第29話 作戦会議
教室に帰ってくるとそこには舞ちゃんだけが、私の帰りを待っていてくれていたかのように、一人窓際にもたれて外の夕日を眺めていた。
取り巻きは一人残らずどこかへ行っていてた。どうやらミザリーは約束を守ったようだ。
舞ちゃんは私の姿を見ると少しだけうれしそうに目を大きく広げた。心配してくれたのかな。
でもさっきまでのことを報告すると顔をしかめて、怒っているような呆れているような、微妙な表情に変わった。
「で、あなたは決闘を受けたってわけ?」
「うん。そうなっちゃったみたい」
びしょ濡れになった服は帰って魔法少女服に戻った瞬間に乾いた。
そういえばアニメでもあのふわふわな衣装は、なぜか水の中に落とされてもキープされていたなぁ。
もしかして魔法の力が働いているからなのだろうか。
魔法少女の体に魔力が流れているのなら魔法少女の服にも魔力が含まれていてもおかしくはない。
こんど聞いてみようかな、なんて。
「馬鹿ね。私のことなんか見捨てて逃げればよかったのに」
「そんな訳にはいかないよ。私たち友達でシスターじゃん」
「友達……。いや、私たちはそんなんじゃないわ!」
そう言ってプイっと顔を背ける。
相変わらず素直じゃないなぁ。
「じゃあさ、舞ちゃん先生。ミザリーをやっつける作戦、教えてよ」
「先生……。ま、まあ教えてあげる。多分負けるだろうけど、簡単にやられないようにね!」
ちょっとうれしそう。
舞ちゃんの扱い方が分かってきたかも。
「いい? ミザリーはミー系の魔法を好んで使うわ。野性的で動物的な戦闘スタイル。早さと力強さ、その両方を兼ね備えている。そしてなんといっても、あの触れた者の魔力を強制的に奪い取る金色のオーラ。あれが厄介ね」
舞ちゃんはチョークを使って黒板にミザリーの簡単な絵を書いた。
その周りにオーラと思わしいトゲトゲの効果線を描く。
その絵は意外と上手くてかわいらしくデフォルメされているが一目でミザリーと分かる出来だった。
意外と絵心があって驚きだ。
「はい、質問。ミー系の魔法なのに魔力を奪い取るの? それってどっちかっていうとマイ系の魔法の特徴なんじゃ?」
私は絵をスルーして聞きたいことを聞いた。
今は下手にいじらない方が良さそうだ。
「近いけど全く遠いものね。マイ系の魔法は吸収するわけじゃなくて魔力を操るのに長けているの。それに対してミザリーは自身の魔力を使って、魔力を奪い取る魔法を全身に身に纏って戦っているの」
舞ちゃんは簡素な自分の似顔絵を描いて、その周りに青いチョークで波線を書いた。
笑ってしまいそうになったが、せっかく分かりやすくしてくれているので黙っておいた。
まあ、とどのつまりマイ系の魔法は自分の魔力を使わずに使用できる。
それに対して、ミザリーのは魔法の効果で相手の魔力を奪ってるのか。
卵が先か鶏が先か、といってもあんまり大きな違いはなさそうだけど。
「大きく違うわ。マイの魔法は魔力を自分が取り込めるように分解するプロセスが必要だけど、ミザリーの魔法はそんなもの関係なく根こそぎ魔力を奪うの。ようするに速度が速いのよ。もはや魔力を食らうと言った方が正しい表現かもしれないわね」
「ええ! じゃあ単純にマイ系魔法よりも強いってこと⁉」
相手を弱くしながら自分が強くなる魔法。
そんなのズルじゃん、ってくらい勝てる気がしない。
「そうでもないわ。食べた後の魔力を全て取り込めるわけでは無いの。私たちの胃袋が消化できないものがあるように、吸収できない魔力が生じる。結局それは体外に破棄されるわ」
そういえば舞ちゃんは授業の時に他人の魔法を解除して、それを自分の魔力として魔法を使っていた。
