第2話 私、魔法少女になります②
「……あれ?」
私、生きてる。
目を開けると何やら右手に温かくて柔らかい感触があった。
それは舞ちゃんの手だった。
私の右手と舞ちゃんのが左手が繋がれていたのだ。
しかも普通の握手ではない。
指と指を絡ませる、いわゆる恋人つなぎってやつだ。
「はぁはぁ、くっ!」
舞ちゃんの手から暖かいものが私の体に流れ込んでくる。
それは全身の血管を巡り、体全身に力が満ち溢れ、心臓が火を灯したように熱くなった。
「なにこれ、すごい力がみなぎってくる……」
「魔力の譲渡ですかぁ? ちょこざいですわねぇ! ムーンナイトマイィ!」
棘の腕の鞭攻撃は続いているのに全然痛くない。
それもそのはず、その攻撃は私たちに当たっていない。
空気の壁のようなものに弾かれて、その腕は当たる前に止まっている。
息も絶え絶え、言葉とぎれとぎれに舞ちゃんは必死に伝えてきた。
「諸星、愛さん、あなたは、魔法少女になれる。その素質がある」
口に出すのもはばかられるその単語。
昔あこがれていたその言葉。
恥ずかしげもなく発せられたたった4つの文字に、私の胸はかつてないほどときめいていた。
「じゅもんを、心に浮かんだ、呪文を、言って。それが、あなたの、魔法、よ」
そう言ってガクッと舞ちゃんが倒れた。
繋いでいた手がほどける。
そして力を失ったかのように髪が黒く戻り、キラキラの衣装が普通の黒い学生服に変わった。
即座に抱き止めたが、息はまだある。
気を失っているだけのようだ。
そして私の心に文字が浮かぶ。
真っ白い画用紙に黒いインクで書かれたように、強く言葉が思い浮かぶ。
でもそれはちょっぴり、いや、かなり口に出すのが恥ずかしかった。
「愛ちゃぁん、私の養分になってぇぇぇぇ‼」
サボテンの化け物は里香ちゃんの声で私の事を呼ぶ。
でも、もう惑わされない。
私は胸に手を当てて、強く思い浮かんだ言葉を声に出した。
「アイ・ラブリー・チェンジ!」
呪文を唱えると私の周囲から光があふれた。
さっきまで着ていた体操服とジャージが消えて、謎の白い光が私の全身を包んだ。
キラキラと流れるそれを手で一つまみすると、光の糸が編まれるようにして魔法の衣がひとりでに紡がれ始めた。
ピンクを基調としたフリフリのドレス衣装。
髪はピンク色に染まり、胸には大きなハートの宝石。
それを飾り付けるように白いリボンがキュッと結ばれる。
最後にハートの装飾が先端に付属された杖をバシッと手に取り、私は変身を遂げる。
「魔法少女ラブリーアイ、ここに参上‼」
どかーん!
と、頭の中で爆発が起こった。
やばい、死ぬほど恥ずかしい。
なんだよラブリーアイって。
中学二年生でそれはやばいって。
危機感もった方がいいって。
もはや痛いどころじゃない、致死量レベルで即死級の破壊力である。
「ラブリーアイぃ? 成り立ての魔法少女ごときが私に勝てると思うなぁ!」
敵がある程度まじめでよかった。
なんかある程度痛さが緩和された気がする。
そうだよね。
魔法少女になったんだからこれくらい普通だよね!
襲い来るトゲトゲの魔手を、杖を振って弾き返す。
そしてビシッと決めポーズ。
「悪いサボテンさん、この私が退治してあげる! なんつってー!」
言っちゃった言っちゃった!
テンション任せにすごいこと言っちゃった!
