噂駆け巡る誕生会②
「もちろん。父にも許しは得ているから安心して」
「ありがとうございます。私が事前に確認しておくべき事項でしたのに、申し訳ありませんでした」
「気にしないで。ララが忙しくしていたことは誰よりもよく知っているから。今日も無理はしないこと、いい?」
「ふふっ。はい、心得ておりますわ」
セレン様はよろしい、と言わんばかりに私の銀髪を一房手に取って、それにキスを落とした。あまりに自然で流れるような所作だったので、恥ずかしいのでやめてください、と抗議する隙もなかった。立ち去って人混みの中へと消えていったセレン様を見ながら、侯爵邸に帰ったら文句を言おうと心に決める。
「「「……」」」
振り返って令嬢たちとの会話を再開しようとしたのだが、どうも様子がおかしい。狐につままれたかのような顔をしている。
「皆様、どうかなさいましたか?」
「あ、いえ…すみません。その…カートレッタ様とはいつもあのような感じなのですか?」
「以前から、ロザリンド様に対して格別の寵愛を与えておられるとお聞きしておりましたが、まさかあれほどまでとは」
ご令嬢がたは聞き取れるかギリギリくらいの声量で口々につぶやくので、私は苦笑いしておくほかない。今日は目撃者が多いので、すぐに社交界に広まるのだろう。もう話題にならない、というのは諦めた。
確かに、セレン様が公衆の面前であのようなことをなさるのは初めてかもしれない。今までは意識して婚約者としての適切な距離を取っていた、ということなのだろうか。
「実は、皆様にお話ししておかなければならないことがございますの」
私の改まった言葉に、輪はしんと静まり返った。なんとなく自分の口から報告するのは気恥ずかしいので、1回で済むようにいつもより少し声を張って言った。
「皆様にはまだご報告しておりませんでしたが、この度、セレン・カートレッタ侯爵子息様と結婚いたしました」
「「「…え、えぇぇぇぇっ!?」」」
令嬢らしからぬ、大きな声をあげた皆様。しまった、と扇で口元を隠してももう遅い。既に、会場中の注目を集めた後である。
「お話しするのが遅れてしまいましたが、今後はクララベル・カートレッタとしてどうぞよろしくお願い致しますわ」
私の言葉に、輪の皆様は目をぱちくりとした。
「いつご結婚なさったのですか!?」
「先日の私の誕生日に入籍いたしましたわ」
「結婚式はなさらないのですか?」
「私とカートレッタ様の周辺が落ち着いてから執り行うことになっておりますわ」
「夫人はカートレッタ様のどこが1番お好きなのですか?」
「え、ぇと、そうですね…ありのままの私を尊重してくださるところ、でしょうか…」
私への質問攻撃は止まらない。矢継ぎ早に投げかけられる質問にひとつずつ答えていく。
「素敵ですわ…憧れます」
「私もそんなふうに素晴らしい関係を築きたいですわ」
いつ、どんな世界でも、素敵な恋を夢見る女の子はキラキラと輝いているように見えるのだ。
ようやく私が落ち着いて休憩できたのは、開会から2時間が経った頃だった。カロリーナ様とグレシャム様、ジニア様、メイフェル、ルアーラ様が集まっているテーブルを訪ねて、腰を下ろした。
「大変でしたね、大丈夫でしたか?」
「はい、なんとか…」
生まれた時から第1王女として生きてこられたカロリーナ様や、社交好きで慣れているジニア様ならこの程度、造作のないことだったのかもしれない。元々人と話すのが苦手な私には、まだ難しい。
「カートレッタ様もお忙しそうですね」
ジニア様の言葉で会場内に視線を走らせると、ひと世代上の方達と談笑するセレン様が視界に入った。あっさりと騎士団への入団を決め、次期侯爵としての地位を固めつつある彼は、お義父様が現役でご活躍なさっているうちに他の貴族と顔をつないでおくつもりのようだ。私も、早く顔と名前が一致する方を増やして、セレン様のお役に立てるようにならねば。
「セレン様は、私に無理をしないように言う割に、ご自分のことは顧みないんですよね…」
「奥様のことが心配になる気持ちは僕たちにもよくわかりますけど」
ルアーラ様の言葉に皆さんもうんうんと頷き、ルアーラ様は昔からそうですから、と苦笑いをした。
「そろそろ高等部も卒業式ですか?」
「はい、あとひと月ほどですね」
卒業論文もほぼ書き上がり、あとは先生のチェックと発表会待ちである。ここまで順調に来ているので卒業できない、ということはないが、やはり終わってみるまで安心はできない。前世の大学生もこんな気持ちだったのだろうか。私は中学生だったし、知り合いもいなかったので本当のところはわからないが。
「卒業したらすぐに試用期間に突入ですか…お忙しいですね」
「行政部は花形な分、回ってくる仕事量が正気の沙汰じゃないし、何より厳しいそうですね」
試用期間が終わったら新人だろうが関係なく仕事を割り振られるから、早いうちに聞きたいことは聞いておいた方がいいですよ、とグレシャム様が遠い目をしながら言った。行政部ではないものの、王宮文官として働いている彼が言うと現実味があり背筋がヒヤッとする。今一度、覚悟を決め直さねば。




