コールライド家の現状
私は学院の書庫に篭る毎日が続いた。
貴族年鑑を始め、マルグリッド歴に関することを調べる為に。
家庭教師からも教わる機会はあるだろうけれど、怪しまれずに調べたかった。
一番の目的は、私達の死はどのように扱われているのかを知りたかった。
だけれど・・
学院の書庫にある貴族年鑑はここ近年のものは記載されていなくて、コールライド家の当主はお祖父様の代のままだった。
ここ最近の、特に14〜15年位前の出来事を知るにはどうしたら良いのかしら。
ルイドル家とコールライド家は領地も離れているし、これまで家族の口からコールライド家の話題を聞いたことはない。
もしかしたらお父様だったらそのお立場から少しの情報を持っているかもしれない。
けれど父に話しかけることは躊躇われた。
もう随分と長い間会話をしていないもの。
他の唯一の心当たりといえば、学院の友人のルイーズ・ベルトランの領地がコールライド家と隣り合わせだったということで、私はそちらをあたってみることにした。
「ねぇ、ルイーズ。ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
「あら、なぁに?」
ルイーズ・ベルトランはとても明るい裏表のない性格で、男女問わず友人が多い。
栗毛色のふわふわとした長い髪をいつも後ろで高く一つにまとめ上げていて、活発な彼女にはそれがとても似合っている。
「ルイーズの領地の隣はコールライド家だったわよね。交流はあるのかしら」
「そうねぇ。お父様達はたまに会食をしているみたいね。私は二度ほどご挨拶を交わしただけだわ」
「そうなのね。現在の御当主様はなんというお方なの?」
「ええっと、確か、イザリア様と仰ったかしら」
「イザリア様・・・」
その名前にはとても聞き覚えがあった。
父の弟、私の、アーリアの叔父にあたる人物だった。
なぜ叔父が当主となったのだろう。
お父様はどうしたのかしら。
「アリシア、それがどうかしたの?」
「あ、ええっと・・、コールライド家の御当主様はセルビア様と聞いたことがあるのだけど違うのかしら?」
「ん〜、そうね。私も詳しくは知らないのだけど、セルビア様は前御当主様よね。確かご病気でイザリア様に譲ったと聞いたことがあるけれど・・」
お父様がご病気?
家督を譲るだなんて余程重病だったのかしら。
ユリシスを私が奪ってしまった以上、もう我が家には跡取りはいなかったのだし。
「セルビア様のご病気はどうなのかしら。まだご存命なの?」
「なぁに?そんなことを気にするなんておかしなアリシア」
「あ、えっと、その、今この国の貴族の歴史を勉強していて知りたいのよ」
「そうなの。でもごめんなさい。私は詳しくないの。でもお兄様なら知っていると思うわ。お父様について一緒にコールライド家との会食にも参加しているもの」
前世のお父様について知りたいわ。
そしてお母様も現在どうしていらっしゃるのかしら。
私はルイーズとの会話の最中、考え込んでしまっていた。
「そうだ、アリシア。今日の昼食を一緒にどう?お兄様に取り継ぐわよ」
ルイーズが言うには、1つ年上の兄ライアンは同じ学院に通っているという。
私はルイーズの提案をありがたく受け入れ、昼食の時間を待った。
前世の両親は子ども達のことを愛してくれていたと思う。
セルビアお父様は貴族であることの、侯爵家当主であるということの誇りを強く持っていて、周りにも自分にも常に厳しいお方だった。
それは後継のユリシスにとってはとても辛かったことのようで、お父様とユリシスとの間には若干の溝があったように思う。
だけれど愛情深くて、優しい部分もあるのだと私は知っている。
そう、知っていたのだ。
それなのに何故ユリシスと私は両親には認めてもらえないと初めから決めつけていたのだろう。
もっと理解を得る努力も出来たのではないだろうか。
それも今となっては過ぎたことだけれど。
昼食の時間になって、学院に併設されている食堂に向かうと、ルイーズは兄のライアンを紹介してくれた。
