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第3話 私、魔法少女になります③

「ねえ教えて。魔法少女ってなに? カイジュウってなんなの? あなたこそ一体何者なの? 私は一体どうなっちゃったの⁉」


 質問攻めするも、舞ちゃんは頭を抱えたままうんともすんとも答えてくれない。

 どうやら魔力とやらを失ってしまったのが相当ショックだったらしい。


「あらあら、ずいぶん好奇心旺盛なのね。その溢れる知性への欲求、尊重に値するわ」


 知らぬまに背後に女の人が立っていて、耳元で声をかけられた。


「うわぁ! 誰⁉」

「失礼。私はケミィ・ラボラトリー。魔法少女学園の教師をしている者よ」


 長いウェーブのかかった栗毛の髪と古風だがゆったりとした風格のあるヨーロッパ風の民族衣装。

 その上から黒いローブを羽織り、おっきな丸眼鏡の下にある優しそうな眼差しが太陽みたいだ。

 女の私でさえどぎまぎしてしまう、オトナな魅力の女性だった。


「魔法少女、学園?」

「そう。あなたにはこれから魔法少女学園に入り、魔法の勉強をしてもらいます」

「え、えぇー! 魔法の勉強ー⁉」


 それはまた随分と唐突な。普通の勉強さえ苦手なのに魔術の勉強なんてできるのかしら。ていうか、そもそも魔法少女学園ってなに⁉


「ケミィ先生、待ってください。この子は!」


 文句言おうとする舞ちゃんを、ケミィと名乗る大人の女性は人差し指で制止した。


「ダメよ、舞さん。全ての才能ある子供には教育を受ける権利と義務がある。それは決して覆らない私たちの理念なの」

「し、しかし……」

「まあ、固いこと言わないの。リラックスリラックスー」


 ケミィ先生はなおも食い下がろうとする舞ちゃんをやんわりとたしなめた。

 色々と気になるところだが、私はちょっと頭に浮かんだ素朴な疑問を口に出した。


「あのお、魔法少女学園ってことは……ケミィ先生も、そのぉ、魔法少女なんですか?」

「いいえ、私は魔女よ。魔法少女はもうとっくに卒業しているわ」

「そ、そうですかぁ。あはは」


 良かったというかほっとしたというか。

 って、もっと聞くべきことがあったはずである。

 えーと、えーっと。


「色々聞きたいことはあるでしょうけど、でもその前に、ここを掃除しとかないとね」


 先生が手の平を上に向けると、散らばった果肉や魔法の炎がそこに吸い寄せられていった。

 それらは収縮し圧縮され、水晶玉のようなまん丸の球体になって手の平の上に浮かぶ。


 そしてあっという間に傷ついていた体育館は、きれいさっぱり元通りに戻ってしまった。


「回収作業は完了。さあ、それでは早速魔法少女学園へ行きましょうか」

「待って。さっきのって何? 行くって言ったって、どうやって?」


 ここはなんの変哲もないただの学校の体育館である。特に特別なところなどない。

 バスか電車で行くのかな。もしかしてほうきに乗って飛んで行ったりして。


「ちっちっち。そんな初歩的な魔法じゃつまらないでしょう。魔法少女学園講師、魔女にして錬金術師、アルカナ・ケミィとは私のことよ」


 ケミィ先生はそう言うと、胸元のポケットから銀色のコインを取り出した。


「これは日本にありふれた通貨である1円玉。このままではただの1グラムのアルミの塊にすぎない。でも私にかかれば!」


 1円玉をピンと上に弾いたと思ったら、懐から小さな木の杖を取り出しちょこんと当てた。

 すると1円玉が空中で発火。

 瞬く間に燃え尽きて黒い塵になり、そのまま分解されて空中に消えてしまった。


「うおぉー……て、え? それだけ?」

「あらら、失敗しちゃった」


 ケミィ先生はてへっと片眼をつむって、ちゃめっけたっぷりに舌をペロッと出した。

 あやうくズコーっとずっこけそうになった。そこに舞ちゃんは冷静にツッコミをいれた。


「ケミィ先生、真面目にやってください」

「さっきからずっと真面目よ。半分くらいね」


 半分だけなのかぁ、とモヤモヤしているとさっきまで1円玉があった所が光り輝いた。

 すると何もなかったはずの空間に、まばゆいほどの黄金で作られた巨大な扉がいきなり出現した。

 それが開かれると、周囲の景色とは違う別の景色が広がっていた。


「はい、どこでもとびらー。どお? びっくりした?」

「先生、あんまりそういうこと言ってると訴えられますよ」


