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【_WAVE】

冬戦【_WAVE_5】認識票

作者: つかばアオ

 ・5

 

 

 先日、また被害があった。あの悍ましき『黒虎』が、戦闘地域で急に現れ、東のプレイヤーが数名やられてしまった。たまたま居合わせた西のプレイヤーがそのようすを見ていたようで、彼らが数名の認識票を持ち帰った。

 戦闘地域に行ってどのくらい待とうと帰ってこない人がこれまでにいる。それはネズミに殺されてしまったのか、黒虎に命を奪われてしまったのか、認識票があれば死亡理由もわかる。東は死亡理由も必要な情報であると考え、東の人間だけでもと集めていた。

 黒虎の出現。せめて、どこで積極的に活動しているのか、それぐらいは掴んでおきたかった。

 非戦闘地域『都市風守』で武器商人をしているケイカは、東のプレイヤーからある程度聞かされていた。そして、西のプレイヤーにも、そういった話を聞かされていた。もう非常に長く、時間が経ったにもかかわらず、いまだ黒虎には謎が多いようだった。

 ケイカは都市ミーモルに訪れていた。通りを優雅に歩く彼女は、これから約束の場所へと向かおうとしている。そこで彼女は一人の少女と出会う。

 その女の子はキャスケットのような淡い茶色の帽子を被っていた。片手にはその手より大きい本を持っている。

 少女は、男女二人の後ろを歩いていた。家族のように見える。路地へと進み、男と女が楽しそうに会話をしながら建物に入っていく。

 女の子は家の前で座り込むと、片手に持っていた本を開いた。

 ケイカはどうしても気になってしまう。

「家のなかで、読みませんの?」

 そこは明るい環境ではなかった。道幅は狭く、風は通り、太陽は建物に隠れている。

 少女は本から目を逸らす。「あなた、だれ?」

「誰と問われますと、そうですね、ケイカですわ」

 少女は名を知ると彼女に興味がなくなったようで、本を読みだす。

「あなたのお名前は?」

「ニコル」

「家のなかで、待ちませんの?」

「そこ、私の家じゃない」

「そうでしたか。それは、勘違いをしてしまいました」

 眼前にある建物へと屋根の方まで視線を向けるケイカに、ニコルは警戒心を持っている。「あやしい」と小声で呟いた。それは路地で静かに本を読んでいた彼女にとっては、相手がたとえ小綺麗な女の人であろうと不審者、変な人としか映らなかった。

「ただの通りすがり。これから大切な友人との約束がある、というだけの、通りすがりですわ」

 ニコルは聞こえているだろう。彼女は何も言わない。本に集中しているようだった。

 ケイカはすこし距離を縮める。「なにを読んでいますの?」

「亜人の話」ニコルは一瞥してそう言った。「亜人、ケイカ知ってる?」

「名前だけなら知っていますが、亜人……、亜人とはなんでしょう?」

「見てみる?」

 ケイカは、少女の隣に座る。そうして本の中身を見せてもらうが、ケイカにはいまいち理解ができない。

「これが、亜人、ですの?」

 本に描かれている絵は、どこか神話的であまりにも抽象的で人のように見えた。

 横に書かれている文字、ケイカはそちらを読もうとする。そこにヒントがあると考えた。

 ニコルは問う。「ケイカって、恋したことある?」

「ずいぶんと唐突ですのね」彼女は相手の顔を見た。「ええ、もちろん、ありますわ」

「ふうん。どうして?」

「どうして?」

 ケイカは困ったというように、座ったまま、その場で考える素振りを見せる。好奇心があるのだろうとはわかるが、彼女にはすっと気持ちよくは答えは出なかった。

「ううん」と彼女は言う。「ニコル、とても卑怯なことをしてしまいますが、あなたにもいずれわかる時が来るのではないでしょうか。それか、もしくはもう知っているのでは?」

「そう見える?」

「いいえ。わかりませんわ」

 ニコルは本に目をやる。なにもいわない。口を閉じて、つまらなそうな顔で、ぺらぺらとページを捲り、最後にぱたんと閉じた。

 沈黙したまま動かなかった。通りでは人が横切る姿がある。ちかくの建物などから声が届き、奥からは風が吹き抜ける。

「若くいられるのは、人生においてとても短い。愛を知りなさい」ケイカは言った。「わたしは、以前に働いていた場所が、今ではひどく懐かしく感じます。あの頃を思い出すと、とてもそそりますの」