って浮かれてる場合じゃ無い。
次々と棘の鞭による連撃が襲ってくる。
でもそれら全ては、ハートの杖の一振りで風圧が発生し、いとも簡単に弾き返せた。
敵さんはびっくりしている。私もびっくりしている。
「な、何者だ。お前は……」
それはこっちが聞きたい。
名前はラブリーアイって言うらしいけど。
なんて思っていると私の心に次の呪文が浮かび上がった。
多分攻撃系のやつだ。
里香ちゃんを攻撃するなんて、って思ったけどなんだか大丈夫な気がする。
そうだ、魔法少女って浄化の力を持っていて、倒した敵を悪い心から良い心に導くんだ。
大体の魔法少女物はそういう風になってるはず。
私は詳しいんだ。
だから私は心の赴くままに、さして迷うことなく、必殺技っぽい魔法の言葉を口にした。
「アイ・ラブリー・エクスプローラ!」
杖先端のハートの装飾がサボテンに向かって飛んでいった。
思ったよりも3割増し速く。
だいたい新幹線が通るくらいのスピードだろうか。
そんな速度と威力でハートの弾丸はサボテンタクルスに直撃した。
瞬間、ハートが弾ける。
激しい爆発が発生したと同時に爆炎が辺りを包んだ。
しかし周りに一切の影響を与えず敵の体だけを焼き焦がせた。
そして爆発は収縮し、天を貫くような火柱となって、獄炎の熱攻撃を敵の体だけに与えた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 熱い! 熱いいいいいいいいいい!」
サボテンタクルスの体が溶けるように燃えて消えて塵になっていく。
あれ、ちょっと威力が高いな。
幼少のころ見ていた魔法少女の敵はこんな苦しみ方はしてなかったはなんだけど。
「り、里香ちゃん! 里香ちゃんごめん! 大丈夫⁉」
何も考えず打った後で後悔した。私のバカバカ。
しかし火柱の中でサボテンタクルスと里香ちゃんが分離していった。
そしてサボテンの怪物だけを焼き払い、空中で再び爆発した。
緑の果肉の断片がボトボトと辺りへ散らばる。
何かグロい。
私は離れたところに落ちてきた里香ちゃんを抱いて受け止めた。
目立った外傷は見当たらないし火傷も一切しておらず、私の腕の中でぐっすり眠っている。
「よ、良かったぁ……」
里香ちゃんの身に何かあれば私は殺人者だ。
危うくこの年で前科持ちになるところだった。
「その威力、初心者が使えるような代物じゃない……」
舞ちゃんが起き上がって唖然としている。
よく見ると魔法少女の変身が解けて元の制服姿だった。
それに傷もなくなっている。
これも魔法少女の力なんだろうか。
「舞ちゃ、月夜さん。目が覚めたんだね。良かったぁ」
なんにせよ、私はホッと胸をなでおろした。
ハッピーエンドで安心安心。やっぱり魔法少女ものっていうのはこうでなくっちゃね。
しかし舞ちゃんは神妙な顔つきで意味深なことを言った。
「私はあなたの命を助けるために魔力を半分だけ譲渡して魔法少女にするつもりだった。でも私の魔力が全てに近いほど奪われた。諸星愛、いったい何者なの?」
舞ちゃんが困惑しているようだ。しかしこっちだって相当困惑しているのだ。
いきなり友達が怪物になって、クラスメイトが魔法少女になって。
さらに私まで魔法少女になっちゃった。
しかもあの恥ずかしい台詞のオンパレード。
ああ神様、もしこれが夢ならちゃっちゃと覚めちゃってください、とでも言いたいところである。
「何者なんて言われても、私にも何がなんだかさっぱりで……」
「とにかく、私から奪った魔力を返しなさい!」
そう言って舞ちゃんは手を差し出してきた。さっきのように手を握れというのだろうか。
おずおずと差し出された手を握り返す。シェイクハンドの要領で。
「違うわ。こうするのよ」
と、握手した手をわざわざ恋人つなぎの形に握り直された。
ひゃー、恥ずかしいぃー!
そしてにぎにぎと感触を確かめられるように力を弱めたり強めたり、これなんて拷問?
「うぅ、どうですかぁ?」
「……ダメ。全然戻らない。一体どういうつもりよ?」
「えぇ。そんなこと言われたってぇ。やり方なんて分かんないよぉ」
「いいから返しなさい! 私の力を返して!」
「いててて、痛い痛い! そんなに引っ張らないでよう」
ぐいぐい引っ張ってきたためつい痛いと言ってしまったけど、本当はあまり痛く無かった。
これも魔法少女になった影響で身体能力が上がっているからなのだろうか。
「ありえない。最悪……」
とうとう諦めたのか、私の手を突き放すなり2,3歩歩いたところでしゃがみ込んでしまった。
頭を抱えて、はぁ、とため息をついている。
何も悪いことはしていないのに、なんだかすごく悪いことをした気分だ……。
また見てね!