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セディーレ地方

私は数日後に迫ったセディーレ地方への出発に向けて色々と準備を進めていた。

後日、父より呼び出しがあり、供と使用人を付けさせると告げられた。

私の左腕の痣をベルトラン家の人達に見られないようにとの配慮だ。

「よいか、アリシア。ベルトランの子息はお前を気に入っているのだろう。今回の招待も恐らく下心あってのことだ。お前はただでさえその痣のせいで婚姻が難しいことが予想される。その腕、決して見られるのではないぞ」

恐らく母の意向なのだろう。

齢40をとうに超えても若い時の美しさを保っている母はとても美意識の高い女性だ。

誰よりも、私の左腕の痣を嘆いているのを知っている。

自分の胎から酷い痣を持った娘を産み落としたなど認めたくないのかもしれない。

だけれど、いつもなら胸をツキンと刺す父からの言葉も、今は全く気にならないほどにセディーレへと気持ちが向いている。

過去の、ユリシスの真相に少しでも近付けるのかもしれないのだから。



私はこれまでの情報から、ユリシスが生きているのではないかと確信を持ち始めていた。

セディーレ地方に別荘を持つ友人や、ベルトラン兄妹の話から、ユリシスはもしかしたら他家の養子になっているのではないかと辿り着いたのだ。

だけれどその先が見つからない。

仮に養子になっていたとして、どこの家に入ったのか。

そもそもユリシスが生きているのならば、お父様達は何故養子になんて出したのか。

ユリシスがいればコールライド家だってイザリア様に譲らずにユリシスが継いだはずだ。

私はこの旅でその核心に少しでも近づければと思っている。



ベルトラン兄妹が馬車で迎えに来てくれた朝、珍しく父が見送りに出てきた。

初めてのことだった。

父に遅れて母も出てきたことには驚きを通り越して、言葉をなくしてしまった。

なんと言って出発すればいいのかわからない。

気まずそうに俯く私に声をかけてくれたのは弟のリアンだった。

「楽しんでこいよアリシア。寝坊はするなよな」

朝が弱い私は毎朝ギリギリまで起きられないのだけれど、それを家族以外の人に知られるのは恥ずかしかったけれど、リアンの他意のない無邪気な笑顔には正直救われた。

私達きょうだいはいつもこうやってさり気なくお互いを気遣い合っている。

「それでは行ってまいります」

見送りに出てくれた家族に一礼をして、エスコートをしてくれるライアン様の手を取り馬車に乗り込んだ。

ライアン様と父は何やら話をしているようだけれど、私は馬車の中で笑顔で待ち受けてくれたルイーズに今回の招待のお礼を改めて伝えて隣に座った。



「ねぇ、リアン様ってお可愛らしいわよね」

「ええっ?」

ルイーズからの意外な発言に驚いて思わず大きな声を出してしまった。

「リアンが可愛い・・?そうかしら」

「あら、一部の女生徒たちの間では人気なのよ。笑った時のえくぼがとっても可愛いって」

「えぇぇ・・、初耳だわ。本人の耳に入ると落ち込むかもしれないから黙っておくわね」

リアンは学院を卒業したら騎士団に入団することを望んでいる。

私同様小柄なリアンは、男らしくある為にわざと乱暴な言葉を使う時もあるし、体を鍛えるための訓練も欠かさない。

食事だって人の倍食べて体格に恵まれる努力もしている。

そんなリアンがもし女生徒達から可愛いと言われているだなんて知ったらショックを受けるのではないかしら。

これは私は聞かなかったことにした方が良さそうね。

そんな会話をしていると、両親との挨拶を終えたライアン様が馬車に入ってきて、御者に合図を出し、出発となった。

私は改めてライアン様にもこの旅のお礼を伝えた。

「いや、僕も楽しみにしていたんだ。君を連れて行きたい場所があって」