「それって、今はどうなの?」

「わたしたちに明日があるのか、それは誰にもわかりませんわ」

 ニコルが本を開くと、ケイカは一枚の絵が目に留まる。

「これは?」

「これ? 黒虎。伝説の生き物」

 少女が見せた絵には、黒い虎がいた。先程の絵と比べて、印象は変わらない。虎のように見える、というもの。空を飛んでいるように見える。山を越えて。

「これが黒虎。わたしの知っている、『黒虎』とは違いますわね。名前が同じ、なだけなのでしょうか? 黒くて、脈動が、触手がどうとかって」

「触手?」

「なんでもありませんわ」

 それより、ケイカ、約束はいいの?

 それは短い間ではあったが、お別れだと思いケイカは先を急ぐことにした。予期していない素敵な時間だったとしても、約束に遅れるわけにはいかない。(だけれど)路地を離れたあと、彼女は一度立ち止まる。ニコルとは、次会えるとしたらいつになるか?

 大人、子供と、人通りの多い場所は賑やかなものだった。都市ミーモル。太陽は輝いている。彼女は空を仰ぐ。

 ケイカは気持ち急いだ。腕を振って走ることはしないにしても、待たせてしまっているのではないかと考えた。しかしながらそこで彼女はまたひとつ目に留まる。ほんの一瞬ではあったが、見過ごすことはなかった。あれは。

 ケイカが見たのは、西の『フロントライン』だった。風守西の代表が都市ミーモルにいる。彼女が、それもたった一人でいる。まわりに護衛がいるようには見えない。

 ケイカは見間違いとは思わなかった。そして、「こんな場所へどんな用が」と考えようとして、そくざに思いとどまる。いけません。

 少女のような好奇心はあれど約束を優先して、どうにか噴水のある広場に到着すると、ケイカは相手のほうがいくぶん遅れてきたことにちょっとだけ安堵する。(時間、場所を間違えたかとも思った)

