第18話 ネムルーラ⁉ 睡眠の魔法少女ズーズー・ノクターン②
速攻で許可を得て決闘場へ。
ここの緊張感にはいつ来ても慣れない。
ヒルグリム先生が「決闘開始」の宣言をして戦闘開始。
ズーズーがZの形をした装飾が付いた杖を構えて呪文を唱えた。
「アイ・ネムルーラ・スリーピネス」
すると杖から音波のような空気の振動が発生して、私の体に直撃した。
痛みはない。
でも突如として強烈な眠気に襲われた。
「ふわ〜。ね、ねむぅ……」
あくびが出る。体の力が抜ける。瞼が勝手に落ちてくる。
やばいやばい。
深夜についついスマホを見て夜更かししてしまった時よりも寝落ちしてしまいそうだ。
「ちょっと、何簡単に当たってんのよ! まじめにやりなさい!」
舞ちゃんのヤジが飛んでくるがどこか遠く聞こえる。
これが相手の能力なのだとしたらかなりやっかいな魔法だ。
「ほらほら、お眠っすかー? どーするっすかー?」
「むぅ、このぉ! アイ・ラブリー・シールド!」
盾の魔法で催眠音波を防ぐと、眠気がピタッと収まり、目が冴えてきた。
どうやら障害物があればこちらまで届いてこないようだ。
「ちっ。だったら、アイ・ネムルーラ・ピロー!」
呪文が唱えられると大きくてフカフカそうな白い枕が出現した。
これで一体何するつもりだろう。
「よいしょっと」
と、ズーズーは出てきた枕を頭の下に敷いて、唐突にそこへ寝転がってしまった。
「え? 何やってんの?」
「何って寝やすいように頭を高くしてるんじゃないっすか。お前の分も出してやるっすよ」
ぽんっと私の目の前に同じ枕が出てきた。
地味にシールドを超えて出てきてるが、特に攻撃性は無さそうだ。
でも不思議と枕に目が吸い寄せられていく。
心が惹かれていく。
なんだか睡眠という行為がものすごく魅力的に思えてきた。
「アイ・ネムルーラ・フートン」
さらに和式の布団まで目の前に現れた。
昔ながらの白いシーツに包まれた綿の敷布団。
そこにさっきの枕が合わせられて睡眠欲がムクムクと溢れてくる。
布団というのはなぜこんなにも心惹かれるのだろう。
私が日本人だからなのだろうか。
学園のベッドは洋式だし実家のベッドも洋式なんだけど、すごく懐かしい感じがする。
昔遠く離れに住むおばあちゃんの家に泊まった時、和式の布団でよく寝たものだ。
懐かしいなぁ。
中に入ると少し冷たいが、徐々にあったまってきて体寒さを防いでくれる。
硬い地面の上に敷くだけで、フカフカと体を包んでくれて優しく眠りに誘ってくれる。
江戸時代から続く日本の古き良き文化。
深く魂に刻まれた温もりを肌に感じる。
「すやすや……はっ」
気づいた時には布団の中に入って眠りにつこうとしている自分がいた。
危うくもう少しで眠るところだった。
恐るべし、フートン。
「まだまだいくっすよ! アイ・ネムルーラ・スリーピー!」
追い打ちをかけるように催眠音波を放ってきた。
反応が間に合わずまたもやまともに当たってしまい、布団と枕に相まって尋常じゃない眠気が襲いかかってきた。
「ぬぐぐ! う、動けないぃ」
布団の中から脱出を試みたが、体がテコのように固まっている。
というよりもこの居心地の良い寝具から出たくない。
朝学校に行く前お母さんに起こされた時よりももうちょっとここで横になっていたくなる。
「うひひひ。さらに追加っす! アイ・ネムルーラ・スリーピネス!」
あー、眠い眠い眠い!
