第33話 一時帰宅! 帰ってきた日常?
今、私は元いた人間界の中学校で魔法ではない普通の授業を受けている。
魔法少女学園は連休に入り、私は一時的に帰宅することを許された。
人間界ではたった一日しか日にちが立っていないけど、私にとっては久しぶりの普通の学校だ。
待ち望んでいたはずのいつもの日常。
でもなんだか面白くなかった。
色とりどりの魔法少女たちに比べると、クラスメイト達は平凡そのものだ。
全員同じ服装で全員同じ髪型で、全員が個性の無い同じような人間に見えてしまう。
授業も魔法界のものと比べたらすごく簡単だ。
前までは内容が分からなくて眠くなっていたのに、今は分かりすぎてあくびが出てしまいそうになる。
今日は舞ちゃんはお休み。
先生は体調不良だって言っていたけれど本当は違うのだろう。
最近妙に避けられていて、ミザリーとの決闘以来、舞ちゃんとまともに会話していない。
理由は分かっている。私に嫉妬しているのだ。
とぼけるつもりはない。至極当たり前のことだ。
常日頃並々ならぬ努力をしていたにもかかわらず、一週間にも満たない短期間でどこの馬の骨とも知れないやつに魔力を全て奪われて実力まで抜かれた。
そんなの舞ちゃんじゃなくてもバカバカしくなるに決まってる。
私なら耐えられず全てを投げ出してしまうだろう。
そんな舞ちゃんは最近身の回りの物を整理していることが多い。
もしかしたら魔法少女を、学園をやめてしまうのではないだろうか。
私は彼女からすごく大切なものを奪ってしまったのかもしれない。
頭の中にあの時の歓声が蘇る。
甘美な快楽に近い歪な感覚。
私は何で魔法少女になったんだっけ。
他人を蹴落として勝ち上がるためだっただろうか。
いや違う。人々を助けるために私は魔法少女になったのだ。
でもそのためには力が必要で。
あの時、決闘中に見た女の人は一体誰なんだろう。
ケミィ先生はアマンダって人のことを呼んでいたけどもしかして。
そんなことばっかりを考えて全く授業に集中できなかった。
「諸星、この式を解いてみろ」
先生が上の空だった私に問題を当ててきた。
そういえば数学の授業だった。
私は「はい」と返事して、前に出て黒板で答えを書くと先生やクラスメイトはびっくりしていた。
前の私なら解けなかっただろうけど、今なら見ただけでなんとなく分かる。
こんなの魔法学園の授業に比べたたらどうということは無い。
私は何事もなく 席に戻って座り直して、2つあるうちの一つの空席を見た。
友達だった里香ちゃんの席。
未だに病院で眠っていて意識が戻っていないかため、学校も休みになっている。
私が助けられなかった女性は自殺として処理されている。
誰にも知られず、ひっそりと。
アロエ花異獣に捕まっていた被害者はその時の記憶を失っているようだ。
そっちの方は世間では集団睡眠事件と密かにささやかれている。
こんな風にまだ誰にも気付かれていない花異獣の事件はたくさんあるのだろう。
弱音を吐いている暇なんてない。
だから私は再び学園に行く。
魔法少女になってもっと強い力を手に入れるために。
授業終わりのチャイムが鳴る。
社会に出ればおおよそ使わないであろう教科書を片付けて、誰とも話さずに教室を出た。
私は家に帰ってすぐカバンを放り投げて、魔法界へ行こうとした。
でもお母さんに呼び止められた。
「愛ー、今暇ー?」
制服代わりの緑のエプロン。艶のある黒髪を後ろにキュッと束ねて働く女性って感じ。
私がかっこつけていい感じのモノローグをしたというのに、全く空気の読めないお母さんである。
「なにー? 私こう見えて忙しいんだけどー」
「ちょっと店番頼まれてくれない? 白石さんとこに配達行かなくちゃいけなくってさ」
「松田さんは?」
「今日は休み」
白石さんはお得意様。松田さんはバイトの人である。
こういう日は決まって私が店番を頼まれる。
いつもなら間髪入れずに引き受けるところだけど。
「うーん。今日はちょっと……」
「お願い、配達に行ってる間だけでいいからさ。だってうちは」
「世界中に愛とお花を配るフラワーショップMOROBOSIでしょ。全くもう、ちょっとだけだからね」
「さっすが我が娘! 分かってるー」
