第31話
先の見えない果てしなく広がる暗闇がずっと続いている。
なんだか一人で宇宙を漂っている感じだ。
確かミザリーに胸を貫かれて、それから……ここはどこだろう。
私は苦しむ間もなく死んでしまったのだろうか。
「――愛ちゃん。愛ちゃん起きて!」
誰かの声が聞こえた。今まで聞いて事ない、知らない明るい女の子の声。
キョロキョロと辺りを見渡しても誰もいないのに、声だけが聞こえてくる。
「――もう一度立ち上がって。愛ちゃんはまだ負けてないわ」
誰だか知らないけど無理だよ。
体中が痛くて、辛くて、もこれ以上戦いたくないよ……。
あれ、声が出ない。
こっちは喋ることができないのに向こうの声だけ聞こえてくる。
「――大丈夫。あなたにはとっておきの力がある。誰にも負けない凄い力があるの」
すごい力?
「――そう。あんなイヤな子よりもっともっと強くて、もっと特別な力だよ」
別に、そんなのいらない。
だって魔法なんか使えたって今までろくなことにならなかった。
サリナを退学に追い込んで、目をつけられていじめられて、挙句の果てに殺されそうになった。
というかもう殺されて死んでいるのかもしれない。
とにかく、魔法なんてもうたくさんだ。
「――本当にそうかな? 愛ちゃんは魔法少女の事は好きじゃ無いの?」
そう言われると確かに私は昔、魔法少女の事が好きだった。
10歳くらいまでは朝早起きしてテレビでアニメを見て、玩具とか変身アイテムを買ってもらっていた記憶がある。ただ小学校4年生くらいの頃には、周りが誰も魔法少女を見なくなっていた。
そして魔法少女アニメの話をすると「まだそんなものを見てるの」と馬鹿にしたような目で見られた。
当時は私自身も内心ちょっと子供っぽいかなぁ、とは思っていた。
だから気恥ずかしくなって、私は魔法少女のアニメを見るのをやめた。
ちょうど当時見ていたシリーズが終わったので良いタイミングだったように思う。
お母さんとスーパーに買い物に行った時、新しい玩具を「買ってあげようか」と言われた時には「別にいい」と答えた。
そしてそのことに何のためらいも無かったし、自分でも驚くほど未練も無かった。
私にとって魔法少女とはその程度の存在だった。
「――じゃあ愛ちゃんは魔法少女の事が嫌いなの?」
別に今も嫌いっていうわけじゃない。
むしろ自分が成れるって分かったときは心躍った。
でもそれは未知の体験にワクワクしたからで、自分が特別な存在になれると思って浮かれていただけ。
対して好きでもないのに昔見ていたぼんやりとした知識で魔法少女になり切って。
まるでごっこ遊びをしている子供だ。
「――でも楽しかったんでしょう?」
そんなわけない。
魔法少女になって良かったことなんて今まで何もなかった。
しいて言うなら舞ちゃんと仲良くなれたことくらいだ。
「そんなこと無いよ。愛ちゃんの記憶を、ルーツを思い出して」
私のルーツ。根源。
意識の奥底に眠る記憶。忘れられない思い出。
「――そうだよ。もっと深く。もっと強く。もっともっともっと!」
深く深く記憶の海をたどっていく。
深淵の底に向かって潜り続ける。
そこにはたくさんの記憶だあった。お母さんの記憶。お父さんの記憶。里香ちゃんの記憶。
これは舞ちゃんと出会った時の記憶。これは私が魔法少女になった時の記憶。
これはクリケットの試合で一位を取った記憶。これは運動会のリレーで一位を取った記憶。
どれも光り輝いていて、太陽のように暖かくて、私の大切な記憶たち。
その中に一つ、グニャグニャと歪んでいてドロドロに溶けてポロポロと脆く零れ落ちている。
これも間違いなく私の記憶。
いやだ。思い出したくない。
この記憶には触れたくない。
「――怖がらないで。これは愛ちゃんにとって必要で大切な記憶だから」
女の子の手が私の手にそっと重ねられた。
そしてそのまま導くように歪な記憶に触れさせられた。
すると弾けるように光の渦が広がって、私の体を包んだ。
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小学校のころ、私には友達の女の子がいた。