 ケイカのいう、遅れてはいけない相手とは、アクアとのののである。

「アクア、ののの、ほんとうにここでよかったのですか? ミーモルにある、どこか静かなお店でも」

「いいの。ここで」アクアは小さく息を吐いてからそう言った。「こっちのほうが、話しやすい。のののも、こういう場所のほうが落ち着くと思うし」

「ののの、おめかしして、とても素敵ですわ」

「うん」

「頑張ったんだから」アクアは隣を見ながら腕を組んだ。「お風呂に入れて、着替えを用意して。べつに嫌いとかではないなら、自分でどうにかしてほしいものだけど」

「いつもありがとう、アクア」

「どういたしまして」

 こうして揃うのはいつ以来だろう。ケイカはふたたびあの頃を少しだけ思い出した。二人とは風守で会うことはあっても、どういうわけか「今は」、一番濃くて懐かしく感じる。

 噴水に座る。会話は弾んだ。そのなかで聞いていた話がどうなっているのか、ケイカは問いかける。

「アクア、女の子二人を預かっている、と聞きましたけど、大変ではありませんの?」

「とくに問題はないかなあ。中澤ちかと藤原さやかのことでしょ? 手間はかからないし」

「そうですか? なにかあれば、わたしも、手伝えることがあればと考えていましたのに」

「いまのところは大丈夫。我儘を言ったりもしないしね」

「元気だった」のののが言った。「でも、いつ戻れるんだろうと心配してた。大人でも言ってる。不安になるのは当然」

「まあだから、眠れないとか言い出したら、気を付けてやらないといけないかな。いまのところは、大丈夫って感じかな」

「そうですか」ケイカは小さい声で言う。

 のののは横で徐に彼女を眺める。「いま、そういう人増えてる?」

「一時期よりは減った」

「そうなんだ」

「のののの方は、どんな感じですの?」

「ケイカのおかげで、なんとか。破損してたり、なかなか部品のない娘は大変だった。できるだけ要望には答えてる」

「力になれているようで、安心しましたわ」

 ケイカは俯いて水の音に耳を傾けていると、アクアがそれを見て口を開く。

「ケイカはどうなの? 命狙われてたらしいけど」

「みふゆたちのおかげで、無事戦場から生還しましたわ」

「亡霊と呼ばれた狙撃手。ネズミだった」のののが言う。

「そうですの。バンシード。その男は、プレイヤーではないかと言われていましたが、認識票で『ネズミ』とわかりましたの。みふゆは始めから、そう睨んでいたようですけど」

 のののは続けて問う。「ネズミが、ケイカを狙った理由は?」

「わかりませんわ。仕事だと、そう言っていたようです」

「プレイヤーではない、プレイヤーと同じ名前だった」アクアは独り言のように言った。「なあんて、偶然にしてはよくできてるね。聞く限りそいつにやられた人の認識票には、どれも『ネズミ』の文字が無かったんでしょ? 普通なら書いてるはずなのに。刻まれてなくて、プレイヤーのバンシードも狙撃手だったみたいでさ」

「そのバンシードという方は、狙撃が得意だったようですね。だから、東では、死んだ人間が生き返った、だから亡霊という話があったとか」

「なんていうか、紛らわしい」

「しかし、調べていくと、プレイヤーのかたとネズミでは、違いは(・・・)あったようです」

「どんな?」のののが言った。「銃?」

「顔もそうですが、プレイヤーであるバンシードというかたは、ネズミほどの腕はなかったと」

「距離のこと?」アクアが言った。

「はい。あそこまでの長距離狙撃は、プレイヤーである彼からは聞いたことがないと、彼のことを知っている人が言っていましたわ。もし成功しているなら、嬉しそうにどこかで誰かに口にしているはずだと。弾に関しては、頻度は多くないにしても使っていたらしいですが」

 三人とも黙ってしまう。このとき彼らは言わずとも同じ考えを持っていた。

 のののは穏やかな口調を続ける。「一番の問題は、なぜ、認識票に相手の名前、『ネズミ』という文字が書かれなかったのか、になる。そこが問題」

「どうして……」

「どうして、なのでしょう?」

「過去に、似たことってあった?」

「調べてみる価値はあるとは思いますけど」

「今後もある?」

 のののが可能性を示唆していると、広場に難しい顔つきをした女性がやってくる。やはりそうだった。護衛がいる様子はまったくない、フロントラインが一人で歩いていた。

「あら、やはりフロントラインでしたか」ケイカは彼女を見てそう言う。

 お互い顔は知っていた。西にとっても彼女たちの存在は大きいものだった。あんなNPCいなかったよな。

 フロントラインとの対話はこれが初めてではない。たとえば、ガンスリンガーの話にはなるが、「彼女は何かスポーツでもやっていたのか」という質問に、ケイカが「剣道をやっていたと聞いたことがあります」と答えている。

