第23話 百獣の魔法少女ミザリー・レオブランド①
何の心の整理もつかないまま時間だけが過ぎた。
今日はクラスみんなで決闘の観戦。
対戦カードは学年トップのミザリーと上級生である2年生の魔法少女。
でもそこで行われているのは決闘や試合などと言えるものではなく、一方的な虐殺だった。
「ニャハハハハ! ザッコいなぁ。お前本当に二年生なのかにゃ?」
「ぐっ、ふ……」
二年生の青髪の魔法少女が刻まれた服と切り傷だらけの肌で這いつくばっている。
猫耳の魔法少女、ミザリーがその頭を思い切り踏んづけて笑う。
凶暴で、無垢で、可愛らしく、少女のように笑っている。
「おら! 何とか言ったらどうにゃ!」
ミザリーがお腹を思い切り蹴りつけると、二年生の人が口から血を吐いて呻いた。
「うぐぅぅ」
「弱いにゃあ弱いにゃあ。お前サバンナなら生きていけにゃいぞー」
あれだけ痛めつけられているのにもかかわらず何も抵抗できないでいる。
それもそのはず。向こうは呪文を唱えても魔法が使えず、ミザリーだけが魔法を使っているのだ。
「おらおら! 下級生に負ける気分はどうにゃあ? 先輩さんよぉ!」
「ウッ! グゥ! ガッ‼」
ミザリーの鋭い蹴りが無抵抗の相手を執拗に痛めつけた。 その全身には黄色いオーラのようなものが纏われている。ミー系の魔法のようだが、触れたものの魔力を奪って自分のものにしてしまう恐るべき能力を持っているらしい。
他ならぬ負けたことのある舞ちゃんが言っていた。まぎれもなく彼女は、天才だと。
相手の人は魔力が枯渇してしまい、体を一方的に攻撃されても打つ手がない。
私は昨日のこともあってものすごく憤った。
「なんで……。なんであんなことするの?」
闘技場の中からは壁のように見えていた所が、実は観客席となっている。
そこから私たちは二人の戦いを見学しているのだが。
「あれが彼女の性格よ。残虐で無邪気な暴君。まさにライオンね」
舞ちゃんは苦々しい表情でそう言った。
「何であそこまでやる必要があるの⁉ 先生もみんなも、何で誰も止めないの!」
「これが決闘だからよ! 勝つか負けるか、やらなきゃ自分がやられるだけよ!」
ルールは殺傷有り、このまま行けば彼女は相手が死ぬまでいたぶり続けるだろう。
いくら学園の決まりだからって、こんな理不尽を見せ付けられて黙ってなんかいられない。
「そんなの全然分からない! 私、あの子を止めてくる!」
「止めるなんて無理よ。この結界は魔法全般を通さない。もちろん人も動物も、あらゆる物質を塵ひとつ通さないわ」
「やってみなきゃわからないでしょ! アイ・ラブリー……」
「やめなさい!」
スパアン、と頭を後ろからシバかれた。
勢い余って舌を噛んでしまった。
「エクブッ! い、いひゃい……」
「そんなことしたら決闘妨害で大量減点されるわよ」
「点数なんてどうでもいいよ! このままじゃあの人が死んじゃう!」
「この決闘は殺傷有りよ。向こうもそれを承知で受けているんだから、覚悟の上よ」
「でも、こんなのおかしいって! こんなの魔法少女じゃ」
「あなたが魔法少女の何を知っているというの?」
ウッと言葉に詰まる。
私は何も知らなかった。
魔法が決して万能ではないことも、私にはたった一人の人間すら救うことすらできないという事も。
「大人しく見てなさい。あなたもあの子と戦うことになるかもしれないんだから」
「うぅ……」
言われるがまま大人しく座ることもできず、かといって突っ走ることもできず。
私はただ憤然と立ち尽くしたまま決闘と言う名の蹂躙を見つめた。
白っぽい金色の巻き毛の髪を逆立てて、徹底的に弱者をいたぶり続ける。
ミザリー・レオブランドは止まらない。
「これで終わりにゃ! ミー・リオネス・ネイル!」
ミザリーの両手の指先に黄色いオーラが凝縮される。
鋭利な爪のような形状へと変わり、ギラギラと光り輝いた。
とどめを刺すつもりだ。
私はいてもたってもいられず観客席の前に向かって走りだした。
「やっぱりダメ! 止めなきゃ!」
「ちょっと! 待ちなさいよ! 愛!」
舞ちゃんの制止を振り切って最前列へ。
フェンスをよじ登ろうとするも、ガンッと見えない壁に顔をぶつけて阻まれた。
痛い。そして闘技場の中に入ることが出来ない。
私はその見えない壁を両腕で、ドンドンと叩いた。