「初めまして、アリシア嬢。ライアン・ベルトランだ。この場を設けられたことを嬉しく思う」
「ふふ、お兄様ったら、以前アリシアを見かけてからずっと・・」
「こら、それは言うなと言っただろう」
「・・?初めましてベルトラン様。アリシア・ルイドルと申します。本日はお時間をいただけましたこと、とても光栄でございます」
とても仲の良い兄妹なのだろう。
二人から感じる雰囲気はとても和やかで温かなものだった。
私たちはテーブルに着くと早速話の本題に入った。
「先ほどルイーズから少し聞いたが、コールライド家のことを調べているとか」
「はい。貴族の歴史を勉強しております。そこでコールライド家の御当主様の名前が異なっていたことがどうしても気になってしまいまして」
「そうか。コールライド家とは我がベルトラン家と昔から懇意にしている。幾代かに渡っては婚姻関係も結んでいるのだよ」
「そうなのですか」
前世の私は貴族のことに、他家のことに疎かった。
貴族同士のしがらみや、どこのお家と付き合いがあるだとか、侯爵家の令嬢として知っておくべきだったこともあったはずなのに。
私は大好きなハーブとユリシス、その二つがあれば満たされてしまって、その他のことには頓着しなかった気がする。
だからコールライド家がベルトラン家と懇意にしているなど知る由もなかった。
「前御当主様のセルビア様はなぜご隠居なさったのでしょうか」
「ああ、それはご病気と聞いているが。実のところはちょっと複雑でね」
「複雑、ですか?」
「もうだいぶ以前のことだから話すけれど、他言はしないでくれよ」
「わかりました」
ライアン・ベルトランは声を落としてこう続けた。
「前御当主のセルビア様と夫人の間には二人のお子さんがいたんだ。確か、ユリシス様とアーリア様と仰ったかな。僕はお会いしたことがないのだけれど。そのお二人が事故で同時に亡くなられてしまってね」
事故・・
私たちは事故で死んだことになっているのね。
真実とはだいぶ異なる伝え方をされているのね。
「夫人の方は心を病み、セルビア様は生きる気力を無くしてしまって領地経営が立ち行かなくなってしまったらしいんだよ」
私のせいでお父様とお母様がそんなことに・・
どうしてそこまで思い至らなかったのかしら。
両親の心情を想像して今にも涙が溢れそうなのを必死に堪えている。
「そこでセルビア様の弟君のイザリア様が当主となって、傾きかけたコールライド家を立て直したんだ」
「そうだったのですか」
叔父様はお父様と仲が良かったようにみえた。
頻繁に会いに来ていたし、よく一緒に狩にも行っていた。
叔父様がお父様を支えてくださったのね。
「だけどね」
ライアン・ベルトランはより一層声を潜めて続けた。
「イザリア様になって、コールライド家の評判は、特にここ近年ガタ落ちなんだ」
「どういうことですか?」
「もとよりイザリア様は散財するのが好きで何度か父親であるコールライド侯爵から勘当を言い渡されたことがあったらしいんだ。その間を取り持ったり、借金の整理を手伝っていたのが兄であるセルビア様なんだ」
叔父様にそんな一面があっただなんて初耳だわ。
私の記憶では柔らかな印象の優しい人だったもの。
「イザリア様は領内の税金を上げ私腹を肥やしている。これが現在の領民達の評判さ」
「そのような状況で領地の運営は上手くいっているのですか?」
「あそこには以前から仕えている優秀な執事と秘書がいるから何とかなっているだろうね。その人達が愛想を尽かして去ってしまったらコールライド家はお終いじゃないかな」
「お兄様、それは言い過ぎですわ」
「いいじゃないか。僕だって色々と思うところはあるんだ。なんせこの先付き合っていかなければならない相手なのだからね」
執事というのは恐らくコールマン達のことね。
確かに彼らは勤勉で優秀で、時には当主であるお父様にも意見をする場面を見たことがあるわ。
彼らが現在もコールライド家を支えてくれているのね。