「なんだろうね、やけに怖い顔してるね」アクアが率直に言う。

「そうかな?」言われて、フロントラインは表情を変えた。「なかなか、思うようにはいかないから、かな」

「前にも言ったけど、もう少し力を抜いてみたらどう? 視野が広がるかもよ」

「いろいろと試しては見たが、難しい。色々と、やってみたんだけどね。みんなを、この世界で死なせるわけにはいかない。まだ決まっちゃいないとしても。私の好きなもので」

 のののは服装を見ていた。「唯一無二では負けたね」

「あの時の助言は助かる。ガンスリンガーとのあれは、とてもよかった。誤解を与えてしまったかもしれないが、このままガンスリンガーには言わないでもらうと助かる」

「騒動の前から誤解されっぱなしだと思うけど」

 アクアは呟いて、噴水のある広場から通りへと目を向ける。数人の子供が走っていた。

「すこし、三人に聞きたいことがある。ボスネズミについて」

 突然のように思えるフロントラインの発言は、分散していた彼女らをたちまち注目させた。

「『イエスマン』や『ガルバル』について、何か知らないかな?」

「イエスマンは、あの地下区画のボスネズミ、ですのよね。それは、みふゆに聞いたほうがよさそうですが」

「ガンスリンガーは騒動後のことはそこまで詳しくはない。だから、他のプレイヤーから、何か聞いていたりしないかと思って」

「ガルバル」のののが言った。「ガルバルなら、ツガクがよく調べてる」

「ツガクが?」

「そういえば、そうでしたわね。前に、あの薬中野郎はオレが最初に殺す、そう言っていましたわ。セルブで、ガンスリンガーにも相談、なにやら尋ねていましたし」

「それって薬の効果時間じゃない? まあでも、廃都に行ったプレイヤーに、ガンスリンガーも言っていたけど、薬の効果時間が以前よりも当てにならないらしいけど。やつの、取り巻きに関しても」

 

 

 戦闘地域『廃都』の西を主に行動しているボスネズミ『ガルバル』。

 一部では、「ガルー」と愛称で呼ばれる。

 ガルバルはその特徴として、自分で薬物を使用するボスネズミの代表である。戦いながら、合間を見計らって己を強化し、そして治療もする。彼の主要武器は常に同じではなく、ヘルメットや身につけているボディアーマーにおいても同じではない。彼について必ずと言っていいものは、薬物。それだけである。

 その戦い方からは、苦手だと感じる人がある程度いた。薬――刺激薬を使用するプレイヤーもいるので、薬物を使った戦い方が問題なのではない。もちろんまったく関係ないわけではない、一つ付け加えるなら、ガルバルの打つ薬は特別だった。

 厄介なのが、彼の取り巻きもためらいなく刺激薬を使用している。それが苦手と感じる人がいる理由である。

 ボスネズミ全般にも言える。ボスネズミ『ガルバル』は始めたばかりのプレイヤーにとってはその戦い方に生きる知恵を与える敵もである。

 昔からいる。例をあげると『WAVE』で古参と言えようツガクでも、これまでにガルバルと戦った回数はもう「数えられないほど」になる。いままで彼は、勝つこともあれば、撃ち負けてしまうこともあった。一人だろうと、仲間といようと、廃都で接触するまで気付かないことも何度もあった。

 

 キドニ、変わったことは? 廃都西で、ツガクはキドニと東の仲間、あわせて三人で行動している。この日の目的は、一言で表すと探索である。彼らは廃都の西で「変化」を探していた。

 彼ら以外に、もう一組いる。『ガンスリンガー』がいる。彼女とみさや、東の仲間を加えて三人。

 つまり今回は、総数六名で、戦闘地域『廃都』へとみさやたちは任務のために訪れている。

「変化」というのは、騒動前と比べて「どうなのか」ということ。いまだに廃都の西は騒動が起きてから、訪れるプレイヤーが少なかった。

 死ぬわけにはいかない。みんなが危険を避けて行動している。

 出発前に、六人で話し合ったときもそうだった。特に、『ガルバル』についてだ。

 これまでに廃都西に行ったプレイヤーからは情報をもらっている。ガルバル討伐の報告はまだない。接敵して、逃げた。戦った。死んだ。(遠くから)目撃した。

 必ず戦闘地域を歩いているわけではない。もしガルバルと遭遇しても、戦闘を避けて、退避する。それがその場でみんなで話し合って決めた結論である。六人の中では、とくにガンスリンガーはそれを望んだ。

 彼女は気にしていた。次は廃都の西に行く、という話を聞いてから。

 ツガクの思いは知っている。相談にものった。ガルバルをその手で倒したい。だから、彼はたくさんの人に聞いてきた。でも、今はその時ではない。

「変わりはないな。あるとしたら、強化ネズミが減ったように見える」

 建物内で外を眺めるガンスリンガーはそう言う。みさやはそれを聞いて瓦礫の上を跨いだ。

「西って、いま、そこそこいい装備でないと危ないのか? たっかい装備とか。冬のイベントより前って、西はたしかそんな印象無かったような気がするけど。薬物系ボスのせいか?」

