真相に向けて
「嫡男であるユリシス様が戻ってきて下されば、僕の憂鬱も吹き飛ぶんだけどなぁ」
ユリシスが戻る・・?
どういうことかしら?
ライアン・ベルトランから発せられた言葉に私は胸の鼓動が一気に早くなり、身体が硬くなったのを感じた。
「ベルトラン様、ユリシス様が戻る、というのはどういう意味でしょうか」
「あ、しまった。これは言わない方が良かったんだったか」
「もぉ、お兄様の一番の欠点は後先考えずに言葉を発するところよね」
ルイーズに窘められているライアンは少しばつが悪そうだったが、私は先を急がせた。
「ユリシス様は亡くなられたのですよね?」
「ああ・・、いや、まぁこれも他言無用でお願いしたいんだけど・・」
「もちろんですわ。決して他人には話しません」
ドクンドクンとまるで胸が波打つような感覚に襲われる。
一体何があったのかしら。
「カリル様が仰ったんだ。あ、カリル様というのはイザリア様のご長男で次期御当主様なんだけれど。僕より少し年上でもう成人なさっているんだ。それで少し前の会食の際にワインを飲み過ぎてしまったらしくてね。酔って僕にこう言ったんだ。ユリシスが戻って来たら僕は当主になれないだろうな、と」
「どういう意味でしょうか?」
「僕もその時は分からずにいたんだけれど、翌朝領地に戻るご挨拶をした際に聞いてみたら顔色を変えて、忘れろ、と言われたんだ」
カリルは私たちの従弟だった。
少し歳が離れていたからそれほど交流もなかったけれど、幼かったカリルがもうそんな年齢になっているのね。
「それはユリシス様が生きている、ということですか?」
ドクドクと大きな鼓動を感じる。
ぎゅっと握っている手は汗ばんでいる。
私は今どんな表情をしているのだろう。
きっと顔は引き攣り、声も上擦っていることだろう。
私はちゃんと平静を装えているだろうか。
「僕もあれから気になってね。その可能性もあるのじゃないかと。そうすると正当な後継者はユリシス様になるから、カリル様は当主にはなれないんじゃないかと、だからあんな愚痴をこぼしたんじゃないかと考えたんだ」
「・・でも、事故で亡くなられたのですよね?」
「僕は父からそう聞いているし、当時のコールライド家からの通達もそのように書かれていたみたいだよ」
「カリル様の自信の無さの現れがユリシス様の亡霊でも見させたのではなくて?だってカリル様ったら一番得意なことは女性を口説くことなんですもの。あの方が私の婚約者候補だなんて憂鬱でしかないわ」
ルイーズがカリルを評するところを聞くと、カリルも父であるイザリア同様、問題のある性格ということだろうか。
家同士の付き合いの深いルイーズがそう言うなんて、もしかしたら甘やかされて育ったのかしら。
最後に会ったカリルはまだ幼くて、叔母様と手を繋いでいる印象しか残っていないけれど。
「ユリシス様が生きているという確証はあるのですか?」
「いやぁ、それは見つけられなかったね。だけれど前御当主様のセルビア様ご夫妻が隠られているセディーレ地方でユリシス様に似た方を見たという者がいたんだよ。当家御用達の商会なんだが。その者に聞いてみることはできるよ」
ユリシスの情報は欲しい。
もしも、私が殺してしまったユリシスがもしも生きているのなら、それははっきりとさせておきたい。
でもそれを望むのは不自然に思われないだろうか。
私は飽くまでアリシア・ルイドルで、コールライド家の実情を知りたいのは貴族の歴史を勉強しているからという体なのだから。
「ありがとうございます。もし機会があればその情報も教えてくださると幸いでございますわ。隠された真実なんて、いかにも貴族っぽくてとても興味深いですもの」
私はそうお礼を伝えて、ベルトラン兄妹と別れた。
その日は午後の授業なんて頭に入らなかった。
ユリシスが生きているかもしれない。
それを確かめる方法をずっと考えている。
確かセディーレ地方と言っていた。
その名前には聞き覚えがあった。
王都から馬車で5日程の距離だと記憶している。
高い山々が聳える地域で、夏でも涼しい日が多いため、貴族達の別荘が点在している地域だ。
コールライド家の別荘もそこにあって、夏になると暑さを逃れる為に家族で滞在していた。
だけれど、ルイドル家の別荘はそこにはないのよね。
でも絶対に行って確かめないと気が済まないわ。
