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第16話 錬金の魔女ケミィ・ラボラトリィ先生

 午後最後の授業、錬金術。

 その教師ケミィ先生はにこやかに、教壇の上に立っている。

 

 先生曰く錬金術と魔法は厳密には違うらしいけど、カリキュラムには含まれている。

 なんでも魔法の基礎を学ぶには適材って話だが。


「基本的に呪文はアイ、マイ、ミー、マインの人称代名詞と魔法少女のもつ固有名詞をもとに構成されています。たとえば愛さんであれば『アイ・ラブリー』という風にね。そこに『魔法名詞』を組み合わせることで呪文の完成になります。さて、魔法名詞とは何でしょう?」


 教鞭代わりの杖がピッとこちらに向けられる。

 なんだか今日は先生方がみんなして私に当ててくるなぁ。

 ちゃんと勉強しているか試されているのだろうか。


「はい。えっと、魔法を使うときの名詞、です」

「もうちょっと詳しく言ってみて」

「えーっと、心に浮かんだ文字で、その、やるぞって感じのやつです」

「うーん。もっと具体的に」

「うぅ、分かりませぇーん」


 先生は苦笑いに。他の魔法少女からもくすくす笑いが漏れる。


「では、シスターである舞月夜さん。代わりに答えてあげて」

「はい。魔法を使用する際に思い浮かべた心象を映し出す名詞。魔法とは思考を現実化させるための手段であり、魔法名詞はその起こしたい事象を意味する単語となる場合が多い」

「はい。よくできました。二人とも座っていいわ」


 座りながら舞ちゃんが、こんなことも分からないのか、とでも言いたげな顔で見てきた。

 仕方ないじゃん。勉強は苦手なんだよう。


「ではこれよりちょっとした小テストをします」

「テストぉ? うへぇ」


 入学早々ついてないなぁ。

 私は何も知らないのだから手加減してほしいところなのだが。


「皆さんの目の前にある粘土を、思ったような形に変えてください。ただし、手を使わないことが条件です制限時間は10分。できた人から帰って良し」


 私が嘆いている間に他のみんなは一斉に作業に取り掛かった。

 各自机の上には緑色で直方体な新品の粘土が一個ある。

 手でこねちゃダメってことは魔法を使えってことだよなぁ。


「あ、あと舞さんは今魔法を使えないでしょうから、代わりに愛さんを教えてあげて。愛さんが出来たらあなたも合格とします」

「何で私が……はぁ。分かりました」


 しぶしぶと舞ちゃんは私に向き直った。


「いい。呪文とは属性を頭に着けて、あなたの固有名詞と、起こしたい事柄の魔法名詞を組み合わせて発動するの。さっきみたいに適当に言ってもうまく発動できないわ」

「そうなんだ。でもそんな大事なことは先にってほしかったなぁ」

「昨日教えたわ! あなたが忘れただけよ!」


 ありゃ、そうでしたか。これは失礼。

 という事は、さっきの授業でうまく魔法が使えなかったのはそのせいか。


 えーと、私の適性らしい「アイ」と「ラブリー」ってちょっと恥ずかしい単語と、あとは先生が言ってた言葉を組わせれば行けるのかな。


「よーし、アイ・ラブリー……」

「待って」


 机の上に置いてある四角い粘土に、杖を向けて呪文を唱えようとしたが、舞ちゃんに呼び止められた。


「あのね、物を操るのは『マイン』の魔法が適しているの。『アイ』の魔法は与える効果が強いから何かをしてもらうことには向かないのよ」

「あー、魔法によって向き不向きがあるんだっけ」

「そうよ。それと最後に付ける魔法名刺は、別に先生が使っていたものじゃなくても、あなたの想起しやすい言葉なら何でもいいわ」


 周りの言葉をよく聞くと「メイキング」や「クリエイト」という言葉が聞こえてくる。

 みんな魔法を軽々と使いこなしていて、こんなのお茶の子さいさいって感じだ。


「よーし、いざ! マイン・ラブリー・クラフト!」


 粘土にバチバチとピンク色の電流のようなものが走ったが、何も起こらなかった。

 あれ、本当は私って才能ないのかな?