「ま、そうだろう」と仲間が言う。

 うん、とガンスリンガーは相槌を打った。「みんな、ガルバルを避けてる。使ってる装備が欲しいとかでもないと」

「他の人が言っていたが、勝てない相手ではないんだろ?」

「無傷は難しいぞ」彼も、いやというほどよく知っていた。「クラス二のボディアーマーがズタボロにされる。やるとしても、力で押すか」

「もしくは、不利な長期戦になる」

 ガンスリンガーは移動した後もその会話を続けた。三人は広場に出る。

「前は、長期戦になりがちだった。今は正直なところどうなっているのかわからない」

「他のボスみたいに、ガルバルも強くなってるってことか」

「……わたしが確認したわけではない。はじめに説明もしたように、騒動からはやつが使ってる薬物が違うという話がある。私も話を聞いて、薬の効果時間が変わってるのは確かめた。間隔が短くなってる。ボスが何を使っているのか、そこまではわからなかった。それが」

「気配が無いと思っても、あっちが待ち伏せをしている時もあるんだよな。それもあって、みんなあまり西には寄り付かなくなってる」

 二人のおかげでみさやは大まかだった認識を新たにしていく。ボスネズミがネズミより強いのは知っている。それでも、以前より異状なくらい、プレイヤーが避けている理由がはっきりと理解できた気がした。死にたくないのはわかるとして。

 強いとは言われなかったはずだ。弱いとは言わなかったはずだ。

 ツガクは、そいつを倒すために情報を集めている。

「で、そろそろどうにかしようという話が、『風守』東にはあってだ。調べてこいと、俺たちが、選ばれたわけである。聞いた時のキドニの顔。ホント笑えるぞ」

 ベテランの彼は余裕そうに笑っている。陽気さ、敵がいないことを知っているのだろう。

 このあたりのネズミは倒してきた。目的を、邪魔されるわけにはいかない。時間が経てば、彼らは復活するだろうが。

 しかし、ここで安全だと考えていた彼らに思わぬことが起きる。

 予兆なく、付近で爆音が響いた。そしてそれは、『一回』では鳴り止まず。とまりそうになく。

「おっと?」

「この音、まさか」

 みさやにも聞き覚えがあった。すぐに状況を判断した。自動擲弾(てきだん)じゅう

 グレネードだ。攻撃は途切れそうにない。次第に近付いてくる。

「走れ」

 ガンスリンガーの声を聞いて、三人は同じ方向へと行動する。身を守るため、近くの建物に急いだ。

 彼らが建物内に逃げ込んでも、その強力な攻撃は続いた。鳴り響く爆音、建物は揺れ、ガラスも次々と割れている。衝撃により様々なものが崩れていく様子がよくわかる。

 物音が消えるくらい、終わるまで、三人は黙っていた。

「終わったか?」彼はそっとそう言った。

 みさやは息を吐く。「なんだ? プレイヤーか?」

「ここだと、あの設置されてるグレランだろ? 誰だよ、あっぶねえな」

 ガンスリンガーは外へと視線を向けている。「どうだろう。狙っているというよりは、でたらめに撃っているように見えた。ネズミだとしても違和感がある」

「ネズミは、一掃したしな。弾は撃ち切った感じだったな」

「ああ、撃ち切った」彼女は時間を確認している。

 みさやは俯いた。「あの音、かなりひさしぶりに聞いた気がする。嫌な汗かいた」

「オレ、あれで死んだことあるぞ」

 上の方からなにか崩れる音が聞こえ、三人は同時に天井を意識する。この建物が崩壊するとは考えられないが、その凄まじさに相応しい影響はあったようだった。

 外の状況は変わっているだろう。朽ちていた廃都が、さらにその緑を減らしているかもしれない。破片は散らばり、瓦礫は転がり、足元は悪くなっている。

 ガンスリンガーは考えていた。

「今の攻撃で、周辺の建物は崩れ、脆くもなり、通れなくなった箇所もできただろう。安全性を考えて、一時撤退した方がいい」

「ツガクたちは平気かな?」みさやは彼女の顔を見る。

 ガンスリンガーは何も言わなかった。

「最初の音で、あっちもさすがに気付いたんじゃないか。でたらめ撃ちなら、なんとかなる。それより、帰りに、撃ったそいつと出くわすかもな」

「慎重に。合流しよう」とガンスリンガーは言った。

 