どうにかして行く方法を考えないと。
一人で向かうなんて許してもらえるはずがないし、何か策を練らないとならないわね。
私は悶々と悩む毎日が続いた。
セディーレ地方へ行くために、とりあえず情報を集めることとした。
肝心の行く手段は見つけられないままだけれど、前世の両親の情報は僅かながらに得ることが出来たのは幸いだった。
どうやらお父様が生きる気力を無くしたという情報は本当で、現在でもセディーレの別荘に篭る毎日だという。
お母様は伏せって寝込む日も多く、痩せ細ってしまい、かつてマルグリッドの宝花と呼ばれた面影は無くなってしまったらしい。
これはセディーレに別荘を持つ友人が教えてくれたことだから、恐らく間違いはないだろう。
セディーレへと向かうきっかけを得られぬまま三月が経とうとしていた。
私は14歳となり、前世のアーリアが死んだ時の年齢となっていた。
そんな時にきっかけをくれたのはまたもベルトラン兄妹だった。
「ねぇ、アリシア。あなたセディーレ地方へ行ってみたいのじゃなくて?」
「え?ええ、そうね、行ってみたいけれど・・」
進級しクラスが別になったルイーズに数日振りに話しかけられた。
彼女の意図が分からず困惑気味の私の様子を気にすることなくルイーズは続ける。
「ふっふっふ。感謝しなさい、アリシア。なんと、来月の休みにセディーレの我が別荘にご招待いたします」
「え、えええっ、良いの?」
「当たり前よ。でも条件があるわ」
「なになに?何でもするわよ、もう!」
思いがけないルイーズからの誘いに私は興奮を隠せない。
「お兄様がね、あなたと一緒にセディーレの街中を歩きたいのですって。とっても綺麗なカフェがあるの」
「そんなこと!いくらでもやるわよ。ありがとうルイーズ!」
喜びが爆発してルイーズにガバッと思い切り抱きつくと、ルイーズはふふふと優しく笑い返してくれた。
なんてこと!
これでセディーレへと向かうきっかけが出来たわ。
「でもご両親の許可はいただけるかしら?」
「今日お父様に話してみるわ。セディーレへはルイーズのご両親もご一緒に?」
「ええ、それはもちろん。でも馬車は別にするから心配しないで。お父様達はもしかしたら数日遅れてくるかもしれないの」
「そうなのね。じゃあ、明日また会いに行くわ」
始業の鐘が鳴ったのを機にルイーズは自分のクラスへと戻って行った。
これでセディーレに行けるかもしれない。
前世のお父様達にお会いするのは無理だろうけれど、コールライド家の別荘の様子を見に行くことくらいなら出来そうだわ。
ユリシスの情報も誰か知っているかもしれない。
セディーレに行けば、過去の真相に近付けるのではないかしら。
この三月の間、コールライド家の情報を少しでも集めておいて良かったわ。
ベルトラン兄妹には何かお礼をしなくっちゃ。
ルイーズには感謝してもしきれないもの。
でも問題はお父様よね。
もう随分長いこと会話らしい会話をしていないけれど・・
どうにか説得してセディーレへ行く許可をもらわないといけないわ。
その日の夜、夕食時に私は家族の揃った食卓で切り出すことにした。
「あの、お父様。お話がございます」
お父様に話しかけるのはいつだって緊張するわ。
今も手が震えるのを必死で隠しているのだもの。
「なんだ、アリシア」
目を合わせず冷たい声の父に私はごくりと唾を飲み込む。
大丈夫。
上手く言えなくてもきっとお兄様達がフォローしてくれるはず。
「来月の学院の短期休暇に、ベルトラン家のご兄妹からセディーレの別荘へと招待を受けました。招待を受けてもよろしいでしょうか」
「へぇ、アリシア、ベルトラン伯爵のご令嬢と仲が良いのか」
長兄のカイルが口を挟んでくるが、緊張の為それに応える精神的な余裕はない。
「ベルトラン家か。いいだろう。あそこの家と付き合うことは当ルイドル家の為にもなる。私から招待のお礼状を出しておこう。くれぐれも失礼のないように、アリシア」
え・・?
こんなあっさり認められたわ?
本当にいいのかしら。
私が拍子抜けをして僅かな時間呆けていると次兄のローレルが「俺も行きたいぜ、セディーレ」と口を挟み、私はそれでハッと意識が戻った。
「ありがとうございます、お父様」
まさか一度の交渉で成功するとは思わなかったけれど・・
なんにせよこれでセディーレへと行けることになったわ。