第42話 アルラウネ④
「……るさねえ」
ホッと一息ついていたその時、倒したはずの敵の方からかすかな声が聞こえてきた。
「許さねえぞ! 魔法少女ぉ!」
アルラウネが黒焦げとなった体で起き上がった。
最悪だ、倒し切れていなかった。
急いで起き上がろうとしたが、全く持って体に力が入らない。
このままじゃ一巻の終わりだ。
「きしししし! アイ・アイヴィシャス・サモン!」
アルラウネがそう唱えると、燃えカスになったツタのうちまだ無事なものがよせ集まった。
そして人型に姿を形成し、全身がツタでできた怪物が出来上がった。
「ちっ、消耗しすぎてこんだけしか生成できねえか。だが、今のお前なら十分だよなぁ」
怪物が敵の命令に従ってのっしのっしと近づいてくる。
「くっ、アイ・ラブリー・ボム!」
とっさに低級呪文を唱える。 低威力でも爆発が怪物の頭を吹き飛ばし動きを止める。
しかしニョキニョキと頭部が復活し、再びこちらに歩みを進めてきた。
怪物が太い腕を振り上げる。 魔法を使おうとしてみるが、上手く発動できない。
魔力切れ。まだまだ余ってそうな感じだったけど、気がするだけだった。
せっかく戦う理由を見つけたのに、もうここまでなのか。
「マイ・ムーンナイト・ソード!」
声が聞こえると、三日月の剣を持った舞ちゃんが怪物の飛び掛かった。
首根っこをつかまえて、その胸にめがけて剣で一突き、ぐっさりと中心を貫いた。
するとツタの怪物は、形を保てずにボロボロと崩れ去った。
「ま、舞ちゃん? その魔法は?」
「魔法少女にはなれなくても、このくらいの魔法は使えるわ。どうやらこの怪物の核は頭ではなく心臓の方にあったようね」
舞ちゃんはそう言って、指で薄い剣身をそっとなぞった。
相変わらずクールである。
「げげっ、魔法少女⁉ いや、人間か?」
「今は人間よ。でも、今のあなたなら私でも倒せそうね」
助かった。 形勢逆転だ。
でもどうしてこんなところに?
「こういうこともあろうかと呼んでおいたの。持つべきものはシスターね」
ケミィ先生はそう言った。
ありがたいけど、ちょっと気まずいなぁ。
来てくれたのはいいけど目を合わせてくれないし。
でもこれは仲直りのチャンス、だよね?
「そっかぁ、ありがとぉ舞ちゃん!」
「……」
無言ですかそうですか。
「こうなったらぁ~、逃げるが勝つ!」
とアルラウネはすたこらさっさと退散し始めた。
しかし魔力切れで魔法が使えないのか、スピードが遅い。
下半身の花を必死にぴょこぴょことさせているだけで、一向に前に進んでいない。
「ふん!」
舞ちゃんがスタスタと寄って行き、三日月剣で首を叩き切った。
問答無用である。
「グエェッ!」
ぽとりと落ちたアルラウネの生首が、舌をべろりと出して白目をむいた。
ちょっとグロいそれを舞ちゃんがひょいと持ち上げると、ケミィ先生に向かって言った。
「先生、捕獲しました」
「はい。これで任務完了ね。二人ともお疲れ様」
なんかものすごい手慣れた感じである。
あの、メチャクチャ苦労してそいつ倒したの私なんですけど?