 同じ廃都の西にツガクたちはいる。連絡を取れば、すぐにそれぞれの居場所がわかり、その後といえば六名で行動ができる。回収地点を別々で目指すのもいいだろう。だが現状を考えると、合流して共に行動する、その方法が正しいように思えた。

 ガンスリンガーはツガクと連絡を取ろうとした。しかし通信に答えたのはキドニだった。

「ガンスリンガーか。救援を頼む」

 キドニは走っているのか? 声が安定していなかった。

 彼は落ち着いて、淡々と状況を説明していく。ボスネズミ『ガルバル』と接敵。よって退避をしている。ツガクが殿しんがりをつとめ、負傷した一人と行動している。

「右腕と右足をやられた」

 生きてはいるようだ。

 ガンスリンガーは彼らの居場所を聞くと、彼女はみさやを含めてその場に駆け付けようとする。

「ガルバル、いたんだな」

 みさやはまわりを警戒しつつ呟いた。

「たぶん、爆音を聞いて、動き出した。そこでツガクたちとかちあってしまった」

「キドニを見つけて、その後はどうする?」

「私とみさやでツガクを見つける」

 ガンスリンガーは移動中に彼と連絡を取ろうとしていた。呼びかけている。反応はない。

 そうして、ネズミがいないかを注意し(途中、べつの建物の一部が崩壊した)、聞いていた辺りの場所でキドニたちを先に見つけると、事前に話していたとおり彼女は立ち止まることなく走り抜ける。

 キドニには目立った負傷はないように見えた。「地下、崩れてるぞ」と彼は言った。

 近付けば近づくほどそうだった。銃声が聞こえる。あと手榴弾だろう。続けて大きい音が二回した。耳にしながら、みさやは彼女の後ろを追うように向かう。

 やっと、彼と連絡が取れる。

「ツガク聞こえるか。時間を稼げ。みさやと駆け付ける」

「雑魚は二匹やった。でも逃げんのは無理だな」

「ツガク」

「キドニたちは大丈夫か」

「――ああ。問題ない」

 そこで通信は途切れる。

 ガンスリンガーには焦りの色が窺えた。

 

 壁が崩れている。銃声のおかげで彼の居場所は大まかに理解している。道は塞がれているが、それでも近付いているのは確かだった。

 前を走っていたガンスリンガーが発砲する。敵がいたようだ。

「静かだ」

 彼女は立ち止まって呟く。その横で、みさやは倒れているネズミを観察した。

「これ、取り巻きじゃないな。ただのネズミだ」

「音を聞いて集まってきたんだろう。しかし、もうこの感じだと」

「ツガクとは、繋がらないのか」

 いいえとガンスリンガーは首を振る。誤射を避けるためにも、声を聴きたいものだが。

 みさやはこのとき嫌な予感しかしなかった。どうしても楽観視はできなかった。

「この先は、特に注意して進むぞ」

 それからは、言葉数の減ったガンスリンガーと共に、みさやは奥へと進んでいく。激しかった銃声はこの辺りで聞こえていたはずであり、取り巻きでもないネズミがいたことからもわかるとおり、もう目の前のはずだった。

 さきほど崩れたのだとわかる空間。みさやでもそのくらいはわかる。この近くにいるとわかっていても、さきに向かうのが困難となっている。

 二人はどうにか、ようやくその場所へと辿り着くことができる。ツガクがいた。

 彼は倒れていた。

 ガンスリンガーは警戒を解かない。彼を見ても、駆けよらないで、物陰を気にした。

 彼がいるということは、敵がいる可能性がある。

 足音はしなかった。安全だと判断したのだろう。彼女が銃を降ろす。付近に、敵はいないようだった。みさやはもういいだろうと彼の元へと歩んでいく。

 起きるようすはない。

 この場の状況から見て、ツガクは逃げては粘って敵を食い止めた。

 死体は彼だけではなかった。

 ガンスリンガーはそのなかの一人へと近付いていく。

 彼女はある男から認識票を手にした。

 彼女は握りしめながら言った。

「ああ、ツガク。やつは、お前が倒した。間違いなく」

 そこには勇敢に戦い続けた彼の名前が刻まれている。



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