 とりあえず舞ちゃんがこんなに話しているところを見たのは始めてかもしれない。


「こ、これってさっきの1円玉なんですかぁ?」

「そうよ。私の専攻は錬金術。価値の低い物質を価値の高い物質へと変える力なの」

「れん、きん……はえぇー、すっごい」


 私があっけにとられていると、ケミィ先生は杖を手元でくるりと振った。


「さあ、ここが魔法少女学園への入り口よ。この扉を潜れば、あなたには数々の受難と冒険が待ち受けていることでしょう。私は教師として責任をもってあなたたちを導きます」


 誰も触れていないのにひとりでに黄金の扉が開かれる。

 そこには七色の光とともに奥行きのない未知の空間が広がっていた。


 幸せだけどちょっぴり物足りない。そんな日常の延長線上。

 まだ見ぬ世界がこんなすぐそばにあったなんて。私のときめきは今、最高潮に達している。

 ケミィ先生はどこからか取り出した黒いとんがり帽子を目深にかぶり、杖を天に掲げて高々と言い放った。


「ようこそ愛諸星さん。あなたの知らない、魔法の世界へ!」

「おー! ところで、なんで教えてないのに私の名前を知ってるんですくわぁ―――⁉」


 質問を言い切る前に、私の体は扉の中へと吸い込まれていった。

 扉を潜り抜けた先にあったのは空中だった。って何も無い!


「うわわわわ!」


 私の体がいきなり宙に放り出された。

 手足をばたつかせるも、あっけなく地面に落ちて尻餅をついてバタンと倒れてしまった。

 舞ちゃんはというと扉から飛び出すなりスタイリッシュに三点着地していた。


「いったーい……。ここは、どこぉ?」


 おしりをさすりながら辺りを見回すと、木製で薄暗くて古くてカビくさい部屋が広がっていた。壁には点々とろうそくが吊るされており、埃っぽい床を仄かな光で照らしている。


「愛さん、大丈夫かしら?」


 ケミィ先生は扉から出て来るのではなく、すでに部屋の中で椅子に座っていた。


「せんせー、こうなるんだったら先に言ってくださいよぉ」

「うふふ。ごめんなさいね。ここは私の研究室よ。まあそこらに掛けてくださいな」


 ケミィ先生はそう言って杖をふった。すると紫色のボロい座布団が二枚床に敷かれる。


「あ、あのぉ、里香ちゃんは?」

「ん? ああ、あの花異獣に侵食された子ね。大丈夫よ、ちゃんと生きてるわ。救急車を手配しておいたから、少ししたら病院に運ばれるでしょう」

「そうですかぁ。良かったぁ。それで、そのカイジュウってなんですか?」

「では、少しだけ授業をしましょうか。花異獣とは心の力を栄養として成長する異形の怪物。そして奴らに心を侵食されてしまった人は、植物人間にされてしまうの」

「しょ、しょくぶつにんげん?」


 なんとも仰々しい単語である。日曜朝には放送できないだろう。


「花異獣に心を操られている状態よ。なってしまったら最後、心の悪意を増幅させられ、狂暴化する。それだけではなく他の人を襲って、養分を増やそうとするの」

 

 仲が良かったはずなのに怪物の姿に成って凶暴化してしまった私の友達。

 里香ちゃんはあんな酷いことを言ったり酷いことをする子じゃなかった。

 それをあんなにも捻じ曲げて、人格ごと変えてしまうなんて。


「元々は魔法界に咲く無害な花だった。しかし何者かが人間界に持ち込んだ結果、人々の悪しき心に反応し凶悪化したの」

「それって、倒すことができるんですか? さっきみたいに助けることができるんですか?」

 

 それが今まで住んでいた安全だと思っていた町に、目に見えない脅威が蔓延っている。

 そんなの見過ごせるわけがない。


「もちろんよ。あなたは魔法少女になった。魔法とは心の力。人間の感情をエネルギーに転換し、呪文をトリガーとして発生させて起こる現象全般のことを言うの。例えば物理的法則を無視してものを動かしたりものの形を変えたり、時には攻撃することもできるわ」

「攻撃……」


 先ほどの戦いを思い出してブルっと身震いしてしまう。

 軽い気持ちで唱えてしまったが、一歩間違えていれば里香ちゃんの命が危険にさらされていた。

 でも最終的には無事だったし、きっと大丈夫だよね?


「魔法少女の役割は魔法の力で人々を救い導くこと。愛諸星さん、あなたにもその力が目覚めたのよ」

「そっか。分かりました。私、魔法少女になります!」


 私は胸を張って、宣言した。

次回をお楽しみに!

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