第35話 魔法少女学園のヒミツ①
「で、できた……? やった! ケミィ先生、私できたよ!」
「どうかしら、錬金術も楽しいでしょう?」
私は何度も頷いた。
こんな現実では不可能なことを、魔法少女ならたくさん勉強できる。
魔法って本来楽しいものなんだ。
「錬金術って実験ばかりで面白くないってイメージが付いているのよね。私の授業だけ真面目に受けてくれない子や中には寝る子までいるし。愛さんが楽しいと思ってくれたのなら何よりだわ」
ケミィ先生がニコニコとほほ笑む。その顔を見ると私までニコニコしてしまうのだ。
大人で優しい憧れの先生。いつかこんな人になりたいなと思わせてくれる素敵な人。
私は思い切ってずっと悩んでいたことを打ち明けた。
「先生、実は折り入って相談があるんですけど、いいですか?」
「なんでもどうぞ」
「笑わないで聞いてくださいね。あの、私ってなんで強いんですかね?」
先生は笑っていない。笑っていないが瞬きせずに私の目をじっと見つめている。
「いや、変な質問だとは思ってるんですけど、なんだか自分でも怖くなっちゃって。ミザリーと戦った時、私変になっちゃったんです。頭がすごくすっきりして手も足も口も勝手に動いて。自分の体なのに自分の物じゃないっていうか、誰かに体を動かされてる感じっていうか。とにかく私よく分かんなくって……伝わりますかね?」
つい話過ぎてしまった。
しかもなんだか言いたいことがまとまってない感じ。
うまく伝わっているだろうか。
「そうね。あの時のあなたは確かに実力以上のものが出ていたわ。でもあなたは元々魔力が高くて人よりも多くの事ができるから、予想以上に体が動いて怖くなってしまっただけよ」
「そう、なんですかね……。私っておかしくないですか?」
「ええ。あなたは普通よ。ほら、よくスポーツの選手がゾーンに入ると言うでしょう。人間は極限状態になったとき、一時的に集中力を高めて疲労感を無くすの。だから愛さんは実力以上の高度なパフォーマンスを発揮できたのよ」
先生は私を落ち着かせるように言った。
でもそれ以上に自分に向かって言い聞かせているようだった。
「うーん。そういえば、そうなる前になんか見たこと無い女の人の姿が見えたような」
そう言った瞬間、先生は血相を変えて身を乗り出してきた。
「それはどんな人だった? 髪の色は? 服装は?」
「え? 髪は赤くて服は白いドレスみたいな。……先生?」
私の肩をガッチリと強く掴んで、激しくゆすってきた。
顔がどんどん近づいてくる。
なんかいつもと違って怖い。
「顔はどんな顔だったか覚えてる? 名前は言ってなかった? 何か言われなかった?」
「えっと、その……。い、痛い! 痛いよ先生!」
先生の指が肩に食い込んだ。
爪で皮膚がつねられ鋭く痛みが走った。
「あ、ご、ごめんなさい。私ったら何てことを」
先生がハッと我に返って、パッと手が離れた。
「なんだか怖いよ。どうしちゃったの?」
「いえ。取り乱してしまってごめんなさい。それで、その人は何か言ってなかった?」
「よく分かんないけど、ルーツがどうのこうのって。もしかして、先生が言ってたアマンダって人と関係があるの?」
そう聞くとばつが悪そうに、下を向いて考え事をし始めた。
迷いと戸惑い、いつもと違う先生の顔。
「愛さん、少し場所を変えましょうか」
私は先生について廊下に出た。
研究室の内装は部屋を出た瞬間に、元の古ぼけた木製仕様のものに戻っていた。
先生はひたひたと道を進む。
一言も話さず私の方をチラチラとは見るけど目は合わせない。
学校全体が休みになっているから人はいない。
お城の中のような綺麗で入り組んだ内装。
舞ちゃんに道を教えてもらわなければ何度迷子になっていたか分からない。
一階の大広間に着いた。
赤い絨毯が床に敷かれ、壁がガラス張りの神秘的で開放的なフロア。
中心には銅像が立っており、その姿はミザリーとの決闘で見た女の人によく似ていた。
「私には友人がいたの。私とヒルグリム先生の同期でね。強くて明るくて才能があって、本当に素晴らしい魔法少女だった」
ケミィ先生は銅像に慈しむように、懐かしむようにそっと指で触れた。
「その人が、アマンダって人なんですか?」
「ええ。彼女の名はアマンダ・アマリリス。私が知る限りで最強の魔法少女よ」
