第6話 入学試験! 魔法少女同士で決闘⁉③
話し合いが続いている。
向こうは意見を変える気はなさそうだ。
こうなったらヤケだ。
あとで怒られるの覚悟で言いたいことを全部言ってやる。
私はグッと握りこぶしを作り、勇気を振り絞った。
「あの、何で魔法少女同士で戦わないといけないんですか⁉」
「は?」
みんなが何言ってんだこいつって感じの顔になった。
そんなにおかしなことを言っただろうか。
いや、別に間違ったことは言ってないはずだ。
「だって、魔法少女はみんなを助けるために花異獣っていうのと戦うんですよね。だとしたら仲間同士で戦うなんて、しかも殺してもいいなんて絶対に間違ってます!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あなた、何考えてんのよ⁉」
と舞ちゃんに腕をグイッと引っ張られて下がらされた。
まだ言いたいことあるのにー。
「何って、だって魔法少女同士で戦えだなんておかしいじゃん!」
「そういう決まりなのよ! いい、この学園では代々受け継がれた神聖な決闘の仕来りがあるの!」
「仕来りなんて言われても、私そんなの分かんないし!」
言い争っているとヒルグリム先生はあきれた顔をして背を向けた。
「やれやれ、無意味な時間を過ごしてしまった。ラボラトリー、お前の目は節穴だよ」
「ちょっと、ケミィ先生は関係ないじゃん!」
「いいや、こんな馬鹿を連れてきたやつの失態だ。お前には学園に入るどころか、ここに立つ資格すら無い。これ以上は時間の無駄なので、私は帰る」
「そんな! 私まだ何も……、あれ? 体が動かない。なんで⁉」
ヒルグリム先生を追いかけようとしたら、振り向きざま鋭い眼光で射抜かれた。
かと思えば体がピクリとも動かなくなってしまった。まるで金縛りにでもあっているようだ。
「帰れ。ここに来たのは夢だったとでも思うんだな」
たくさんの蝙蝠がヒルグリム先生の周囲にわらわらと集まっていく。
さっきのように蝙蝠に乗ってどこかへ行くつもりなのだろうか。
どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
ここだけの話、私は空気を読めない所があってたまに他人を怒らせてしまうことがあるのだ。
でもこれで良かったのかもしれない。
他人を傷つけるくらいなら魔法少女になんかなれなくたって……。
その時、ケミィ先生はすっと杖を掲げて呪文を唱えた。
「マイン・アルカナム・クラフトワーク」
瞬間、周囲の壁から細い鉄の針のようなものが浮き出て蝙蝠の群れに向かって大量に飛び出ていった。
針一本一本が蝙蝠一匹一匹の周囲を囲うように集まって小さな檻を作り出し、体を一切傷つけずに中へと閉じ込める。そして全ての蝙蝠が行動不能となり地に落ちていった。
「何のつもりだラボラトリー。まさか私と本気でやり合う気か?」
ヒルグリム先生の周囲からドス黒いオーラが溢れ出してきた。
見るからにブチギレてる。
ケミィ先生は手をすっと前に出して戦う意思が無いことを示すと、私の目の前に来た。
怒られるのかもしれない。
ああ、どうやって言い訳しよう。
「いいのよ。あなたは何も間違っていないわ」
「へ?」
先生の表情は穏やかそのもので、ニコニコとした優しい表情を崩していなかった。
「その考えと感性はここの世界観に染められた者には無い、あなただけの特別な物よ。私はあなたを肯定します」
それは思っていた返答では無かったが、私の求めていた言葉だった。
何か取り返しのつかないことを言ってしまったような感覚が、一瞬にして大きな安心感へと変わった。
やばい、今ちょっと泣きそうだよ。
「でもね、誰かを守るという事は誰かを傷つけるという事になるの。人間界でも犯罪者を捕らえる際には暴力という手段を行使しなければならないでしょう。それと同じよ」
「……それでも、私、誰も傷つけたくないです」
