第22話 私、魔法少女になります④
今日は長い一日だった。
魔法少女モノといえば戦いの後に壊れた町は、謎の魔法の力で治るものだ。
でもここにおいての修復は結構地道なものだった。
ケミィ先生が壊れたビルを直してくれたけど、中にいた傷ついた人々はそのままだ。
その人たち一人一人に回復魔法をかけて、治療して直していく。
被害者は全員怒りのままに捻じ曲げられて、壊されて、どうにか人の形を保っている状態だった。
しかし全員命に別状はない。
花異獣は基本的に養分となる人間の命までは取らない。
心の力を養分にしているため、死んでしまったら元も子もないからだ。
では直接浸食された女の人はどうして亡くなってしまっていたのか。
「ここ最近多いのよ。花異獣による被害で死者が出ることが。以前はこんなことめったに無かったんだけどね」
私が聞くと、ケミィ先生が話してくれた。
「仮説としては、人間界にいる人々の悪意が増幅しているという説があってね。昔よりも人が増えているから、その分多くの悪意を吸って凶悪化しているということよ」
日本は少子化で人口が減っているとはいえ、地球単位では人口は増えている。
人が多ければ悪い人も増えて、悪い感情も増える。
納得できる理由ではある。
「じゃあ、どうにもならないんですかね?」
「おそらく、被害はもっと増えてくるでしょうね。でもどうにもならないってことは無いんじゃないかしら」
治療し終えたけが人をそっと床に置くと、ケミィ先生は私の頭をポンとたたいた。
「あなたが魔法少女でいる限り、花異獣に脅かされる人々を助けることができるわ。自分自身の力でね」
「そっか。そうだよね! ありがとう、ケミィ先生!」
暗い気分が少し明るくなる。
そうだ、私はなんと言ったって魔法少女なのだ。
この力を使って誰かを助けることができるし、守ることができる。
決して無力なわけではないのだ。
「でも、だったらなんで魔法少女同士で決闘なんかするんですか?」
こうなって改めて思うのは学園のおかしさだ。
本気で人々のために戦うというのなら、味方同士で争っている暇なんてないはずだけど。
「魔法少女学園の理念は二つある。一つは前にも言ったように、才能ある少女たちに学びの機会を与えること。そしてもう一つは、より強い魔女を生み出すことなの」
「強い魔女?」
そんな話は初耳だ。
どうして言ってくれなかったんだろう。
「あなたが説明する前に魔法少女学園に入ることを決めたからでしょうが」
と舞ちゃんにツッコミを入れられた。
そういえばそうでした。
あの時よく考えずに魔法少女になるって言って、入学したんでした。
「別に隠していたわけじゃないのよ。ただ魔女の力をもって花異獣を根絶させることが私たちの最終目的にはなる。だからより強い力が必要なの」
「うーん。それと魔法少女同士の決闘は何か関係あるんですか?」
だとしたらなおの事殺しあっちゃダメな気がするんですが、と疑問を抱く。
強い魔女を作るっていうのは分かるけど、そっちはあんまり納得できない。
「私たちを競わせているのよ。他人と競争することで敵対心を生み、自らの研鑽に努めさせるの」
舞ちゃんが言った。
理屈が納得できるかは置いておいて、それを言うのが生徒であるはずの舞ちゃんだった。
「それは、なんで?」
「言ってるでしょ。他社との競争心が人間を成長させるの。すべては魔法のために」
「じゃなくて、なんで舞ちゃんがそんなこと言うの? ってこと」
競争させられている側のはずなのに、利用されている側のはずなのにどうして。
なんで舞ちゃんは全く不服そうでも不快そうでもなく、納得できているのだろう。
「私が月夜家の人間だからよ」
「関係なくない?」
「あるわ。私は魔女の家系に生まれた。だから魔女になる必要があるの」
「そんな必要なくない?」
さっきから分からないし納得できないことばっかりだ。
舞ちゃんが怒って反論しようとすると。
「はい、そこまで。被害者の手当てが一通り終わったから、帰りましょうか」
