第20話 激突! アロエ怪獣大進撃!②
「いやデカいデカい! 無理無理無理!」
どこかの会社のオフィス前の扉の前。
私は花異獣のあまりのサイズに超ビビっていた。
「あら、どうしたの? 頑張るんじゃなかったのかしら?」
「あんなに大きくなるなんて聞いてないよ! もはや怪物っていうか怪獣じゃん!」
「あなたの才能なら大丈夫よ。自信を持ちなさい」
舞ちゃんは大まじめにそう言った。
「え? でも私、初心者だし、授業はダメダメだし……」
「私が保証するわ。あなたなら勝てる。それに、先生もわざわざ勝てないような敵の元には送らないでしょう」
そう言われると大丈夫な気がしてきた。
そうだ、私は初戦でサボテンの怪物を楽々倒したではないか。
大丈夫大丈夫。
できるできる。
「うん分かった! 行ってくる!」
もう一度扉をガチャッと開く。
そして、魔法少女らしく高々と名乗りを上げた。
「魔法少女ラブリー・アイ、ここに参上! 悪いアロエさん、この私が退治してあげる!」
「グルルルルルルル」
そいつはぬっと4つの足で起き上がった。
当たり前だが立つとさらに大きさが増える。
目が無くて鼻も無い。代わりに顔の中心にある大きな口がぱっくりと開いた。
牙が何本も乱雑に生えており、大量の涎をべっとりと地面に垂らす。
うえぇ、怖いよう。
でも、このくらいの怪物なら全力を出しても大丈夫だよね。
「覚悟しなさい! アイ・ラブリー……」
「グルオォォォォォォ!」
そいつは雄叫びを上げながらこちらに突進してきた。
……やっぱり怖い!
「ひゃあ!」
私は横にジャンプして避けた。
アロエ怪獣が頭から壁に突っ込む。
あ、しまった。
そこには舞ちゃんがいたんだった。
私は大急ぎで怪獣のお尻から生えている花の尻尾を掴んで、思いっきり引っ張った。
「ふんぬー!」
全身に全力で力を込める。
すると怪物の体が宙に浮かんだ。
そのまま後ろに「それっ」と投げると、怪獣の体はそのまま壁に叩きつけられた。
打ち壊された非常扉の外を覗くと、廊下が瓦礫で滅茶苦茶になっていた。
「舞ちゃーん! 大丈夫ー⁉」
「平気よー!」
階段の下の方から声が聞こえる。
どうやら先に避難していたようだ。
「私は下の階で作業しているから、あなたはそっちで戦うのに集中しなさい!」
「はーい!」
私はアロエゴンに向き直った。
名前は今私が命名した。
アロエゴンは首を振って頭に乗った瓦礫を下に落としている。
隙だらけだ。
今度こそ魔法を使うんだ。
大丈夫、あの威力なら絶対倒せる。
「アイ・ラブリー・エクスプローラ!」
杖先端のハートが射出され、猛烈なスピードでアロエゴンの口の中に入った。
そのまま怪物の中心から大爆発。
爆炎が収縮し火柱となり、花異獣だけを狙って焼き払う。
「グルルルルルアアアアア‼」
アロエの肉厚の葉っぱがボトボトと焼け落ちてゆく。
しかし体が大きいだけあって中々焼ききれない。
そしてあることに気付いた。
花異獣に侵食された元になった人がいるはずだが、その人と怪物が分離しないのだ。
そのまま爆発は収束し、丸焦げになったアロエゴンだけがその場に残った。
「……た、倒せた、のかな?」
見ると焦げた肉体が少しずつ再生していってる。
やっぱり倒しきれていなかった。
でもあと何回も耐えられないはずだ。
再び杖を構えた、その時だった。
「もうやめてえ。熱いのは嫌だよう」
アロエゴンから影が伸びる。
それは人間の女性の体を形作り、人間の言葉を発した。
騙されちゃダメだ。
あれは前の時と同じでこちらを惑わすために人間のふりをしているだけだ。
「そんなこと言ってもダメだよ! アイ・ラブリー……」
「いやぁ! どうしてこんなことするの! 人殺し!」
人殺し。
その言葉を聞いてピタッと心が冷えた。
あの時、サリナとの決闘の時、私は……。