「心配しなくてもあそこまで弱らせたのはあなたなんだから、この件は愛の手柄よ。ポイントもあなたがもらえるわ」
「あ、うん」
珍しく素直な舞ちゃんに、つい軽く返事してしまった。
その後再び双方沈黙。
うーん、やっぱり気まずい。
「さて、それじゃあ魔法学園に帰りましょうか」
ぱん、とケミィ先生が場をとりなすように両手を叩いた。
そして1円玉を取り出して、魔法界の扉を開こうとする。
「あ、待って。救助活動は?」
「あなたが魔法で全部焼いちゃったから、やることは特にないわ。この人だけ衰弱がひどいけど、きちんと栄養を補給して休んだら命に別状はないでしょう」
「じゃ、じゃあ」
「この件による死傷者はゼロ。あなたの成果よ、愛さん」
ホッと胸をなでおろすと同時に、胸の奥から喜びの感情がわいてくる。
私は誰一人失うことなく、花異獣被害を抑えることができたのだ。
「っつ~~~~。っぷはー! よかったぁ~」
安心したら腰が抜けてしまった。
ぐたっとその場にへたり込み、両手を大の字に広げる。
なんかおいしいとこ全部持っていかれたと思ったけど、こういう結末なら悪くない。
実にすがすがしい気分だ。
「ところでさ、それ、持ってかえるの?」
ふと舞ちゃんの手元を見ると、アルラウネの生首がぶらぶらと垂れ下がっていた。
何というか絵面的にまずいというか、魔法少女のすることじゃないような。
「貴重な生け捕りにできたサンプルよ。持ち帰って研究に使わないと」
「いけどり、ってことはそれ生きてるの?」
舞ちゃんが生首を傾けると、綺麗に切られた断面が目に入った。
そこからはごく微量ながら根っこのようなものが生えてきている。
「うわぁ。なんかグロい……」
「さすがにすごい生命力ね。でも魔力を与えなければ、そのうち息絶えるでしょう」
「ねえねえ先生、こいつっていったい何だったの? 普通の花異獣とは違うの?」
「アルラウネ。大量の魔力を持った花異獣から生み出される突然変異体よ。花異獣と違うのは人間を媒介としないことと、自力で魔力を生み出す器官を持っていること」
つまり上位互換ってやつだ。
魔法少女で言う中ボス、敵幹部と言ったところだろうか。
「じゃあさ、これが取りついていた人間は最初からいなかったんだね」
「正解よ。その口ぶりからすると、うすうす感づいていたようね」
なんとなくそうじゃないかって思ってたけどそこまで確信があったわけじゃない。
でも一番の理由としては、私の魔法は敵だけを攻撃する魔法だからだ。
今まででなら見られていた、倒した花異獣と人間の分離現象。
それがアルラウネには微塵も確認されなかった。
それに生け捕りにするってことは元となった人を助けないってことで、魔法少女的にあり得ない。
二人が平然としていられるのも、中に人がいないってわかってるからなのだろう。
「そういえば最初こいつは女の子の姿で、魔力を全然感じなかったんだけど、それは何で?」
「おそらくマンションに張り巡らされたツタに自分の魔力を分散していたのでしょう。あなたが見たのは、きっと魔法少女をだますために作られた、魔力を最小限に抑えた分身体ね」
卑怯な手ではあるのだが、これは自然界で言うところの擬態のようなものなのだ。
と舞ちゃんがさらっと補足してくれた。
「なるほどぉ。でも自力で魔力を生み出すってことは放ってたら危ないんじゃ?」
「心配しなくても大丈夫よ。生えてきている根っこに触らなければ、栄養である心の力を取られることは無い。だから生えてきた根っこを切り落としながら持ち帰るのよ」
ケミィ先生がそう言って目くばせすると、舞ちゃんは剣で首断面の根っこをそいでしまった。
せっかく頑張って生き延びようとしているのにかわいそうな気もするけど。
でもやっぱりこいつのやったことを思えば、あんまり同情はできないな。
「いちいちそぎ落とすのも面倒なのでさっさと帰りましょうか。ホルマリン漬けにしておきたいし」
ケミィ先生は聞けばなんでも答えてくれるいい先生なのだが、さらっとホルマリン漬けという単語が出てくるあたり、やっぱり魔女なんだなぁと思い出させられる。
なんか目が輝いてるし、あれだけ受けていた傷もいつの間にか何事も無かったかのように回復しているし。
ひとまず私は先生の許可を得て、疲れて棒のようになった足を動かした。
途中よろめいたけど、舞ちゃんが肩を貸してくれた。 珍しく優しい。
そうして私は、私のお母さんの前に来た。
少し髪や服が乱れちゃってて気を失っているけれど、すぅすぅと息をしている。
無事を確認できて安心したと同時に、申し訳なさが胸を締め付けた。
お母さんは、自分の娘がもう死んでいると知ったらどう思うだろうか。
退屈に感じていた日常がどれだけ大事だったか、戦いの中でやっと気づいた。
かけがえのない毎日が、どれほど愛おしいものかが身にしみた。
今私がしていることを知れば、きっとお母さんは心配するだろう。
きっと反対して魔法少女なんてやめさせようとするだろう
この人は私のお母さんじゃない。でも私はこの人が私のお母さんだっていう記憶を持っている。
私は諸星愛ではないかもしれないけれど、諸星愛の記憶ははっきりと持っているのだ。
だから戦う。
諸星愛の代わりに、私がこの手に入れた力を使ってお母さんを、人々を守り続ける。
やっぱりまだまだ私は、魔法少女であり続けなくちゃいけないみたいだ。
「愛、今帰るからね……」
ぼそっと、お母さんの口から寝言が漏れた。
私はその言葉に対する返事はせずに、言った。
「お母さん。私、行ってくるね」
続く!