里香ちゃんじゃなくて、でも性格は似ていて大人しめな子だった。
引っ込み思案で怖がりで泣き虫で、私よりテストの点数が低かった。
それでいて舞ちゃんに似て他の人とコミュニケーションをとるのが苦手だった。
おどおどしていてはっきりものが言えなくて、言葉の最初に詰まったように「あ」と言っていた。
そんな性格をしているからよくクラスの女子にいじめられていた。
主犯格はちょうどミザリーみたいな粗暴ないじめっ子だった。
そんなある日、友達の女の子は私に頼んだ。
「愛ちゃん、助けて」
私は実際に現場を目撃した。
その子を無視したり、陰口や悪口を言ったり、よくある女子らしい陰湿ないじめだった。
私は正義感が強かったので主犯のいじめっ子に直接止めるように言った。
するといじめの標的は私に変わった。これもよくある話。出る杭は打たれるっていうだけの話。
でも代わりにその子へのいじめはなくなった。
私が無視されたり陰口を言われる代わりに、友達は救われたのだ。
でも次第にその守った友達も私の事を無視するようになった。
いじめっ子にそう差し向けられたのだろう。
私はそれでいいと思った。
見て見ぬ振りするよりは私がいじめられたほうがマシだと思った。
ある日、友達は私に言った。
「愛ちゃんごめんね。わたしが弱いせいでこんなことになって」
私は「別にいいよ」って言った。「こんなところ見られたらまたいじめられちゃうよ」とも言った。
「愛ちゃんには迷惑かけないよ。もう絶対につらい思いをさせないからね」
友達はそう言って、私たちは手を繋いだ。
これからもずっと友達でいられると思った。
次の日、私の友達の女の子は自宅のベランダから飛び降りた。
家が団地の高層階だったから即死だった。現場には赤いドロッとした液体がべっとりと付着していた。
私は「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣いて謝った。女の子のお母さんにごめんなさいと言って謝った。私のお母さんにごめんなさいと言って謝った。先生にごめんなさいと言って謝った。布団の中で女の子に泣いて謝った。いじめっ子は誰にも謝らなかった。
いじめっ子はのうのうと生きていた。
私の友達を殺したその口でその顔でその人格で他の子たちと笑っていた。
私はそいつと喧嘩して、負けた。
その時思った。力が欲しい、と。
どんな奴でもぶっ飛ばせる圧倒的な力が欲しい。全ての人を助けられる強大な力が欲しい。
力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい力が欲しい。
私は、力が、欲しい。
「そう。それが愛ちゃんのルーツ。心の奥底から生まれた本当の願いなんだよ」
「これが、私の、本当の願い?」
「その心が魔法になるの。魔法は誰かに与えられるものではなく、自らが創造して生み出すものなんだから」
私は確かにあの日願った。
私がもっと力を持っていれば誰も悲しまずに済んだ。
私があの時魔法の力を持っていれば、いじめていた子を倒せていた。
私が魔法の力で女の子を助けてあげられた。
「でも、だからって他人を傷つけてもいいのかな? 他人を不幸にしてもいいのかな?」
「――大丈夫だよ。力を持つ事を怖がらないで。傷つけることを恐れないで。アイの魔法は愛の魔法。人は時に大切な人を守るためなら、人と戦わなくちゃいけないんだから」
そうだ、私は生きなくちゃいけないんだ。
舞ちゃんのためにも、あの子のためにも、私が死ぬわけにはいかないんだ。
人は生きるために何かを食べる。生きるために誰かを出し抜く。生きるために誰かを倒す。
生き物を殺す。植物を殺す。花異獣を殺す。人を殺す。
私は人を守りたい。そのためなら、どんな敵とでも戦って見せる。
「――思考は現実化する。人は誰だって魔法少女になれるんだよ」
光りが輝く。
真っ赤な長い髪を風にたなびかせ、純白のドレスを身に纏った女神のように美しい魔法少女。
彼女は私に向かって微笑みかけた。
手を伸ばす。
星をつかみ取る。
魔法は、私の心に。