で、ミザリーのが威力は高いけど、全部は取り込めないってことか。
「だから無敵ってわけでは無いわ。あなたの爆発の魔法、特に威力の高いものであればごり押しで打ち破れる可能性はある」
黒板に私の似顔絵と爆発魔法と思われるキノコ雲が描かれた。
「そっか。じゃあシールドからのエクスプローラでドカンってすれば!」
「無理ね。サリナとの決闘を見られていた以上、相手に種が割れているもの」
舞ちゃんはバッサリと切り捨てるようにバツ印を付けた。
「じゃ、じゃあサラマンダーさんを召喚して何とか……」
「精霊は魔力で動く生命体よ。ミザリー相手には餌を与えるようなものね」
またバツ印が付いた。
元々ないようなものだった私のちっぽけな自信が、さらに輪をかけて無くなってきた。
「ダメじゃん! 私勝てないのかなぁ……」
ミザリーの戦い方。対戦相手の深くえぐり取られた背中の傷。
思い出すだけで身震いする。勝てる気どころか戦う気力がすり減ってくるようだ。
「魔力を奪われる以上、戦いが長引けば長引くほど不利になる。短期決戦を狙いましょう」
「短期って、いったいどうやって?」
「それは――」
作戦が伝えられた。勝負は明日の午後。
決闘の審判を担当しているヒルグリム先生の授業後に行われる。
そして試合当日。
一瞬で午前が過ぎて、午後からの授業も終わりを迎えた。
イヤなイベントがあるときは時間が早く感じるものだ。
そしてヒルグリム先生の許可は思っていた通り簡単に取れた。
もはや素通りってくらい即決だった。
こういう時こそ厳しくして欲しいものである。
昨日は心臓がバクバクして全く眠れなかった。そのせいで授業中ちょっと寝てしまった。
舞ちゃんからはコンディションのために早めに寝ろと言われたが、無理なものは無理だ。
今も胸のドキドキが鳴りやまない。
決闘場前、そんな私をケミィ先生が心配して声をかけてくれた。
「本当に大丈夫? 嫌なら今からでも下りていいのよ?」
「うん。へーきへーき! ……本当はちょっときついかも。あはは」
ついついケミィ先生に甘えたくなっちゃう。
でもこんなことじゃ舞ちゃんに怒られるかも。
「愛、本当に今から棄権してもいいわよ。私は、大丈夫だから……」
予想に反して舞ちゃんが心の底から辛そうな顔をして言った。
この子は本当に優しい子なんだな。
そう改めて確認できた。
それだけで私は十分だった。
「いや、私やるよ。本当はね、戦いを受けたのは舞ちゃんを守りたいってだけじゃなくてね。ミザリーを、私の力であの子を止めたいんだ」
それは本心からの言葉だった。
人のやり方に口出しするなら、それ相応の力を示さなければならない。
きっとそれがこの学園の、いや。
現実でも異世界でも通じる、共通で変わらない自然の法則なのだから。
「愛諸星さん。あなたの勇気、尊敬に値するわ」
「えへへ。ケミィ先生に褒められたら怖いものなしだね!」
私は決闘場の方を見た。
既にミザリーとヒルグリム先生が立っている。
そこに向かって歩き出そうとすると、舞ちゃんに肩を引き留められた。
「愛。あなたを巻き込んだのは私よ。私が魔法少女としての役割を完璧に果たせなかったのが悪かったの。だから、私が代わりに決闘を……」
「その役割は舞ちゃんが背負うことじゃ無いよ」
私は振り返らずに言った。
振り返ったら逃げ出してしまいそうだから。
「それにね、私は、本当はミザリーの事ムカついてたんだ! だから見ててよ舞ちゃん、絶対にミザリーの奴にギャフンって言わせてやるから!」
私は舞ちゃんの手を振り切って決闘場へと走った。
「愛!」って呼ぶ声を無視して走った。
でもやっぱりちょっとだけ。
いや、かなり、すごく……。
怖いなぁ。