第21話 激突! アロエ怪獣大進撃!③
前回までのあらすじ。
多肉食花異獣アロエゴンは会社を鉢植え代わりに、たくさんの人を養分にしていた。
でもこれは操られている女の人のせいなんかじゃない。
全部花異獣に侵食されたせいだ。
絶対に、許せない。
盾は自分の身を守るだけの道具ではない。
その大きさと硬さを利用して、物理的な制圧にも転用出来る。
「ぐうぅ! な、なんて馬鹿力なの……」
天井に押し付けられたアロエゴンが脱出しようともがいているが、魔法の盾は微動だにしない。
そして、盾の効果はそれだけではない。受けたエネルギーの分だけ、その力を魔力として蓄積する。
敵がもがけばもがくほど、足掻けば足掻くほどにハートは熱を帯び拍動してゆく。
流石におかしいことに気付いたのか、ハートに与えられる衝撃が止まった。
「アイ・ラブリー・サモン!」
先日の授業で呼び出したサラマンダーを召喚する。
前回は不完全な状態だったけど、今はその姿をはっきりと視認できる。
円の形となった炎の中で、紅蓮の衣をまとった小さな竜が、ひっそりと目を覚ます。
「シャアアア!」
咆哮を上げ、盾と天井にプレスされたアロエゴンの元へ飛び立った。
獰猛にその喉笛に食らいつき、植物でできた体を燃やして炎上させる。
「熱い! 熱いいいぃぃぃ‼」
苦しみ、もがき、足掻く。
そしてその度にハートのシールドは魔力を蓄積させる。
やがて膨張しきったハートは、最高潮に鳴動する。
「アイ・ラブリー・エクスプローラ!」
ハートの盾が強制的に破裂する。
盾に蓄えた力プラス攻撃魔法による爆破の力プラスサラマンダーの炎。
全てが組み合わさり、最大の威力をさらに引き上げて超絶な大爆発を引き起こす。
火柱の中でアロエゴンを中心にドーナッツ状の煙が広がる。
爆煙は巨大なキノコ雲となって上空を覆った。
「ギイヤアアアアアアアアアアア‼」
たまらずに苦しみ叫び狂っている。
でも許してなんかやらない。
操られていた女の人の体が分離して、周囲に影響を与えずアロエ花異獣だけを焼き尽くす。
硬く厚い葉を全て焼き落とし、根っこごと焼き払って捕まっていた人々を傷付けず開放した。
あ、助けたのはいいけどこのままじゃみんなが地面に落ちちゃう。
「マイン・アルカナム・クラフトワーク」
大量のオフィス内の椅子が宙に浮きあがり、落ちてくる人々の元へ向かい受け止めた。
ケミィ先生が来てくれたんだ。
こんなに強くてすごいなら最初から手伝ってくれたらいいのになあ。
爆発が止まった。
アロエゴンは消し炭になり、空中で爆散。そこから元となった女性が落ちてくる。
私はジャンプしてその人を受け止めた。
ひとまず安否確認だ。
呼吸を確かめないと。
「……あれ?」
4階で着地し、安全なところでもう一度確認する。
呼吸を、していない。
耳を胸に当てる。心臓が動いていない。
あれ、おかしいな。あれ?
