第1話 私、魔法少女になります ①
私の名前は諸星愛。
希望ヶ丘中学校に通っている普通の中学二年生。
よくみんなからはドジでおっちょこちょいって言われるけど、先生には元気で明るい性格だって褒められたことがあるの。
それに運動神経には自信があるんだ。
部活はクリケット部に入ってて、周りからは次期キャプテン、なんて言われたりして。
勉強はちょっと苦手だけど……、体育の成績はいいから問題ないよね!
それから私の家族の紹介をするね。
自営業でお花屋さんをやっているお母さんと、普通の会社員のお父さん。あと愛犬のタマ。
お母さんは怒るとちょっと怖いけど、働く姿はすごくかっこいいの。
お花の事をいろいろ教えてくれて、その影響で私は小さいころからお花が大好きなんだ。
時々お母さんの手伝いでお店のお花をお世話してるし、それでおこずかいも稼いじゃったりして。
えへへ。
お父さんは残業続きで家にいないことが多いけど、優しくて怒らない良いお父さん。
あんまり勉強しろって言ってこないしね。
タマは……、散歩に行こって言っても犬小屋でぐうたら寝てばっかり(誰に似たんだか)。
私の家族はこんな感じ。次は私のお友達を紹介するね。
一番の友達の山川里香ちゃんはまじめな優等生。
幼馴染で幼稚園からの友達なの。
実家がお金持ちで習い事を一杯やってて、私もよく勉強を教えてもらってるんだ。
もし里香ちゃんがいなかったら今頃私のテストは赤点まみれになっちゃっているだろうなぁ。
え、自己紹介はもう飽きてきたって?
仕方ないなぁ。
じゃあ最後にクラスで気になってる子を紹介するね。
気になってるって言っても女の子なんだけど(恋愛的な意味じゃないよ)。
月夜舞ちゃんっていう子でね。
よく本を読んでいたり窓の外を見たりして他の人と話さずに一人でいることが多いの。
その本も何語か分からない変な外国語で書かれてて、表紙もちょっと古びた感じで、まるで怪しい占いの本みたい。
で、その、なんというか他の子とはちょっと違う気がするんだよね。
他人と仲良くしないようにしているっていうか、一線を引いているっていうか。
一人ぼっちになったっていうよりもわざと一人でいる、みたいな。
それが鼻に突くっていう子もいるみたいで、よく嫌がらせみたいなことをされたり言われたりするんだけど、不思議なことにその子にちょっかいを出そうとすると何かしらの不幸に見舞われるんだ。
バケツが落ちてきたりバナナの皮に滑って転んだり、中には階段から落ちてけがをした子もいてね。
だからみんなから触れちゃいけない子っていうか、腫物みたいに扱われているんだ。
でも本人は全く気にしてないみたいで、いつも素知らぬ顔で知らんぷり。
何か他人とは違う自分なりの軸を持っているって感じかな。
なんだか神秘的でかっこいいと思わない?
だから友達になってみたいなぁ、なんて。
それじゃあそろそろ『アイとマイの不思議な魔法少女学園』始まるよー!
なんて、日曜朝の女児向けアニメに流れるいつものあらすじのような変な走馬燈を見てしまった。
目の前にはサボテンの怪物になった私の一番の友達だった里香ちゃん。
そして気になっていた子の舞ちゃんがフリフリのドレスみたいな服を着て、体がボロボロになって倒れていた。
「う、うぅ……」
舞ちゃんが苦しそうに呻いている。さっきサボテンの化け物にお腹を思いっきり殴られていたからだ。
お腹に沢山の鋭い針が刺さってて血がドクドクと流れ出ていて、すごく痛そう。
混乱するって? そうだよね、私も今絶賛混乱してる。
一応こうなった経緯を説明するね。
里香ちゃんと一緒に部活の居残りで、夜遅くまで練習していたときのことなんだけど。
さぁ帰ろうかっていうときになって、突然里香ちゃんが胸を押さえて苦しみだしたんだ。
心配になって救急車を呼ぼうと思ったら、里香ちゃんの胸の中心から芽が生えてきたの。
芽って植物の芽だよ。
私はギョッとしたね。
そんな病気聞いたこと無いもん。
そしてどんどんその芽は成長して、幹が生えて茎が生えて葉っぱが生えて。
里香ちゃんを蝕むように全身を包んだんだ。
そして体がみるみるサボテンの化け物に変わっていった。
サボテンって聞くとかわいいイメージがあるかもしれないんだけど、全然可愛くない。
むしろグロテスクで気持ち悪いデザインだった。
大きな丸いサボテンに爬虫類みたいな眼が4個ついていて、獰猛な肉食動物みたいな牙の生えた口が生えていた。
そいつが涎を垂らしながら根っこでできた四つ足を使って、トカゲみたいに地面を這って私に向かって襲いかかってきたの。
私はそいつの見た目がタコみたいだったから、サボテンタクルスって名前を付けた。
で、私が逃げ回った挙句クリケットコートの端に追い詰められてあわや大ピンチってところに、舞ちゃんが颯爽と現れてこう叫んだ。