「その人って、今は一体……?」
「死んだわ。自殺したのよ」
故人。それは想像の範囲内だった。しかしその後の言葉は予想外だった。
きっとこれ以上のことを聞いてはいけないのだろう。これ以上は話したくはないのだろう。
もしかしたらケミィ先生を傷つけてしまうのかもしれない。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「なんで、その人は自殺なんてしたんですか? そんなにすごい魔法少女なのに」
「……」
先生は苦い顔をしている。本当に話したくないんだろうな。
「アマリリスは自殺などしていない。誇り高き死だ」
後ろからドスの利いた低い女性の声が聞こえてきた。
そこには黒魔術専攻、オリヴィエ・ヒルグリム先生が蝙蝠と共に音も気配も無く背後に立っていた。
「ラボラトリー、彼女を侮辱する気か」
「いいえ、オリヴィエ。侮辱などしていないわ。私はただ……」
ケミィ先生の歯切れが悪い。
なんだか何かを迷っているようだ。
「ふん。お前が答えられないのなら私が答えてやる。1000年前、大いなる厄災が起きた。大地を花異獣が埋め尽くす人類が滅亡するほどのカタストロフだ。彼女はそれを鎮めるために、自らの身を差し出した。そのたぐいまれなる才能と魔力を全て解放し、無限ともいえる呪いと災いを自身に封印したのだ。尊い神話だと思わんかね」
つまり、アマンダさんという人はみんなを助けるために自らを犠牲にしたのだろう。
でも、それを自殺などと言ってしまうのは確かに乱暴な気がする。
って、今さらっと1000年前って言ったよな。
一体先生たちは今何歳なんだろう。
めっちゃ聞きたいけど今は聞ける雰囲気じゃない。
空気を読んで黙っておこう。
「尊いだなんてよく言えたものね。私たちはあの子に全ての責任と役割を押し付けたのよ!」
ケミィ先生が声を荒げた。
いつもの優しい顔が眉間にしわを寄せた険しい顔に変わる。
普段との違いについ身体がビクッと震えてしまった。
「人聞きの悪いことを言う。対処できる能力があったのは彼女だけだ。必然的に力のあるものが力を行使し敵を封じ込め名誉の死を遂げた。その結果として我々が生きている。違うか?」
「違わないわ。でも、だからこそ、この子にはその道を歩んでほしくないのよ」
「お前が連れてきたくせによく言う。愛諸星の才能は素晴らしい。いずれ我々を超えてアマリリスをもしのぐほどの魔女になる器だ。そしてその才能は世界のために使われるべきだ」
「この子の未来は誰のものでもないわ! この子自身のためのものよ!」
二人とも凄い剣幕だ。
とても話に割り込める雰囲気じゃない。
置いてけぼりな私はこの二人の間に阻まれてたじたじとするしかなかった。
「ふん。平等を重んじるなどと普段から綺麗事を言うお前が随分と依怙贔屓するではないか」
「依怙贔屓ですって? どの口が言うのかしら。あなたにだけは言われたくないわ」
「いいや、私は元から誰にでも不平等に扱う。私の利になるものは受け入れ、利にならぬものは徹底的に拒む。それが私の生き方だ。だがお前は違うだろう。え? ラボラトリーよ」
ヒルグリム先生もなんかおかしい。
普段から嫌味っぽいことを言うが、相手に興味が無いゆえの物言いだった。
だからこんなにわざと人を煽るように言うのは珍しい。
「何が言いたいの? 私はこの子のためを思って……」
「違うなぁ。お前はその子にアマンダの影を重ねているのだ。愛諸星のためなどではなく、己の後悔を押し付けているにすぎん。それとも、得意の錬金術でその子を使って人体錬成でもしてみるかね?」
ケミィ先生の後ろ髪がブワッと逆立つ。
これまで見たことのないような険しい形相をしている。
「マイン・アルカナム……」
「正気かケミィ! 今ここで私と殺り合う気か⁉」
ヒルグリム先生が魔力のこもったドス黒いオーラをまとう。応戦する気だ。
このままじゃ本当に先生同士で殺し合いを始めてしまう。
「あの! ちょっと待って!」
私は二人の前に勢いよく飛び出した。
飛び出したはいいけど何も考えては無かった。
「おふたりともー、私のためにケンカは止めてー! ……なんつってー」
なんつってー、なんつってー、なんつってー
と、広い空間でこだまのように響いた。
「……」
「……」
やばいくらい滑った。