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福陰  作者: 板島 レオ
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第2章.美しい愛唱

第2章です。平穏が崩れ去る。

第2章. 美しい愛唱


「………ママ…ご飯……」


深い眠りについていたあたしの意識が夢の中へと転送される。背が高い誰かの体があたしの瞳に映る。


「イザベル。朝ご飯はお母さん特製ハムエッグよ。」

「……ま…ま、?」


ママらしき人の顔が白い光による逆光で見えない。


「ほら。ご飯早く食べなさい。」

「……ごは…ん…?」


「ご飯!!!!!」


一瞬にして眠りは遮られ、体を反射的に起き上がらせる。


「寒っ……」


夜中の冷えきった空気はまだ健在で、もう一度布団に包まる。布団の中が心地よくてあたしの意識を少しずつ奪っていく。


「…は!!ご飯!!!」


もう一度はね起きて今度はベッドを飛び出す形で降りる。時計はもう7時半を指していた。いつもであればみんなで既に朝ご飯を食べている時間だ。慌てながら電気をつけて、パジャマを普段着に着替える。そう時間はかからないうちに、いつもの服に着替え終わり、駆け足で部屋を出る。そのままUターンするかのように階段を下り、食堂へ向かう。食堂はキッチンの横の部屋の浴室の隣にあった。中庭から差す雨上がりの日光には目もくれず、勢いよく食堂のドアを開いた。


「遅いよ。イザベル。」


そこには、フォークで刺したお肉を口に運んでいる同い年くらいの子供がいた。そう。修道者達だ。


「…マティス!起こしてよ!」


そんないつも通りの会話をしていると、マティスの向かいに座っている少女が口を開いた。


「こ〜らイザベル〜?私。朝わざわざ部屋に行って起こしたんだよ〜?」

「嘘!!ソニアの声なんてしなかったもん!!」

「それは夜起きてたからでしょー?」

「うっ……何でそれを……」

「コン……コン……って音が聞こえるのよね〜。ほら、私達の部屋も階段に近いじゃん??」


バレていた事に驚きを隠せず狼狽える。


「うぅ……あ!!ポテチ!!誰か食べたでしょ!!!」


記憶の底に沈んでいたポテチを思い出し、事実を尋ねる。


「…いやお前昨日の夜食ってたじゃん。夜ご飯の前に。」


静かに聞いていたカイルが口を開く。


「…あれ。そうだっけ」


「はいはーい!ミラ!イザベルがポテチ食べてるところ見てました!!夜ご飯の唐揚げを食べる前に軽食って言って食べてました!!」


あたしが雑談している時に不思議そうな顔でこちらの顔を覗いていたミラが補足する。


「あー……ははは…思い出した〜…唐揚げが美味しくて忘れちゃってた……あはは…」


みんなの呆れるような視線と軽く微笑んでできた穏やかな表情が心にくる。

ガチャ。

背後から食堂の扉が開く音が聞こえ、みんなが扉の方を見る。


「早く食べなさい。ご飯が冷めてしまうよ」


不意に、優しくも厳しい声が聞こえ、振り返る。穏やかなようで厳格な、そんな声の形だった。


「パパ!!」


イザベルは会いたかったかのようにパパに抱きついた。


「神父様。料理とても美味しいです」


マティスが料理への感想を述べ、微笑みをかける。


「それは良かったよ。さあ、イザベルも座りなさい」


マティスへの言葉を返し、あたしの頭を撫で、優しい笑みを浮かべた。イザベルは、は〜い!と嬉しそうにパパを背景にお誕生日席に座る。パパはあたしとは反対側の席に座り、お肉を淡々と口へ頬張り始める───はずだったが、先程の早朝まであった食欲がなくなっていた。


───結果。食べ尽くしてしまいたい程の肉汁が乗ったステーキを半分以上食べることなく残して自室へ戻ってしまった。キッチンを出る際、ミラとソニアに優しさで杞憂されてしまった。ソニアには、


「大丈夫??後で胃薬とお菓子持ってくね、」


と心配され、ミラは


「イザベルどこか体調悪いの!?お腹痛かったり!!気持ち悪かったり!!頭悪かったり!!!」


と言ってきた。完全に最後のは余計である。心配してくれてるのは分かるけど、ミラは所々余計なとこがある。まあ、それも個性の1部だし。と机の椅子に手をかける。ご飯の際食事を軽く残すだけで心配されるのは、少しだけ心外だった。「いやあたしだって残すことあるし」と机に呟く。しかし疑問が残る。朝まで食欲は堪らなかった。五体満足で食欲もあった体が急に欲が皆無になってしまったのだ。ソニアにはお腹痛いのかと遠回しに言われたが、体は全く問題はなく、朝と同じく質実剛健だった。いくら思考を動かしても答えは見つからず、仕方が無いので、椅子に座り、勉強を始めた。普段は、食べる事と寝る事以外することが無いので、掃除か勉強をしている。とは言っても、勉強しているのは心理学、解剖学の勉強だ。別に興味がある訳では無い。あたしが産まれる前から部屋に備わっていた本を漁り、手に取って読み、興味がある物は深く調べる。それが日課だからだ。心理学だけではない。園芸や宗教、暇さえあれば、国の事や世界の事まで勉強する。正直言えば、とても退屈だった。食事は待っていれば出てくる。お風呂も広い。ベッドはふわふわ。それでも、退屈は凌げなかった。手で椅子を前に引き、本を開く。1時間ほど心理学の本を読み、もう30分で解剖学の本を読んだ。印象深かったのは、解剖学の脳みそのお話だった。少し……グロテスクだった。解剖学の本を少し抵抗を残しながら閉め、本棚に戻した。見なきゃ良かった……と後悔するも、調べた知識はそう簡単に消えず、脳に滞在する。