「ミザリー! 止めて‼ ミザリー‼」
「止めなさい! 先生方が見てるでしょ! 止めなさいったら‼」
舞ちゃんに後ろから羽交い絞めにされる。
ひそひそと周囲から邪魔だというような、バカにしてくるような声が聞こえてくる。
でも私は止まらずに叫び続けた。減点なんていくらでもすればいい。
「あぁん? 何にゃあ? 上の方が騒がしいにゃあ」
ミザリーがこっちを見た。今がチャンスだ。
「もう勝負はついてる! これ以上相手を傷つけるのは止めて‼ ミザむぐぅ!」
突然誰かの手で口がふさがれた。ケミィ先生だ。
「ごめんね。でもあんまり暴れるとオリ……ヒルグリム先生が怒るから」
「むぐー(先生)! むぐぐー(離してー)!」
物凄い力で引きはがされた。当然だけど少女よりも大人の方が力は強いわけで。
ミザリーがこっちを見るのをやめて対戦相手の方に向かった。このままじゃヤバい。
「ま、どうでもいいにゃ。さっさとこいつコロそー」
「はぁはぁ、待って。降参。降参します……」
相手の人が動かない手足でどうにか体を動かし、頭を地面にこすりつけた。
「はぁ? 降参ん? そんなの認めるかよぉ!」
ミザリーは魔法の爪で思い切り相手の背中を引き裂いた。
宙に鮮血がほとばしる。
その瞬間、私の体中の毛が逆立つのを感じた。
魔法少女だとか魔法少女じゃないとか、もはやそういう次元じゃない。
人としての一線を完全に越えてしまっている。
「ぎゃあぁぁぁ! ごめんなさい! ごめんなさいぃ! 私の負けですぅ! だからもう痛いのはやめてくださいぃ!」
泣き叫ぶ上級生にペッと唾を吐きつけ、ミザリーは後ろの何もないところを見て言った。
「チッ! シラケたにゃ。おい、ヒルグリム先生さんよー。見てるんだろ?」
すると蝙蝠の群れとともにヒルグリム先生が闘技場に忽然と姿を現した。
どこにいたのか不明だが、今さら現れて普段と態度を全く変えていない。
少なくともこの状況を積極的に止めようとはしていなかった。
「ふむ。この決闘式魔法戦、ミザリー・レオブランドの勝利とする!」
その宣言と同時に見えない壁が消えた。
ケミィ先生の手がパッと離れる。
「むがぁ!」
周りが拍手している中、私は観客席から飛び降りた。すぐさま相手の人の元に駆け寄る。
ひどく出血している。背中が深くえぐれて骨の断面まで見える。
周りに大きな血だまりが出来上がっており、もはや殺人現場だ。
通常なら出血多量で確実に死んでいるだろう。
「ミザリー、どうしてこんなことするの!」
「あぁん? そうか、上でうるさかったのはお前か。パンピー出身」
パンピーとは一般ピープルの略語だ。
今となっては死語だがそんなことはどうでもいい。
「ここまでする必要なかったじゃん! 降参するって言ってたんだから止めてあげてよ!」
「お前、バカなのかにゃ? ここは殺し合いオッケーの無法地帯にゃんだぜ?」
「関係ないじゃん! この人が死んじゃったらどうするの!」
「だーかーらー、ぶっ殺してもいいんだっての。それとも、お前も殺してやろうか?」
野生動物のような獰猛な眼つき。魔法の爪にべっとりとついている血をペロリと舐めとる。
ちっとも話がかみ合ってない。本当に猛獣とでも話しているみたいだ。
「はいはい。どいたどいたー」
けん制し合っていると、魔法薬学専攻のシリンジ先生がやってきた。
そしてビーカーに入っている緑色の液体を上級生の人にぶっかけた。
「う、うぐぅぅぅ」
更に苦しんでいる、と思ったら傷口がみるみるうちに塞がっていった。
そのうちに完全にくっついて元の状態に戻った。
そして上級生の人は疲れ果てたようにぐったりと横たわった。
「細胞活性剤。魔力を体の細胞内にあるミトコンドリアに与えて半強制的に自己回復を促す。魔法少女じゃなきゃ負荷に耐えられないがね。ひっひっひ」
「で、でもこの人は助かったんだよね。よかったぁ」
安堵していると、ミザリーは魔法の爪を解除した。
「にゃははは。よかったねー。それじゃあ、みいは行くにゃあ」
「待ってよミザリー。話はまだ……」
「うるせえ! みいが帰るって言ったら帰るんだよ! 失せろパンピー!」
ミザリーはそう言うとぴょんとジャンプした。
そして空中を蹴ると、そこに地面があるかのようにさらに体が空中に飛ぶ。
それを繰り返し、ステップを踏みながら、本当に決闘場から去って行ってしまった。