考えちゃダメだ。今は関係ない。戦いに集中しなくちゃ。
「私は人殺しなんかじゃ!」
「うふふ。つーかまーえた」
気付くと、背後から花状の尻尾が迫って来ていた。
体全体を触手みたいな根っこに巻き付かれた。
そして口を巻きつかれ、塞がれた。
これでは呪文を唱えることが出来ない。
「しまった! ムガ!」
「優しいのねえ。こんなのに引っかかってくれるなんて‼」
思いっきり地面に叩きつけられる。
床が割れて下の階に貫通し、さらにそのまま床に叩きつけられた。
背部に骨が砕けるような強い衝撃が走る。
「ムグぐ……⁉」
そこで見た光景はまさに地獄絵図と呼ぶにふさわしいものであった。
4階の天井の隅々まで植物の根っこがびっしりとこびりついている。
そのジャングルに絡み取られているように、たくさんの人々がそこに貼り付けにされている。
みんな意識を失っているが、栄養を奪われているのか衰弱しているように見える。
まるで人々が舞踏会で踊っているようにくねくねと身体と手足を折り曲げられ、背景を血の絵の具で彩っている。
まるでこれが、アートだとでも言わんばかりに。
「愛! 大丈夫⁉」
その中で舞ちゃんが手に持ったナイフで根っこを切り離し、救助活動を行っていた。
さっき言ってた作業ってこのことだったのか。
「無様ねぇ、魔法少女さん。あなたたちはこれで終わりよお」
天井に空いた穴から、女性の影が忍び寄ってきた。
ひたり、と頬を触れられる。
「むぐぐぐ、むぐぐぐーぐぐ(これはあなたがやったの)⁉」
「うふふ。何を言ってるのか分かんないけど素晴らしい光景でしょう。まさに芸術だわ」
うっとりとした自分に酔っているような声だった。
「わたしねぇ、本当は芸術家になりたかったのよ。でも大人になったら仕事仕事の残業祭りで何もできなくなった。でもこの姿になったおかげで私は真の芸術を生み出すことができたの! だから、私の邪魔をしてくる会社の連中を全員養分にしてやったのよぉ!」
植物人間にされた者は心を操られ、悪意を増幅させられる。
そして脳を花異獣に操られ、他の人々を襲い養分を増やしていく。
もう助けようがないほど、この女の人の心は蝕まれてしまっている。
このままじゃ駄目だ。
この人も捕まっている人たちも、みんな助けなくちゃ!
「残念。あなたはここで終わりよ」
直後、影が引っ込んだと同時にアロエ怪獣の巨体が上階から私の体めがけて降ってきた。
激しい衝撃の中ビルの床を3回ほど突っ切り、1階の床まで落とされて踏みつけられた。
「ぐむぅっ!」
「あははははは! 何人たりとも私の芸術の邪魔をさせないわぁ!」
凶器的な笑いが耳にこびりつく。
醜悪な声が鼓膜に響く。
私は魔法少女になるということを甘く見ていた。
自分なりに覚悟はしていたつもりだったけど、全然足りていなかったみたいだ。
「む、ぐぐぐ」
「ん? まだ生きてるの? しぶといわねえ」
ぐりぐりとすりつぶすように足で押さえつけられる。
重い。痛い。怖い。
それでも、私の心は燃えるように滾っていた。
怒りと言う名の心のエネルギーを、魔法少女の体に乗せて発散させる。
「むぐあぁー!」
ブチブチと絡みつかれた尻尾を腕で引きちぎる。
そしてのしかかってきている足を両手で掴んで、グググ、っと持ち上げた。
「な、なに! 何が起きているの⁉」
口元の縛りが緩んだ。
これで呪文を出せる。
「うおぉー! アイ・ラブリー・シールド!」
杖先端のハートが巨大化。
巨大な盾となってアロエゴンの体をむりやり宙に押し上げる。
「嘘でしょう! この状況からこんな力技でぇ⁉」
「はあぁー!」
私は力を開放し続けた。
結果、ハートの盾は今落ちてきた穴を次々と潜り抜けていった。
そして5階の天井に達し、怪獣の巨体を逆に上へと叩きつけた。
パラパラとがれきが降り注ぐ中で、私はハートの杖を強く握りしめた。