「ああああもう!!」


頭の中に残る情報を全て外に出すように大きな声を出した。よし!とベッドに飛び乗る。


「寝る!!おやすみ世界!!」


そう言って、部屋の電気を遠隔で暗くし、布団を肩まで被り、再び双眸を瞼で覆う。イザベルは、部屋に流れる静寂の空気を肺へ運びながら、何も考えないように"無"を考えながら眠った。


───起きると、夜の9時になっていた。


え。あれから10時間?普段の掃除や勉強への疲労が押し寄せてきたのだろうか。すっかり夜になってしまっていた。


「うぅ……頬っぺいったぁ……」


薄らいだ瞼を開き、部屋の壁にある時計を眺めていると、頬に疼痛が走った。いつの間にかベッドから落ちてしまっていのだ。痛みに耐えながらも部屋の電気のリモコンを手探りで探し、 拾い上げた。とりあえず、と電気をつける。…眩しい。反射で瞳孔が萎縮する。自分でつけた電気の白色の光と倦怠感が交差する。暫く目をつぶったまま仰向けで天井を見る。動きたくない。でもお風呂入りたい。このまま眠っていたい気持ちと暖かい湯気に包まれたい気持ちが信号のように往復する。入るか〜……と決心したように起き上がり、タンスから下着やパジャマを取り出す。下着は白色と桃色が混ざったような色で、少し子供っぽさを感じた。……子供じゃないもん…。そう自分に言い聞かせ、タンスを勢いよく閉める。いつも通り部屋の扉を開け、寒気が劈く夜の廊下と階段を駆ける。大浴場は、キッチンと食堂の間にあり、大きな教会とはいえ、方向音痴なあたしでも迷わずに生活できるのが何よりも楽な所だ。鼻歌を歌いながら気楽そうに脱衣所の扉を開閉し、着ていた普段着を1着ずつ脱いでいく。藍色のスカートを脱ぎ、下着を脱ぐ。すると、鼻歌とは別の、美しい美声が聞こえてきた。


──わたしぃだーけーー〜!!!


あ。ソニアだ。そう確信して大浴場の扉を叩くようにして開ける。


───バン!!!


「ソっニア〜!!」

「えっイザベル!?!?」


そこには、象が入りそうな程大きな浴槽に浸かっているソニアがいた。ソニアは、こちらに気づき驚いたように声を上げた。


「歌上手だね!!!」

「も、もしかして聞いてたの!?」

「うん!!すっごく綺麗だった!」

「……は…は……恥ずかしい…」


ソニアは手で顔を大きく覆い、頬を赤らめて顔の半分をお湯に沈めた。


「あれ??ミラはいないの??」


いつもなら一緒にお風呂に入ってわちゃわちゃしてるのに。そう頭に疑問符を浮かべる。


「?ミラはイザベルを起こしに行く!って言ってたからてっきりあなたと一緒にいると思ってたけど……」


ソニアは顔を両手で押えながら振り向き、浴槽を背景にイザベルを見た。

「え。あたし誰にも起こされてないよ?先寝ちゃったのかな??全く……寝坊助さんとはいけませんなぁ…」

「いやイザベルもでしょ〜?」


イザベルが言い放った事に、困り眉になりつつも笑顔を向けた。


「ほ〜ら。早く体洗ってらっしゃい。」


は〜い!と健やかな笑顔をソニアに向けると、速やかにシャワーを浴び始めた。最初冷水が出て反射的に驚いてしまったが、段々暖かくなって、湯気が体を覆い尽くす。真冬にストーブの前で体育座りしている感覚に酷似していたため、身体に心地良さを感じる。シャンプーのラベンダーの匂いと、ボディソープの石鹸の匂いを体に纏わせ、40度程のお湯で泡を流す。ある程度泡が流れたのを視認し、シャワーのハンドルを閉める。イザベルは立ち上がり、濡れた髪から水が滴り落ちる。


「ソニア〜っ!」


あたしは気分を高揚させ、ソニアの真横に飛び込んだ。水飛沫はソニアを飛び越え、浴槽から勢いよく弾けた。


「イ〜ザ〜ベ〜ル〜??」


気づいた頃にはソニアは立ち上がっていて、上から私を睨んでいた。はわわ……と怯えるように身を丸めた。


───ソニアに怒られた……。


下を向き猫背になりながら階段を上る。あの後こっぴどく叱られたのだ。調子に乗りすぎましたとソニアに頭を下げ、つい先程お許しが出たところだ。


「お花積んでから寝るから、イザベルは先戻ってて。」


ソニアはそうあたしに告げ、教会の奥へ消えていったのだ。はしゃぎ過ぎて疲れた〜……そう息をつき、階段を上がり終え、ふと前を見た。


───ミラは今どうしているのだろう。


その疑問は、足をソニアの部屋に向かせた。ミラとソニアは同部屋なので、よく愉快な話し声が聞こえる。しかし、そんな愉快で愉しげな雰囲気とは裏腹に、普段の真夜中となんのかわりもない月明かりのみの明かりに、静かで少し不気味な、戦慄な空気が漂っていた。イザベルはソニアの部屋に近づく。いなかったミラの居場所を確認するために。廊下の空気に耐えられず、扉を大きく、素早く開いた。イザベルが部屋を見渡す。


部屋には───


誰もいなかった。そう認識した瞬間。とてつもなく大きい金切り声が、この教会を覆い尽くした。

見て頂きありがとうございます。

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