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【完結】ネガティブ令嬢、今世こそ自分を愛します!  作者: らしか
第3章

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ささやかな誕生日会

晩餐会を終えて私室に戻った私はドレスを脱ぎ、湯浴みをする。侯爵邸に来てから新しく私付きになってくれた侍女たちはお手伝いします、と言ってくれたが、元日本人である私としては自分の体を他の人に洗われると言うのはなんとなく気恥ずかしいのでやんわりとお断りしておく。

香油入りの浴槽に浸かったら、今日1日の出来事が頭に浮かんできた。セレン様の妻になって、一緒にタルトタタンを焼いて、温室で贈り物をいただいて、新しい家族と晩餐を共にした今日は、嬉しい、という感情に溢れた1日だった。



「ララ様、長湯ですが大丈夫ですか?」

「ごめんなさい、つい」

ヴェラの声にはっとして湯から上がった時にはすでに夜の9時を越えていた。




「若旦那様はお部屋でお待ちです」

そう侍女に言われて向かったセレン様のお部屋は、全体的に暗く落ち着いた色合いでまとめられていた。

中央にあるローテーブルとソファのセットの近くには、タルトタタンと数種類のお酒、グラスやナイフ、フォークなど。ささやかな、2人だけの誕生会が始まる。


「改めて、誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。今年もセレンに祝ってもらえて幸せですわ」

この世界に来てから9年。毎年欠かすことなくこの会を開いてくださるセレン様には感謝してもしきれない。他のいつよりも、私が転生を選んで良かったと思う瞬間だから。


そして、毎年恒例のイベントが行われる。

一口大に切ってフォークを刺し、私の口元まで運ばれる。もう9回目、それでも慣れるものではない。

「はい、どうぞ」

「いただき、ます…」


ここには私とセレン様しかいないからいいものの、誰かに見られでもしていたらいたたまれなくて引きこもりになる自信がある。

リンゴのフィリングは甘く仕上がっているが、酸味があるためくどくはない。毎年間違いなく美味しいセレン様作の誕生日ケーキだが、今年は一緒に作ったというのも相まって、より特別で美味しいと感じる。

「とっても美味しいです!」

「良かった。さっき味見をして大丈夫なのはわかっていたんだけれど、やっぱり本人に喜んでもらえるかが1番気になるところだから」


セレン様のスイーツ作りはもはやプロの領域で、お忙しいのにいつ練習をしているのだろうかと常々疑問に思っている。

「毎年セレンのスイーツで祝ってもらえるなんて、私はこの上なく贅沢者ですね」

「これくらいで喜んでもらえるのなら簡単なことだよ。ララの笑顔に比べれば、ね」


2人で目を見合わせてふふっと溢れた笑みが部屋に拡散して消えてゆく。



せっかく飲めるようになったから、と注がれた果実酒を口に含み、鼻に抜ける香りを楽しんだ。

「初めてのお酒はどう?」

「なんだか、ジュースのようでいくらでも飲めてしまいそうですわ」

「あまりたくさん飲んだらだめだからね?」


今日は僕しかいないからいいけど、と言ったセレン様は、自分のグラスにラム酒を注いで飲んだ。果実酒に比べるとかなり度数が高いらしいが、とても良い香りがするので自分も飲んでみたくなる。


「セレン、私にも一口ください」

「大丈夫?初心者向けではないよ?」

「大丈夫です。一口だけですから」

仕方がないなぁという顔をしたセレン様は本当に一口だけだよ?と念を押してからグラスを手渡してくれた。

グラスに口をつけて傾けるとクセになりそうな香りに包まれて、飲み込んでもなお鼻からその香りが抜けていく。果実酒はジュースのようで飲みやすかったが、ラム酒にはまた別の良さがある。


「私、ラム酒が好きかもしれません」

「だからって飲み過ぎはだーめ」

もう一口いこうとした手を掴んで取り上げられてしまった。セレン様は私よりも私の体調を気にするので仕方がない。今日のところは諦めよう。



残っているタルトタタンを食べながら、夜は更ける。


満月の今日は、部屋の灯りよりも窓から差し込む月明かりの方が明るい。私はいいことを思い出して、セレン様の手を引いて窓辺まで行った。


「日本には『月が綺麗ですね』という言葉があるんですよ」

「へぇ、『桜咲く』みたいに特別な意味があるの?」

私はよくお分かりで、と笑って続けた。


「あなたが好き、愛していますという意味なんです。…セレン、月が綺麗ですね」

私の言葉に、セレン様は一瞬目を見開いてからうーんと考えて、ニコッと笑う。


「僕も、って言うにはどうすればいい?」

「『死んでもいいわ』だった気がします。あ、でも本当に死んだらだめですからね?」

「ははっ、ララを残して死んだりしないよ。そうだな…月よりもずっと、ララの方が綺麗」

私はありがとうございます、と笑って、セレン様の黒髪に触れた。月をより美しく見せる夜空のようなその髪に。


「私、セレン様の黒髪が大好きなんです」

「貴族たちには悪魔のようだって言われているのに?」

悲しそうな、たくさん傷ついてきた人特有の顔をしたセレン様。そんなに辛そうな顔、もう2度とさせたくないから。


「私が住んでいた日本という国には、セレン様と同じような黒髪の人が多かったんです。私も、真っ黒な髪を持っていたんですよ」

この国では黒髪は私の銀髪と同じくらい珍しいので、セレン様も信じられない、という顔をしている。


「だから、お揃いのように感じるんです。前世の私とセレン様に繋がりがあるようで嬉しくないですか?」

「…嬉しい、そう言ってもらえたことも」


今日という特別な1日は、セレン様の笑顔とラム酒味のキスの記憶で幕を閉じた。

セレンという名前は原子番号34の元素に由来しています。また、元素のセレンはギリシャ語で月を意味するseleneから名付けられました。

いつかこれにちなんだお話が書きたいと思っていたので、ようやく書けて嬉しいです!

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