でも、ここで眠るわけにはいかない。舞ちゃんのためにも負けるわけには。
「いかないんだー! アイ・ラブリー・シールド!」
睡魔と戦いながら、盾の魔法を発動した。
気持ちが眠気でぶれているからか、いつもより大きさが小さい。
でも遮蔽物を出せたのは大きい。
催眠音波が少し防げおかげか、目のしょぼしょぼするのが幾分かマシになった。
「しつこいっすね。はい、アイ・ネムルーラ・スリーピネス追加!」
「ぐぬぬ、もう、だめぇ」
ハートの盾が急速に萎んでいく。
絶体絶命、このままじゃ眠気に押しつぶされてしまう。
ついに瞼が下まで落ち切ったその時、ハートの盾が突如爆発を起こした。
ちゅどーんと小規模な威力だったが、私にかかった布団を吹き飛ばすくらいの威力にはなった。
「な、なんすかなんすかぁ⁉︎ のわぁ‼︎」
ズーズーの体も吹き飛ばされ、私の目がぱっちりと覚める。
さっきので眠気も一緒に吹き飛んだ。
そして盾の能力で、相手の魔法がそっくりそのまま跳ね返されるとすれば。
「うぐぐ、ね、眠いっすぅ〜」
この盾の特性、受けた攻撃を爆発のオマケつきでそっくりそのまま返す反射魔法。
それは物理的なものだけじゃなく、こういった催眠音波などの特殊なものでも有効のようだ。
自分が散々出した催眠音波を受けたズーズーは寝むり眼を更に重く垂れさせている。
今がチャンスだ!
「ほらほらズーズーちゃん、お布団ですよー」
私は吹き飛んでいった布団を拾ってきてズーズーを寝かしつけた。
「くっ、やめろぉ! そんなものにわっちは負けないっすぅ」
「はいはい。枕もありますからねぇ。おねむの時間ですよー」
ズーズーが持っていた枕を頭に入れて、もう片方の私がさっきしていた枕を抱かせてあげる。
そしてポンポンと布団の上からお腹をリズム良く叩いてあげた。
「な、何を……」
「ねぇんねん、ころーりーよー、おこーろーりーよぉー」
「⁉︎」
これは昔よくお母さんに歌ってもらっていた子守唄だ。
私は幼稚園の頃お昼寝が苦手で先生を困らせていたのだが、これを聞けば秒で寝れていた。
ここだけの話、歌声を録音したものを幼稚園に預けていたくらいなのだ。
「ぼおやーはぁ、よいーこーだあ、ねんねぇしいなあー」
「うわめっちゃヘタクソ。でも悔しい、眠くなってきた……」
ズーズーは良い感じに私の歌に酔いしれて眠たそうだ。
でも2番覚えてないんだよなぁ。
まあ繰り返し歌っておけばいっか。
「ねぇんねん、ころーりぃよ、おこーろーりぃよ〜」
「やめろぉ、ムダに、ビブラートを、効かすなぁ」
「ズーズーちゃんはよいー子ぉーだ、ねんねーしなぁ〜」
「嘘だ、わっちが、こんな、歌でぇ……ぐぅぐぅ…スピースピー」
完全に眠ったようだ。
手をそっと離して、頭を撫でてあげる。
ふぅ。幼稚園の先生になった気分だ。
寝かされるのは嫌いだったが、寝かせるのは好きかもしれない。
舞ちゃんとかあんま寝てないだろうし、今度やってあげようかな。
と、大量のカラスと共にヒルグリム先生が現れた。
何やらいつもより目つきが鋭いような。
睡眠不足なんだろうか。
「……はぁ。この勝負愛諸星の勝ちとする」
そうため息まじりに宣言されると、結界が解かれて観客席が見えるようになった。
なんだかみんな唖然としているようだが。
「愛、あんたねぇ……」
「やったぁ! またまた大勝利! 舞ちゃん見てるー!」
手を大きく振ってみたが、舞ちゃんは顔を赤くしてかなりご立腹なご様子。
「何よさっきの試合! あんな酷いの初めて見たわ!」
「えぇ! 私勝ったじゃん! なんで怒るのぉ?」
「仮にも私の代わりとして出てるんだから、恥ずかしく無い試合をしなさいよ! 」
「恥ずかしくないもん! もう、そんなに怒って。睡眠が足りて無いんじゃ無いのぉ?」
「な、なんですってぇ〜!」
階段から降りてきている。
このままじゃもっと怒られちゃいそうだ。
そろりそろりと出口の方に向かうと、ヒルグリム先生が呆れたような顔をして言った。
「愛諸星、多くは言わん。だがお前が歌を歌わなくともズーズー・ノクターンは魔法の効果で眠りについていたとだけ言っておく」
「え? てことはあの子守唄は無駄だったってこと? 」
ヒルグリム先生は頷いた。
そう考えるとちょっと恥ずかしくなってきたかも。
でもまあ私の美声を披露できたし、決闘にも勝てたし結果オーライってことで。
「愛! 待ちなさーい‼︎」
「あ、やば。舞ちゃんが激おこだ。逃げなきゃ!」
ポカーンとなってる雰囲気をそのままにして、私たち二人はドタバタと決闘場を出て行った。
その後もぐっすりと眠ったズーズーの気持ちよさそうな寝息が、しばらくの間決闘場に響いていた。