占い師に呼び止められた
仕事を終えて会社から出る。またいつもの日常が終わった。
ヒールの音をコツコツと鳴らしながら、出来るだけ人通りのないところを歩く。大通りは嫌いなのだ。
出来れば人と接しないところに行きたい。
「もし、そこのかた……」
私は少し足を止めたが、すぐに進み出す。しかし、声をかけた男は私の前に回って行く手を阻んだのだ。
「な、なにか?」
「いえ、私はこのビルの四階で営業している占い師ですが、あなたの人相が気になりまして」
「人相? 私、急いでいるのですけど」
「いや、あなたは悩んでおられる。そして、誰かにそれを聞いてもらいたい。違いますか?」
私は驚きの表情を見せると、60歳を越えているであろう、その男はニコリと笑った。
「今日は店じまいをしたので、サービスです。どうぞ私の店においでください」
「いえ、ですが、しかし……」
「ふふ。私はこの通り年老いてますから、あなたのような若いお嬢さんに危害をくわえられるわけはありませんよ。ただあなたを救いたいだけです」
優しい声と言葉に、気が緩んでしまったのか、私は男に誘われるまま彼の店へと着いていった。
そこは、三畳ほどしかない場所で、小さなテーブルに二脚の椅子。テーブルの上には香炉や水晶玉などが置かれている。
男は私を入り口側に座らせ、自分は壁を背にして座る。
「ではあなたを視ます。この水晶玉で心の深部まで……」
「そんなことが本当に出きるのですか?」
「私は自分の力に自信を持っております。まあタダですし、気休めと思って下さって結構ですよ?」
「そ、それなら──」
占い師の男は、水晶玉に近づいたり、遠退いたり、目を細めたり、見開いたりと忙しく動いてから口を開く。
「あなたは最近はずっとお悩みのようです。その思いでずっと鬱々としております。どうです? 当たってますか?」
私は息を飲んで答える。
「当たってます……」
男は微笑んで続ける。
「それは非常に深い男性に対する欲求ですね」
「は、はい……」
「そして、その思いを抑えられなくなっている──」
「ええ、その通りです」
「その欲求とは……」
男は私の心を見ようと、さらに水晶玉に顔を近づけて、驚いて身を離したがもう遅かった。
私はハンドバッグから刃物を取り出して、その首へと突き刺したからだ。
「占い師のおじさん。本当に見えるのね。私の男性を殺したいという欲求を。だからなるべく人を避けていたのに。とんだお人好しだわ。自分から逃げ場のない人気のない場所に連れてくるなんて。でも仕方ないわよね。占い師のクセに自分の未来は分からなかったんだもの」
私は、痙攣がおさまってゆく占い師の男を見ながら呟いた。