第10話 黒鉄の魔女オリヴィエ・ヒルグリム先生
がっつり寝坊した。
舞ちゃんに叩き起こされてうとうととしながら教室に向かう。
この学園ではホームルームなどないため朝一番から授業をする教室へと直行である。
私たちは階段を走って昇る。めちゃくちゃ長い階段をただひたすらに走りきる。
魔法少女の学園だというのに校内で魔法的な仕掛けは一切施されていない。
良く言えば省エネ思考で、悪く言えばケチ。
だから魔法で動く階段とか移動する教室とか、そういうのをあんまり期待しちゃいけない。
「あなたのせいよ。あなたが寝坊なんてするから!」
「舞ちゃんだって目覚まし付け忘れてた癖にー!」
ちょっと想像していたのと違うんだよなぁ。
息も絶え絶え、何とか教室にたどり着くと、ヒルグリム先生が時計を見ずに言った。
「遅いぞ。早く席に着け。授業開始まであと53秒前だ」
ひゃー、ギリギリセーフ!
しかし秒刻みとはどんだけ神経質なんだ、この先生は。
そんな教室の中は、計30席の椅子を全て魔法少女の生徒が埋め尽くされている。
その光景は圧巻だ。
なんせ全員が個性的な髪の色と形をしていて、全員フリフリ付きのお姫様のような女王様のような、そんな派手なドレス状の衣装を身にまとっているのだ。
赤髪や青髪は当たり前、中には虹色の髪をした主張の激しい子までいる。
私も魔法少女になってから髪がピンク色になったが、全然目立たない。
逆に黒髪になった舞ちゃんの方が目立つくらいだ。
みんな髪も服もカラフルで、教室中が非常にごちゃごちゃしていて目に悪い。
ついつい右斜め前にいる目に優しい緑色の髪をした子に目が吸い寄せられてしまう。
「では初めにマイの魔法の概要。愛諸星、答えて見ろ」
と、ぼーっとしてたらいきなり先生に当てられた。
私はあわてて昨日舞ちゃんに教えてもらったことを思い出した。
「えっと、舞ちゃんが使ってる魔法、です?」
舞ちゃんに肘で小突かれて「あなた昨日やったでしょうが」と小声で言われた。
間違ってはないでしょう。間違っては。
「マイの呪文は抑圧の魔法。悲しみや苦しみ、痛み、そういった種の感情を静かに受け入れる心に反応し発生する。この属性を持つ魔法の特徴を答えてみろ」
「えっと、たしか、魔力をあんまり使わない?」
「そうだ。消費魔力が少ないが、その分威力は低い。舞月夜、お前が得意な魔法だったな?」
呼ばれて舞ちゃんは背筋をピンとばねのように椅子から立ち上がった。
「はい、そうです!」
「お前は魔力量が少なかた。したがってマイの魔法を使わざるを得なかった。そうだな?」
「はい、そうです! 私は生まれつき魔力量が少ないので使っていました!」
ここは軍隊か何かかな?
しかもなんか嫌味っぽい言い方。これは生徒に対するいじめになるんじゃないだろうか。
案の定、教室のどこかから「クスクス」と笑い声が漏れている。
「おいお前。何がおかしい」
杖が刺された先で、ビクッと虹色の髪をした子が震えあがっている。
蛇に睨まれた蛙ってやつだ。
「どうした。答えて見ろ。それとも言えない理由があるのか」
虹髪の子がちょっと涙目になってる。
さっきと打って変わっているけど、これもヒルグリム先生の素なのだろうか。
「立て! 立って答えてみろ‼」
「ひっ、ごめんなさいぃ! 何でもないですぅ!」
虹髪の子はしゃきっと立って直角90度に頭を下げた。
やっぱり軍隊方式だ。
「なんだ、何でもないのか。無駄な時間を煩わすな」
あ、この人本当に分からなかったから聞いただけなんだな。
舞ちゃんのもいじわるしてるわけじゃなくて、単に得意分野だったから当てたってだけで。
「マイの魔法はその特性により敵の魔法攻撃を抑制し、無力化させる力を持つ。それどころかその魔力をわがものとして扱うことも可能だ。魔法の実力は魔力量のみにあらず。自分の力量を見極め、適合する才能を磨くことが決闘でも勝利につながる。そうだな、舞月夜?」
「はい! おっしゃる通りです!」
舞ちゃんの目がうれしそうにキラキラしている。
なーんかだんだんとヒルグリム先生の性格が分かってきた気がするな。
「では今日は召喚術の授業だ。悪魔の召喚と契約について。138ページ52行目!」
全員の教科書がノータイムで一斉に開いて、先生が内容を口頭で読み始める。
ヒルグリム先生の授業は黒魔術。
全く持って魔法少女らしくない響きだが、魔法の基礎になる大事な科目だそうな。
そして立たされたままの私と舞ちゃんと虹髪の子は、座れという指示もなくそのまま放置された。
こういう所はやっぱり冷たいけど、もしかして勝手に座っても怒られないのではないだろうか。
でも他の二人は立ってるし座らないでおこうかなぁ。
「愛諸星、この項目をやってみろ」
「え、あ、はい!」
急いで教科書を確認するけど全然読めない。
舞ちゃんいわく黒魔術などの古くから伝わる魔法は古代魔法文字で書かれてあるらしい。
だから私が読んでも教えてもらわなきゃ何のこっちゃ分からないのだ。
「どうした、分からないのか?」
「え、えーと……」
「早くやってみせろ! できなければ補習だぞ」
分からないものはしょうがない。
私は必死に心の中で念じた。
なんか出ろ!
すると空中にぐるりとピンク色の円が描かれ、その中に大きな星型と魔法の字が書きこまれた。
そして出来上がった陣から、赤色をした小さい小人のような生き物が出てきた。
「ふん。炎の小悪魔インプか。下級だが、詠唱破棄で生み出すとは大したものだ」
なんかよく分からないけど褒められた。
結構そういうところは素直なんだよな、この先生。
私はほっと胸をなでおろしながら、席に座った。
呼び出したインプさんは机の上をぴょんぴょんと飛び回っている。
ちょっとかわいいかも。
「おいニンゲン! ハラ減った! なんか食わせろ!」
「ええ。食べ物なんて持ってないけど……」
「お前の魔力、食わせろ!」
魔力ってどうすればいいんだろう。
そういえば握手したら渡せるんだったっけ。
私はそっと手を出そうとした。しかし舞ちゃんに止められた。
「やめときなさい。そいつかむわよ」
「え? そうなの?」
「魔力は呼び出したときにもう十分与えられているわ。悪魔っていうのは人をだますものだから、気を付けなさい」
インプさんはキシシシっと私のことを笑っている
ずるがしこくていたずら好き。まさに小悪魔って感じだ。
と、インプさんがピタリと凍り付いたように動かなくなった。
前を見るとゴゴゴゴと、ヒルグリム先生から黒いオーラが放たれていた。
「私の授業の邪魔をするなァ!」
教室に雷が落ちた。
比喩ではなく本当に落ちてきた。
「ちょ、ちょっとまってください! ストップストップ!」
「私の授業は、静かに聞けえぇ!」
一番うるさいのは先生である。
先生が見境なく魔法をぶっ放し続けるので、私たちは机の下に隠れながら雷が降りやむのを待った。
その間インプさんは私の陰に隠れてガタガタとおびえていた。
鬼教師ヒルグリム先生。
悪い先生のようで良い先生、のように見せかけてやっぱり悪い先生のようである。