タルトタタン
1月26日。私は今日、16歳の誕生日を迎えた。前世との決別を誓い、セレン様に全てを打ち明けたあの日からちょうど1年が経ったということ。
あらかじめ記入しておいた婚姻届は使者によって無事に教会へ納められたという。これで、私はクララベル・ロザリンドからクララベル・カートレッタ、カートレッタ侯爵子息夫人になった。
前世では恋人どころか友達すらいなかったので、こうして誰かの妻になるという感覚は不思議で、現実となった今でも実感がない。
今年も、私の誕生日を祝ってくれる人たちはたくさんいるが、今年は成人を迎えたということで特に多い。その中でもやはり、普段から親しい人からのお祝いは嬉しいものなのだ。両親からは大粒のアメジストを贅沢に一粒ネックレスにしたものを、シェルファからは両親からもらったネックレスとペアになるデザインのブレスレットを、使用人たちからは私が好きなメニューだけで構成された最高の朝食を。他にも、アドベイラを始めとしたSクラスの3人、お祖父様、国王夫妻、カートレッタ侯爵夫妻、ジニア様、メイフェル、ルアーラ様、カロリーナ様とグレシャム様。挙げ出したらキリがないほどの方々からの贈り物。そしてもちろん、セレン様との約束も果たされる。
今日からはカートレッタ侯爵子息夫人としての生活が始まるため、住まいを侯爵邸に移すことになっている。元々は今日までは伯爵邸で過ごす予定だったのだが、セレン様との誕生会を侯爵邸で行う関係で変更となった。
迎えの馬車には少し待ってもらい、家族との別れを惜しむ。侯爵家と我が家はそこまで離れているわけではないので、会いたいと思ったらすぐに会える距離なのだが。
「それでは、行ってまいります」
「あぁ、行ってらっしゃい」
「たまには帰ってきてちょうだいね」
「またすぐに会いにいくね」
馬車に乗り込み窓を開けた私は、遠ざかっていく伯爵邸と家族が見えなくなるまで手を振り続けた。
「ようこそ、ララ。迎えに行けなくてごめんね」
「いえ、お忙しいのは重々承知しておりますから。お気持ちだけで嬉しいですわ」
セレン様は私よりも遥かに忙しい日々を送っていて、今日は半日を私と過ごすために仕事を前倒しして頑張ってくださったのだ。
出迎えに集まってくれた使用人たちに改めて挨拶をして、セレン様のエスコートで私室を案内された。
落ち着いたテイストの調度品が揃えられたその空間は、まさに私好み。メインルームにバスルームとドレスルームが付いている立派な私室には、もうひとつ扉がある。これはベッドルームにつながっており、さらにセレン様の私室にまでつながっている。
私室をぐるっと見学した私は、その後すぐ調理場に足を踏み入れていた。
しかし、準備が必要だと言っていた割には調理台の上に材料が揃えられているわけでもなく、調理人たちが晩餐の下準備をしているのだ。状況を理解できず、頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにした私はそのまま疑問をぶつけることにした。
「セレン様、ケーキを作るのではなかったのですか?」
「うん、そうだよ。準備はこの扉の奥にしてあるんだ。さぁ、開けてみて」
調理場にある、見覚えのない扉に手をかけて、促されるままに押し開いた。その瞬間、全てを理解した私はセレン様を振り返り、驚きと喜びを露わにする。
「ララと僕専用の調理場だよ。これからここで暮らすようになるんだから、必要でしょう?」
「はい、はいっ!ありがとうございます…!」
学校の教室ほどの広さのそこには、調理用の設備がひと通り揃っている。調理台は2人並ぶくらいなら余裕で、中央の作業台には20枚ほどまな板を並べられそうだ。あちこちについている収納の取手を引くとそこには、包丁、鍋をはじめとする調理器具、色彩と意匠が美しい食器類などなど、眺めるだけでどんどん時間が流れていきそうなほどに充実のラインナップ。
貴族が料理をするなんて、と言われるこの国で、こんなサプライズをしてくれる人がどれほどいるだろうか。いや、きっと世界でセレン様ただ1人だ。
目を輝かせてあちこちを見て回って感動をひとしきり伝えた後、予定していた通りにケーキ作りを始める。
小麦粉やバターを混ぜて生地を作り、その間にリンゴをカットして砂糖やバターと一緒に煮ておく。型にリンゴを入れてから薄く伸ばした生地を被せてオーブンで焼く。簡単なようで意外と難しい、タルトタタン。セレン様が焼いてくださるアップルパイが大好きな私のために選んでくださったメニューだ。
完成が近づいてくると、窯から甘い匂いが漂ってくる。調理台のそばに並べておいた休憩用の椅子に座ってその香りを堪能するのが、何よりの楽しみだったりするのだ。
窯から取り出した瞬間、調理場は幸せで満たされた。しばらく冷ましてから型を外すと、初めて作ったとは思えないほど綺麗に焼き上がっているのがわかった。
切り分けてお皿に盛り付け、取り皿とカトラリーを揃えてワゴンに乗せて置いておく。これは晩餐の後、セレン様と一緒に過ごすささやかな誕生会までお預け。