わがままを言っているのかもしれない。現実を分かっていないのかも知れない。
でも怪物と戦うならまだしも、人間同士で戦うなんてありえないことだ。
それも殺し合いだなんて、普通に考えてできるわけないじゃないか。
「そう。ならばなおの事あなたは魔法少女になるべきだわ」
「どうしてですか?」
「あなたが魔法少女にならなくても、別の誰かが人を傷つけるわ。時には殺されることもあるかもしれない。その時になってあなたが力を持っていれば状況は変わるでしょう?」
「確かに、そうかもしれないけど……」
二の足を踏む私に、ケミィ先生は優しい表情を崩さなかった。
「この学園では自分の意見を主張する場合には相応の実力が必要になるの。その力を指し示す手段こそが決闘に他ならないわ。夢や理想、大いに結構。魔法の前ではあらゆる常識や法則は通用しない。あなたが平和を望むのであれば、あなたの力で平和を勝ち取るのよ。その覚悟があるのならもう一度、あなたの口から『魔法少女になる』と言いなさい」
テレビで見る魔法少女は、女の子のあこがれでもっとキラキラした存在だと思っていた。
でも魔法少女が悪役を倒すとき、決まって彼女たちは暴力を振るうのだ。
それは私も同じだった。里香ちゃんから生まれた怪物を私がこの手で倒した。
もしも里香ちゃんのような人を、誰かをこの手で助けることができるというのなら。
「正直、納得はしてません。でも私、魔法少女になりたいです。誰も傷つけず、困っている人を助けて笑顔にできるような、そんな魔法少女になりたいです!」
「よろしい」
ケミィ先生はそれだけ言うとヒルグリム先生の方を向いた。
「ふん、道徳の授業は終わりか? ラボラトリー」
「ええ。それと試験内容の変更を申し入れます。殺傷有りの項目を無しにしていただきたい」
「なぜだ?」
「子供たちを守るため」
一触即発。
どちらかが一歩でも動けばすぐにでも殺し合いが行われそうな空気だった。
ひりつくような雰囲気の中、ヒルグリム先生は学園長と目配せし、静かに言葉を発した。
「よかろう。ルールを変更し、決闘での殺害を無しとする」
「ありがとう、オリヴィエ」
ケミィ先生がそう言うと、魔法の檻が解除され、捕まっていた蝙蝠たちが逃げていった。
「その名で呼ぶな。お前とやり合うのは時間の無駄だと判断しただけのことだ。決闘を執り行う。速やかに闘技場から離れろ」
ヒルグリム先生はそう言ってと身をひるがえし、つかつかと速足で会場の真ん中の方に行ってしまった。どっと緊張が取れる。
「さ、私は後ろで応援しているわ。頑張ってね」
そうケミィ先生におでこをちょこんと杖で触られると、私の体が動くようになった。
「はぁ、こわかったー。ありがとう先生!」
「うふふ。いいのよ。それにしてもオリヴィエに物申そうとするなんて、中々勇気があるわ」
「うー。あの怖い先生は一体全体どんな人なんですか?」
「オリヴィエ・ヒルグリム。学園内の決闘を取り仕切っている黒魔術専攻の先生よ。あれでも私の同期なの。高名な魔女の家系の生まれで根っからのエリート思考で効率主義者。そして私にファーストネームで呼ばれるのを嫌がるわ」
余りにも雰囲気と性格が違いすぎて、とてもではないが同期にはみえない。
この学園に入ったらあの先生の授業も受けなくちゃいけないのだろうか。
今から想像しても恐怖しか感じない。
「ったく、どうかしてるわ」
パッと振り向くと舞ちゃんが腕を組んでぷんぷん怒っていた。
「もう少しで試験を受ける前に失格にされるところだったじゃない。もうちょっと考えて発言しなさいよ!」
「えへへ。でも舞ちゃんも助けてくれようとしたんだよね。ありがとー」
「べっつに。ほら、さっさと行かないとまた失格にされるわよ」
「うん。頑張るね!」
今来た吊橋を戻っていく舞ちゃんとケミィ先生に手を振って、今から決闘する相手に向き直る。
そこには黄色い髪の魔法少女、サリナは退屈そうに足踏みをして待っていた。
とぅびーこんてぃにゅー!