屋で着替えをしている最中、ノックもせずに部屋に入って来るなりルイーズが尋ねてきた。
危ないわ。
左腕の痣、見られてないと良いのだけれど。
「ルイーズ様、アリシアお嬢様はまだお着替え中ですので少々お待ちくださいませ」
王都のお屋敷から私の供として付いて来てくれたメイドのアンナは、ファスナーを閉め切っていないナイトドレスからはだけた上半身を覆うように大きなブランケットを掛けてくれた。
私は急いで身支度を整えルイーズの方へ向き直すと、ライアン様と一緒に選んだお土産の焼き菓子を食べながら窓際の椅子に腰掛けてこちらを見ていた。
「ハーブティーいっぱいあったでしょう」
「ええ!凄いのよ。王都のカフェよりずっと種類が豊富だったわ」
「私がお兄様にあなたを誘うように言ったのよ。絶対喜ぶからって」
「そうみたいね。ありがとう。すっごく充実した時間だったわ」
「色々と昔の、過去の思い出が蘇ったんじゃない?」
・・え?
一体どういう意味なのかしら。
ルイーズの意図のわからぬ発言にどう返していいか言葉に詰まっていると、2人で話したいと言うのでメイドのアンナには部屋から出て行ってもらった。
「ええっと・・、確かに私は以前からハーブティーが大好きだけれど・・。でもそれもここ数年のことだから昔という程ではないわよ」
しんとした沈黙に何故か耐えられず適当な返答をして様子を窺っているとルイーズが顔を近付けて耳元でこう囁いた。
「アーリャ、私が誰だかわかる?」
え?
アーリャって言った?
あなたがどうしてその愛称を知っているの?
困惑した私にルイーズは続ける。
「まさかこんな形で再会することになるとは思っていなかったわ」
再会って・・
どういうこと?
ルイーズは何を言っているのかしら。
「ねぇ、アーリャ。いいえ、アーリア。あなた、前世の記憶持ちでしょう」
左腕を掴まれ、手首から肘付近までつつぅと痣のあるあたりを指先でなぞられた。
ヒヤリと、ドクンと大きくなる鼓動。
どうして誰にも話していない私の秘密をルイーズが知っているの?
でも私をアーリアと呼んだ。
それは間違いなく私の前世の名前。
ということはルイーズも前世の記憶を持っているということなのかしら。
そしてアーリアの身近にいた人物。
「あなたは誰なの?」
しばらく考え込んでいた私がやっと発した言葉がそれだった。