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もっと想いを伝え合えば良かったんだ

アーリアにまとわりつく煩わしい虫達をどうにかしなければならない。

僕は日々その事に頭を悩ませていた。

そんな時だった。

父上から婚約者が決まったと唐突に言われたのは。



僕は侯爵家の嫡男であるという自覚はあった。

コールライド家の次期当主だという自覚は、幼き頃より植え付けられていた。

だけれど、いつか、どこぞかの令嬢を娶って、子どもを成せばならないという一点だけがどうも受け入れられなかったのだ。

だってそれはアーリア以外には考えられなかったから。

だけれど僕とアーリアとは子は成せないだろう。

だから結婚はせず、アーリアとずっと共に生き、後継は養子でも迎えようと考えていた。

幸い15を過ぎても父上は婚約の話はしてこない。

僕の中でその妄想は膨らんでいく一方だった。



だから前々からの打診もなく、突然の婚約には正直戸惑った。

そして更に僕を動揺させたのが、アーリアの内々の婚約話だった。

やはりあの第二王子は行動に移していたのだ。

僕のアーリアをあんな奴に渡せるわけがないだろう。



僕の婚約者、リリス・フィナンシスとの結婚と、アーリアとローマン・セル・カーディベントとの結婚。

そのどちらも退けて、尚且つ今後一切の縁談を断る理由を考えなければならない。

そしてアーリアと共に生きていく手段を考えなくてはならない。

それは僕が今現在持っているものだけでは到底足りえなかった。



どうする?

考えろ。

アーリアは絶対に離さない。

その為に僕に出来ることはなんだ?

やらなければならないことはなんだ?

僕はどうしたらアーリアを手放さずに生きていけるのだろう。



僕は一人で考えた。

アーリアを不安にさせたくないから悩んでいる姿は見せたくなかった。

16歳の僕は余りにも無力で、僕一人で出来ることは限られていて、財力も、力も、今あるものは全て親から与えられたものなのだと痛感させられた。



そうこうしているうちに婚約の話は進んでいき、当家にリリス・フィナンシスが訪れて来るようになった。

正式な婚約は当人達の気持ちも考慮しつつ、との意向で少し先に延ばせているが、それも時間の問題だ。

とりあえず今はこの目の前にいるリリス・フィナンシスに嫌われることを考えよう。



「ユリシス様、本日はお招きいただき光栄でございます」

マルグリッドの秘宝と呼ばれる目の前の少女は、腰まである艶々のブロンドヘアに黄金の瞳で、大聖堂に飾られていた女神様のイメージ姿絵にどことなく似ている娘だった。

これがマルグリッドの秘宝か。

アーリアの方が比べるほどにないくらい可愛らしいじゃないか。

この娘に罪はないが、僕は少し憎々しい気持ちさえ抱いていた。



リリス・フィナンシスと過ごす時間は僕にとって苦痛だった。

もとより僕は人見知りだし、女性が苦手だ。

特に男に媚びるしか出来ない女とは目も合わせたくない。

目の前のこの娘だってきっとそうだ。

親に言われて僕の家柄と結婚するような女と一生を共にするなんて考えたくもない。



貴族ならば婚姻は家同士のもの。

そこに当人同士の気持ちなど、取るに足らないものだ。

そのことはずっと言われ続けたことだ。

だからこの婚約を受け入れられない僕は貴族としての、次期当主としての自覚が欠落しているのだろうか。



リリス・フィナンシスから振られる話題は余りにも興味のない話ばかりで、適当に相槌を打ちながら窓の外を見るとアーリアが庭師と何やら話している。

アーリアの好きなハーブの育つ温室のことだろうか。

そういえば新しいハーブを育ててみたいと話していたな。

ああ、早くアーリアとまた温室でハーブティが飲みたい。

リリス・フィナンシスと過ごしている時間はそんなことを考えて時間が過ぎるのを待っていた。



婚約回避の為の、そしてアーリアと共に生きていく為の術を見つけられないまま、そんな自分が情けなくて、後ろめたくて、アーリアとは目を合わせることすら出来なくなってしまった。