ケミィ先生が場を仲裁するように言った。
「……はい」
「あ、はい」
危なかった。
もう少しで喧嘩になっていたところだった。
私ってば納得できないからって、一人で熱くなりすぎてた。
「ごめんね、舞ちゃん」
「別に。でも私はあなたがどう言おうと魔法少女になることをあきらめないから」
舞ちゃんはプイっと明後日の方向を向いた。
あーあ、また怒らせちゃった。
「では、魔法界の扉を開くわね」
「あ、ちょっと待ってください。えっと、里香ちゃんのところによってもいいですか?」
私は忘れていなかった。
もとはと言えば友達の里香ちゃんが花異獣に侵食されたから、私は魔法少女になったのだ。
せっかく人間界に戻ったのだから、お見舞いくらいは行っておきたい。
「うーん。別の日にしない?」
「どうして? ちょっと会うくらいいいじゃん」
ケミィ先生は少し悩んでから言った。
「分かったわ。では行きましょうか、あなたの友達がいる病院へ」
そして一円玉で扉が作られ、私たちは中へと入った。
先に続く病室へと進むと、里香ちゃんはそこにいた。
「里香ちゃん! 大丈夫⁉」
「……」
病床で寝ている彼女は答えてくれなかった。
口に呼吸器がつけられ、体のいたるところに管が通されている。
生きているのは分かるが、生きているだけの状態と言った感じだった。
「起きて。起きてってば!」
「……」
目が少しだけ開いた。
でもそれはうっすらとだけで、私を見る目はぼんやりとしていた。
「里香ちゃん! 私だよ! 分かる⁉」
「……」
何も答えてくれない。
私だ多分かるようにもっと大きな声でもっと強く言おうとした、その時だった。
「しー。静かに」
と、ケミィ先生が人差し指を口に当ててジェスチャーしてきた。
スタスタとこちらに近づいてくる足音が聞こえる。
「先生、どうにかならないんですか?」「現代の医学では何とも……」「そんな……」
聞こえてくる会話の内容はそんな感じだった。
多分お医者さんと里香ちゃんのお父さんとお母さんだ。
ガチャリとドアが開く。
どうしよう、よく考えると私、魔法少女服のままだ。
しかし入ってきた3人は、見るからに怪しい私たちのことをスルーして、里香ちゃんのもとに寄っていった。
「大丈夫よ。透明になる魔法をかけているから、私たちのことは見えないわ」
ケミィ先生がこっそりと教えてくれた。
魔法って便利だ。
里香ちゃんのお父さんとお母さんは必死に呼びかけているのに、里香ちゃんは何も反応しない。
生きているし意識もあるのに、何も言ってはくれないのだ。
「思ったより花異獣の侵食が強かったの。回復魔法は、体を直すことができても心は治せないから」
魔法って不便だ。
何でも思い通りにできるのに、何でも思い通りになるわけじゃない。
よく考えたら分かることだ。
心が壊れてしまったら何も考えられないし何も言うことができない。
笑うことも怒ることも涙を流すことも、何も感情を表す事ができないのだ。
そんなの生きながら死んでいるようなものだ。
「あの。里香ちゃんは元に戻るんですか?」
「ええ。ただ、時間はかかるでしょうね。心の傷が癒えるのは、時間がかかるから」
普通の魔法少女モノなら、敵を倒したら目を覚ましてハッピーエンドなんだけどなぁ。
なんて、とりとめもなく考えてしまう私はやっぱり馬鹿なのだろう。
里香ちゃんのお父さんとお母さんは悲しんでいる。
誰かが傷つけば、ほかの誰かも傷つく。
誰かが苦しめば、ほかの誰かも苦しむ。
そうして不幸の連鎖が広がっていく。
「私も学園のシステムに納得しているわけではないわ。でもそれを変えるためにも、この世界の悲しみを減らすためにも、力は必要なの」
ケミィ先生は自分の無力さをかみしめるように言った。
私だって納得はしていない。
魔法少女学園のことも、決闘のことも、こうなってしまったことも。
だけど。
「……なります」
私は、言った。
「私、魔法少女になります」