「マイ・ムーンナイト・チェンジ!」
するとあら不思議、普通の学制服だった舞ちゃんの姿がみるみる変わっていった。
全体的に青色を基調として、フリフリでキラキラなドレス状の衣装。
それこそ日曜朝にやっている女児向けアニメ番組の魔女っ子みたいな服に変わっちゃったんだ。
綺麗なサラサラの黒くて長い髪が鮮やかなスカイブルーの色に。
凛々しい顔立ちをさらに険しくたぎらせて。
子供っぽいはずの衣装が、なんだか大人っぽく決まって見えた。
まるで魔法みたーいだなんて思っていると、舞ちゃんは先端に三日月状の装飾がついた杖を取り出して叫んだ。
「マイ・ムーンナイト・ソード!」
すると杖先の三日月がおっきくなって剣みたいになった。
そして戦闘開始。
最初は舞ちゃんが優勢だった。
飛んでくる針を弾いて果肉を切ってだんだんと敵を追い詰めていった。
これでとどめだっていうときに、サボテンタクルスが姿形を変えたんだ。
「助けてぇ、助けてよぉ、愛ちゃん」
緑色の体の前にうねうねと里香ちゃんの上半身が出てきて、私に助けを求めてきた。
でも舞ちゃんは止まらなかった。
三日月の剣を振りかざして躊躇なくとどめを刺そうとした。
私は咄嗟に動いた。動いてしまった。
「だめっ! やめてぇ!」
舞ちゃんの体にしがみついて里香ちゃんを助けようとした。
私のバカ。
「ッ⁉ 離しなさい!」
「お願い! 里香ちゃんを傷つけないでぇ!」
「馬鹿! あれはもう山川里香じゃない!」
その時だった。
里香ちゃんの影はサボテンに引っ込んでその獰猛な爬虫類の眼が光った。
「ありがとう、愛ちゃん。隙を作ってくれて!」
物凄い速さでこっちに突進してきた。
直撃する直前、舞ちゃんは私を引き剥がした。
私は地面に倒れた。
舞ちゃんはお腹に重たい棘の一撃を食らって倒れた。
これがさっきまでの経緯。
だからこの状況になったのは、私のせいだ。
どうしよう。
のんきなことを言っているように思われるかもしれないが、私は戦闘能力のない一般人だ。
さっきまで部活で友達とクリケットをやっていた普通の女子中学生なのだ。
だからどうにかしろだなんて心無いことは言わないで欲しい。
「あらあらうふふ。月夜舞さん、他人を庇うなんてお優しいですわねぇ」
里香ちゃんは家がお金持ちだから言葉遣いが大人っぽいんだ。
ってそんなこと言ってる場合じゃ無い。
サボテンの怪物が里香ちゃんの声で話しながら迫ってくる。
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
さっき里香ちゃんを助けようとした時は動けたのに、今になって体が全然動かない。
恐怖で立ちすくんでいると、倒れている舞ちゃんが今にも掠れそうな声で話しかけてきた。
「はぁはぁ、諸星愛さん……だったかしら?」
「え、あ、うん」
一応クラスメイトなのに名前を確認された。
あんまり覚えられてなかったか。
「逃げなさい。ここは私が何とかするわ」
「何とかって言われても……」
舞ちゃんはお腹を押さえながら果敢に立ち上がった。
でもサボテンの化け物はそれをあざ笑うかのようにとげとげの腕で攻撃し始めた。
「こんな時にも他人の心配なんて、随分と余裕ですわねぇ!」
ドゴォッとかバキィッとかそんな重たい音が体育館内を響き渡る。舞
ちゃんが棘の鞭で何度も何度も打たれて傷つけられていく。
酷くて惨たらしくて、もう見ていられない。
「やめてぇ! 里香ちゃん、もうやめてよぉ!」
私は叫んだ。
叫ぶことくらいしかできなかった。
「心配しないで愛ちゃん。こいつを片付けたら、次はあなたを殺して養分にしてあげる」
「ころ、すだなんて……、里香ちゃんはそんなこと言う子じゃなかったでしょ! 一体どうしちゃったの⁉」
「ええ。私は山川里香の心を養分として生まれた《花異獣》なの。私は里香であると言えるし無いとも言えますわ。でも、心の闇は増幅させていますけどねぇ!」
「カイジュウ? 心の闇? 何言ってるのか全然分からないよ!」
「はぁ、本当に愛ちゃんは馬鹿ですわねぇ。まあそこで見てるといいですわぁ」
怪物はそう言って舞ちゃんを痛めつけるのを止めない。
無慈悲な攻撃という名の暴力が繰り広げられる。
舞ちゃんが体中から出血して目も当てられないほどボロボロにされてゆく。
「グッ、ハ、うぅ……ッ!」
それでも立ち上がろうとしている。
いたぶられてもいじめられても立ち向かおうとしている。
でとどめの一撃がくる。
舞ちゃんが私のせいで死んじゃう。
その時、私の体はやっと動いた。
「ダメぇ‼」
倒れている舞ちゃんを庇う形で私の体が前に出た。
そしてトラックに突撃されたみたいな衝撃が、私の全身に加わった。
目の前が一瞬で真っ暗になる。
呼吸が止まる。
心臓の鼓動が止まる。
私は、死んだ?
続く!