愛しいアーリア。

もう少し僕に時間を与えてくれ。

きっと、きっと君を僕だけのアーリアにする手段を考えてみせるから。

そうして幾月か過ぎていき、いよいよリリス・フィナンシスとの婚約が正式なものとなりつつあった。



リリス・フィナンシスが当家を訪れるのは何度目だろう。

今日もまたあの退屈で憂鬱な時間が始まるのか。

そんなことを思いながら彼女を出迎えていた。

その日は両親は屋敷におらず、珍しく彼女の希望で僕の部屋で茶を飲んでいた。

リリス・フィナンシスが供に連れてきていた使用人を外させ、部屋に二人きりになった。

僕の部屋からはアーリアの好きな温室が見えない。

今アーリアはどこにいるのだろう。

そんなことをぼんやりと考えていた。



「ねぇ、ユリシス様。あなた妹のアーリア様のこと好きなんでしょう」

唐突に言われ驚いて彼女の方を向くと、嘲笑うかのような表情の彼女と目が合った。

「ユリシス様わかりやすいのですもの。私といる時もつまらなそうだし、アーリア様の姿が見えるととても愛おしそうに微笑むの。御自覚がおありじゃなかったのですの?」

僕は返す言葉を必死で探したが言葉が何も出てこない。

「それでも私は構いませんわ。私はコールライド家と婚姻を結ぶのですから。ユリシス様の気持ちも誰にも話しません。だけれど、それじゃ私、少し悔しいんですの」

そう言うと彼女はおもむろに僕に近付き、僕の手を握った。

その手を振り払おうとしたけれど、逆にぎゅっと握り返されて、そのまま寝台へと押し倒された。

予想外の出来事に混乱していた僕は抵抗することも出来ず、彼女にされるがままだった。



「私はマルグリッドの秘宝と呼ばれる娘です。そんな私が男性の一人も虜に出来ないなんて悔しいの。ねぇ、ユリシス様、このままだと私たちは必ず結婚するわ。私は貴方に気持ちはないけれど、貴方の家柄はとっても魅力的なの」

そう言うと彼女はドレスの留め具を外し、その下に身に着けていた下着も外し、上半身が露わの状態になった。

「ユリシス様ってアーリア様以外の女性と触れ合う機会がなかったから、きっと勘違いをしているのよ。私といたしてしまえばきっと目が覚めますわ」

僕の手を自身の胸に押し付け、無理やりに触れさせられた。

少しの間、呆然としてしまったが、我に返って、その手を払いのけ、僕は叫んでいた。

「ふざけるな。婚前交渉なんてもってのほかだ。そんな女は願い下げだ」

僕の余りの剣幕に驚きと怒りを覚えたであろう彼女はすぐに身支度を整え帰っていった。



何がマルグリッドの秘宝だ。

あんな女だったのか。

単なるあば擦れ女じゃないか。

あんな女、万一にも結婚して子を儲けたところで本当に自分の子かわかったもんじゃない。

第一・・・

あの女に食指が全く動かなかった。

穢らわしいとすら思ってしまった。

ああ、アーリア、アーリアに触れたい。

あれがアーリアだったら、僕はきっと抑えなんか効かなかっただろう。



その日はアーリアと顔を合わせるのが余計気まずいような気がして、部屋から出ることなく就寝した。

そして猛烈な痛みで眠りから覚めると、アーリアが自分の左腕を切り裂いているのが目に飛び込んできた。

アーリア、と声を出そうとしたけれど痛みで声を出すことは出来なかった。

「ユリシス、大好きよ」

そう聞こえて、アーリアの唇が僕の唇と重なった。

そうか。

アーリアはこの生を閉じることで僕と一緒にいることを選んだのだ。

ならば僕も共に行こう。

猛烈な痛みで意識が遠のいていく。

アーリアの左腕から流れ出る血液を服越しに感じながら僕は目を瞑り、伸し掛かっているアーリアの背中に腕をまわした。

ああ・・

僕がもし僕の気持ちを話していたら。

もっと2人で色んなことを伝え合っていたら、もっと別の道もあったんじゃないか。

それが僕の一番の後悔だった。





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