お母さんはルンルンと鼻歌まじりに支度をし始めた。
残念なことに困った人を見捨てられない私は頼まれごとにめっぽう弱いのだ。
こんなことしてる場合じゃないのになぁ。
なんて思いながらも店用のエプロンを身に着け、レジに座ってしまう社畜な私なのであった。
「ねえ、愛。最近何かあったー?」
不意打ちで尋ねられて、思わずビクッとしてしまった。
「べ、別にー。何にもないよ」
「そう? なんだか憂鬱そうに見えるけど。あ、もしかして好きな人でもできた?」
「好きな人なんていないよ! もう、早く準備したら!」
「はいはい」
お母さんは配達用のお花を車の荷台に乗せていく。
なんというか妙なところで感が鋭いのに、変なところで鈍いよなぁ。
自分の子供にだってデリカシーにもう少し配慮してほしいものである。
世の親と言うのはこういうものなのだろうか。
「あーい」
ポスンっと頭の上にの花束が乗っかる。
紫色の小さな花びら。ラベンダーか。
「なあに?」
「あんたくらいの年頃はいろいろあると思うけどさ、一人で抱え込まずに相談してみな」
相談できるものならとっくにしている。
私は「うん」とだけ返事して頭の上のラベンダーをいじいじした。
「別に私にじゃなくてもいいよ」
「え?」
お母さんは花束を取り上げると、壁に引っかかってある車のキーを取った。
「話づらいならお父さんでもいいし、先生でもいいし、他の誰かだっていい。でも一人で悩むよりも誰かと悩む方がうまくいくもんなんだよ」
「……うん。ありがと」
お母さんはにっこりと笑って、「じゃあ後はよろしく」と車に乗って行ってしまった。
任されたはいいが、店は閑古鳥が鳴いている
台の上で二の腕に顔を押し付けて、あまりにも刺激のないけだるい午後を過ごす。
誰も来ないまま何もしない時間だけがチクタクと過ぎ去る。
こうしている間にも魔法界の時間はどんどん進んで、私の時間はどんどん失われていく。
最初にお母さんに店番を頼まれたときはもっと楽しかったはずだ。
初めてお給料をもらえた時はすごく嬉しかった覚えがある。
誰かの役に立てた気がして、認められた気がして、とても誇らしい気分になったものだ。
でも今は慣れてしまった。
現実ってこんなにつまらなかったっけ?
あまりにも退屈だと普段考えないような考え事や思い事が頭を巡る。
舞ちゃんのこと。ミザリーのこと。魔法少女のこと。そして花異獣のこと 。
花異獣はこの世界に突如として現れ、人の悪意に取り込み、何の罪もない人を襲う。
もしそんな化け物がこの日常に現れたら。
何の抵抗力もない人々が、友達が、家族が狙われたら。
大人びていて凛々しくてちょっと茶目っ気があって私の大好きなお母さん。
私の大事な家族。
もしお母さんが花異獣に教われたらと思うと……ダメだ。想像すらしたくない。
ふと心配になってスマホを開く。
MOROBOSIと星のマークが入ったうちの看板の写真が貼られているお母さんのアイコン。
その時ちょうど、お母さんから通知がピコンと入った。
『シュークリーム食べたい?』
ケースに6個詰められたシュークリームの画像が張り付けられる。
『欲しい』と返すと『白石さんから貰った』と返ってくる。
『やったー』と喜んでいる絵文字を返して、『もうすぐ帰る』と絵文字付きで返信される。
私はホッとして、スマホを置いて机に突っ伏した。
なんだか心配事や悩み事ばっかりになってしまったなぁ。
その時、ちょんちょんと肩を叩かれた。
お母さんはいないはずなのに誰だろう。
後ろを振り向くと、ケミィ先生がそこに立っていた。
「ここが愛さんの実家のお花屋さん? 中々いいところね」
「ケミィ先生? どうしてこんなところに?」
先生は1円玉を取り出して言った。
「ちょっと学園に遊びに来ない? 退屈そうなお嬢さん」
願ってもないことだ。魔法界での1時間は人間界の1分にあたる。
たとえ2,3時間いたとしてもここでは2,3分くらいしか経たないということだ。
そのくらいなら店を留守にしていても問題ないだろう。
「うん、行く! 連れてってよケミィ先生!」
先生は頷いて1円玉をぴんと弾くと、空中で扉となって魔法界へと続く道となる。
私は意気揚々とその扉を潜った。