「ステンドグラスが素敵なカフェがあって、そこにアリシアと一緒に行きたいんですって!」

「こら、ルイーズ。どうして先に言ってしまうんだよ」

「だってお兄様ったら、自分では誘えない、とか泣き言を言っていたじゃない。感謝して欲しいくらいだわ」

ルイーズとライアン様の仲の良い掛け合いが楽しくて数日かかるセディーレへの道も楽しく感じそうだと自然と笑みが溢れるのを感じた。



セディーレへと向かう途中、幾つかの街や関所を越えた。

ヨルーノ、トリトー、ユアンヌ、そしてジェレニ。

大河沿いにセディーレへと向かって逆流していく。

この大河を越えたら国境が近いのよ、と途中でルイーズが教えてくれた。

でも橋は滅多にないし、この激しい流れを船で渡るのは困難だけれど、とも。

ベルトラン兄妹によって貴族用の宿が手配してあって、至れり尽くせりな道中だった。

どの宿でもその地方の郷土料理を提供してくれて、王都の屋敷とルイドル領の往復くらいしか経験のない私はどの料理も新鮮に感じて感動が止まらなかった。

食べ過ぎてしまって、きっとこの旅行が終わったら私はダイエットに励むのだろうと予想している。

地方都市の宿屋は王都と比べて質素な作りのものが多いけれど、それもとても新鮮で興味深かった。

ルイドル家の屋敷の私の部屋は祖母が使用していた部屋で、その時の名残で豪奢な雰囲気だけれど、私はこういったシンプルな作りの部屋の方が落ち着くわ、なんて思いながら眠りについた。



5日目にセディーレ領へと到着し、更に奥地の高台にあるベルトラン家の別荘に到着したのは午後も遅い時間帯だった。

ロイズという別荘の管理人と数人の使用人達が出迎えてくれて、荷物も各部屋へと運び入れてくれた。

私は早速ベルトラン兄妹に別荘の中を案内してもらったのだけれど、セディーレ地方特有の木材をふんだんに使用したシックで落ち着いた造りで、初めて見るローズウッドの腰壁や、装飾のされていない自然のままの手摺りなど、とても私好みの素敵な内装に胸が高鳴った。

「とても素敵な別荘ね!木の香りが堪らないわ」

私は大きく手を広げて思い切り深呼吸をしてみせた。

「そう?ありがとう。私は王都のお屋敷も豪奢で好きなんだけれど。ここはここで落ち着くのよね」

「この別荘に使われている木材はセディーレ地方特有の加工方法で、よく見ると細かい彫りが入っているんだ。とても手がかかっているって聞いたよ」

そんな説明をしてもらいながら屋敷内や綺麗に手入れがされた庭園を見て周った。



季節は夏も近いというのにとても涼しいわ。

やっぱり山地は気温が少し低いのね。

夕方の少しだけ冷えた風を頬に感じながら、近くの山々の向こうに沈みそうな夕陽を見つめる。

普段一年の殆どを王都の屋敷で過ごしている私にとって、鳥や虫の鳴き声が間近に聞こえる自然に囲まれた環境で過ごすこの時間はとても贅沢に感じる。

そういえばアーリアだった時もこうして同じような風景を見たような記憶がある。

あの時はすぐ隣にユリシスがいたのだけれど。

ここからは見えないけれど確かあそこの山の麓には湖があったはずだわ。

うん、思い出してきた。

アーリアの時に別荘に何度か来ているもの。

そうだったわ、私がどうしても欲しいハーブの苗があって、ユリシスと二人で買いに行ったら帰りが遅くなってしまってお父様達を心配させてしまったのだったわ。

懐かしい。

コールライドの屋敷に植えたけれど、あの苗はまだ根を張っているのかしら。

「アリシア、そろそろ夕食の時間だわ。その前に湯浴みを済ませてしまいましょう」

ルイーズにそう声を掛けられるまで私は随分と長いこと物思いにふけっていた気がする。





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