「あの! 大丈夫ですか! ねえ! もしもし!」
返事が無い。反応が無い。息を吹き返さない。こういう時どうすればいいんだっけ。
そうだ人工呼吸だ。
私は手を重ねて倒れている女の人の胸に当てた。
そして、ぐっぐっ、と力を籠める。
お願い、生き返って。
「ゴホッ!」
女の人が口から血と一緒に空気を吐く。
やった。成功だ。
口元に耳を近づけたが、相変わらず呼吸をしていない。
「あれ、なんで? なんで? 」
もう一度、と両手を重ねて胸に当てる。
その時襟元を後ろからグイッと引っ張られた。
私は後ろに尻餅をついて後ろに倒れた。
そこにいたのは舞ちゃんだった。
「何をやっているの?」
「ま、舞ちゃん。おかしいんだよ。花異獣を倒したのに、その人が目を覚まさないの」
舞ちゃんはちらりと女性の方を見て、私の方を再び見た。
「ダメね。この人はもう死んでる。間に合わなかった」
「え? なんで? さっき息を吹き返して……」
「あなたが押したから肋骨が折れて肺に刺さったんでしょう。それで肺が潰れて残っていた体内に残っていた空気が血と一緒に出てきた。魔法少女の力で胸骨圧迫なんてするからよ」
淡々と告げられる言葉。冷静に告げられる真実。
そのどれもが納得いかなかった。
「で、でも生き返るんだよね。魔法の力でどうにかできるんだよね!」
「無理よ。死んでから結構経っているみたいだし、発見が遅れたのね。でも別にこれはあなたのせいじゃ無いわ。さ、先生が待っているし、上に行くわよ」
ビルに空いた穴がふさがっていく。
ケミィ先生が魔法でやってるんだ。
そうだ、ケミィ先生なら治してくれるかもしれない。
きっと魔法の力で何とかしてくれるはずだ。
私は女性をそっと抱きかかえて、持ち上げた。
「その人をどうするつもり?」
「ケミィ先生に診てもらうの。どうにかしてくれるかもしれない」
「あのねえ、魔法にもできることとできないことがあるの。そこに置いていきなさい」
「そんなこと無い! あんなすごいことできるなら人を生き返らせるくらい簡単でしょ!」
パン、と頬を叩かれた。
痛かった。
ビンタされたのが、と言うよりも心が痛かった。
「いい加減にしなさいよ! 無理言って先生を困らせないで!」
「だって、だっておかしいじゃん。あの怪獣は倒したじゃん。里香ちゃんの時は大丈夫だったじゃん。私が、あれを、魔法で、倒したじゃん!」
名前も知らない女性は私の腕の中でぐったりと横たわっている。
スーツを着てお化粧をして黒い髪を後ろで縛って、たぶん以前は普通の会社員だったのだ。
普通の人だったのだ。
私が助けたのだ。
この人は私の手で、魔法少女の力で助けたのだ。
だったら生き返らなきゃおかしいじゃないか。
テレビで見た魔法少女には悪い心を浄化する力があって。
悪い化け物を倒した後には必ず元となった人は不思議な力で蘇っていた。
それでこの人は「ありがとう」と言って、私は「良かったね」と言って去っていくのだ。
気づいたら目からポロポロと涙が出て来た。
とめどなく、溢れてきた。
「そうね。見事だったわ。盾の反射魔法と爆発魔法の二段活用。称賛に値します」
気付けばケミィ先生が近くに立っていた。
私が抱えていた女の人を受け取ると、地面にそっとおろして杖を当てた。
すると顔色が少し良くなり、口からの出血が止まった。
「先生、どうにかなるんですよね。この人は生き返るんですよね⁉」
「……あなたが傷つけた分は直しました。これ以上のことは不可能です」
「なんで? 魔法はあらゆる法則を超えて何でもできるんじゃなかったの? 何とかしてよ!」
ケミィ先生は静かに首を横に振った。
「死後三日という所ね。花異獣に侵食されていたから状態は良いけど、心臓と脳の機能が完全に停止しています。魔法の力で強制的に動かすことはできるけど、脳の機能が停止して数日たっているから意識が戻ることは無いわ。蘇生限界はとっくに超えている」
「そう言うのじゃなくて、そう言うのじゃなくて……」
現実ならそうなのだろう。でも魔法の力は違うじゃないか。
魔法少女は、違うじゃないか。
こんなのって、違うじゃないか。
「大丈夫よ。あなたはよくやったわ」
ケミィ先生はそう言って、私のことをそっと抱き寄せた。
すると涙と感情がどっとあふれ出してきた。
「ああ。あああ、うわあああああ!」
ただ泣くことしかできない私の頭を、ケミィ先生は優しくなでた。
この時分かったんだ。
魔法少女は、神さまじゃないって。
続く。