「頑張りなさい! 早く帰れるかどうかはあなたにかかっているのよ!」


 そう言われてもどうもできる気がしない。

 まるで難しい数学の公式を眺めているみたいな気分だ。

 

 それにシリンジ先生も前の授業でマインの魔法は難しいって言ってたし仕方ないのではないだろうか。

 私って初心者だし、そもそもできなくてあたりまえのはずだ。


「はいはい。言い訳はその辺にして課題に集中しなさい」

「でもさぁ、魔法の授業っていう割にやってることが地味っていうかぁ」


 私はきれいな直方体を保っている粘土をつんつんとつっついた。

 すると舞ちゃんに「触らないの」とたしなめられた。


「どれだけ優れた性能の機械を持っていても、それを動かす知識がなければ使うことができない。同じように魔力がいくらあろうと基礎知識がなければ何の意味もないのよ」

「はぁ。そういうもんですかねぇ」


 そういうめんどくさいのを全部取っ払えるのが魔法のいいところなのではないだろうか。

 そりゃ一朝一夕でなるものじゃないんだろうけど、そんなの現実世界だけで十分だ。


 これじゃいつも行っている普通の学校と変わらない。

 それどころかもっと過酷で嫌になる、学校生活ハードモードって感じ。


 やる気を失いかけた矢先、頭に猫耳が付いてある金髪くせっ毛の女の子が席を立った。


「はい終わりー。おっ先にゃー」


 まだ3分とかかっていないのに、窓から外に飛んで教室を出て行ってしまった。

 その子がいた机には精密に作られたライオンの形をした粘土が置かれていた。


 ぴょんぴょんと空中を蹴りステップするように闊歩して、お尻に生えたふさふさの尻尾を揺らしながら帰って行く。

 舞ちゃんはその後ろ姿を憎々しげに見つめていた。


「ねえねえ、あの子って何者?」

「彼女はミザリー・レオブランド。一年では一番の実力者よ。悔しいけど流石ね」

「一番ってことは舞ちゃんよりも凄いんだ」

「ええ、あの子のおかげで私はずっと学年2位の成績だったわ……」


 そう悔しそうに歯噛みする表情を見ていると、なんだか申し訳ない気分になってきた。

 できなくて悔しいのは舞ちゃんのはずなのに、自分だけできないと思ってふてくされて。


 私は気を取り直して魔力を練り込んだ。

 さっきの授業のように爆発しないように。

 慎重に慎重に。


「さ、頑張って。コツは湯呑に煎茶を注ぎ入れるイメージよ」


 とケミィ先生がアドバイスしてくれた。

 色々お世話になっているし、ここは無碍にするわけにはいかない。


「分かったよケミィ先生! お茶お茶お茶……うおりゃー!」


 ボフン! と音を立てて粘土が爆発して破裂した。

 もはやお約束である。

 

 飛び散った粘土が私や舞ちゃん、ケミィ先生の顔に飛び散り、べっとりと張り付いた。


「愛諸星さん……」


 先生は笑みを浮かべているが、これは怖い方のニコニコだ。

 でも大丈夫だよね。先生なら分かってくれるよね。

 ほら、芸術は爆発だって言うし。


「合格です」

「ですよねーって、え? 不合格じゃないの?」


 先生がピッと杖を上に差した。

 見てみると、なんと天井には飛び散った粘土の破片が、日本列島の形を型取っていたのだ。

 いや、私すごいな! 


「愛さんが元々いた世界を表現したのよね。ここまで正確に作るのはすごいわ」

「そ、それほどでもないですよぉ。あははー……」

「魔法で粘土を爆弾化させて起爆したのよね。まだ初心者なのによくできました」

「え、あ、はい。ソウデスネー」


 もちろんそんなこと私は知らずにやったのだが、「おぉー」とクラスから感嘆の声が上がった。

 これでは、本当はたまたまでしたー、なんて口が裂けても言えない。

 まさか本当に爆発が芸術になるとは。

 

「……」


 先生はじっと私の顔を見つめていた。

 不思議がっているというか、どこか懐かしがっているような。


「ん? どうしたんですか先生。私の顔に何かついてます?」

「いえ。なんでもないわ。この後話したいことがあるからラボに来てくれる?」

「えー、何だろう」


 何はともあれ、これで学園の長い一日を無事乗り切れたようだ。

 私は心の安息のために、今日はこれ以上何も起きませんように、と祈っておいた。

続く!

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