お祝い②
この国の冬は雪が降るわけでもなく、気温が低くても日差しが眩しく感じる日もあるくらいだ。数センチの雪が積もるだけで学校が休みになるような都市で生まれ育った前世の私からすれば、慣れた気候とも言う。今日もそんな、暖かい冬の1日。
グレシャム公爵邸のとある1室。由緒正しい公爵家らしい、アンティーク調の家具や調度品が並んでいる。本日の主催者である王女殿下は、1番最後に入室した私に、どうぞ、と椅子をすすめてくださった。
「お久しゅうございます」
「本当に久しぶりね。私たちの結婚式以来かしら」
王女殿下の言う通り、私はおふたりの結婚式以降1度も社交界に顔を出していなかった。王宮文官の試験や誕生会の準備、国王陛下との契約の件など、私が直接動かなければならないような件が積み重なって、セレン様とお会いできない休日が続くほど忙しい生活を送っていたのだ。そのせいで、王女殿下やジニア様、メイフェルと会うのも随分と久しぶり。王女殿下はご結婚されたせいか幸せオーラを纏っておられるし、ジニア様はどこか清々しく、すっきりしたよう。メイフェルはいつもとあまり変わらないが、また背が伸びたような気がする。
「長らくご挨拶に伺えず申し訳ございませんでした」
「いいえ、とても忙しかったのでしょう。試験の結果はお父様からお聞きしましたわ。おめでとう」
「ありがとうございます。これも全ては皆様のご支援とご協力のおかげですわ」
王女殿下はふふっと笑って、クララベル嬢の努力が実を結んだのでしょう?と言った。確かに努力はしたので否定はしない。
「王国史上初の女性文官が誕生したということですよね。さすが幻の天才令嬢様ですわ!」
「本当に!騎士団もクララベル様のことで持ちきりですよ」
大の社交好きであるジニア様と現役騎士団員であるメイフェルが言うのであれば間違い無いのだろう。正直、自分の知らないところでそんなふうに噂されることに少し恐怖を覚えることもあるのだが、目立つ行動をしている以上仕方がないこととして受け入れる他ないと諦めている。
「もう半月後には入籍なさるのでしょう?ますます社交界の話題を独占することになりそうだわ」
王女殿下は扇で口元を隠して意味ありげに笑う。社交下手な私には残念ながらその意味を察することはできなかった。
「その…今更ながらのお話なのですが、殿下のことは何とお呼びすれば良いのでしょうか?」
今までは王女殿下とお呼びして来たので、ご結婚された今はグレシャム公爵令息夫人とお呼びするのが無難ではあるものの、友人としては少し距離を感じて寂しい気がするのだ。かといって、許可を得ず他の呼び方をするのは失礼に当たるわけで。
「やっと名前で呼んでくださるの?ぜひそうして欲しいわ!」
殿下には以前から名前で呼んで欲しいと言われていた。しかし、いち伯爵令嬢の身分で王女殿下を親しげにお呼びすることなどできるはずがなく、ためらってきた。もし呼び方を変えるのなら、関係性が変わった今。
「カ、カロリーナ、様…?」
「えぇ、やはりその方がいいわ。私はクララベルと呼んでも?」
カロリーナ様のお言葉にもちろんですわ、と微笑んだ。ただ呼び方が変わっただけなのに、なんだか心の距離までもが変化したような感覚に陥ったのが不思議で仕方がない。
「クララベル様、お祝い続きの最中に恐縮なのですが、ご報告がございまして…」
「そんなに改まってどうなさったのですか?」
いつも明るくて快活なジニア様が私に対してこのような態度を取ることは非常に珍しい、というよりも初めてだ。
「先日、無事に婚約の破棄を行うことができました。これはすべて、クララベル様のお力添えのおかげでございます。本当にありがとうございました」
椅子から立ち上がり、見事としか言いようのない淑女の礼をして顔を上げたジニア様の目に、後悔や悲しみの色はなかった。憑き物が取れたような、晴々としたような、そんな顔。
ジニア様のお話によると、カロリーナ様の結婚式の後で正式に元婚約者の家へ破棄を申し立てたところ、こちらに非はないのだからそれ相応の償いをと言ってきたそうだ。そこで浮気の件を突きつけると、証拠を出せと食ってかかってきた。そのため、私が作った証人を頼り、異常な速さといえる、約1ヶ月で婚約の破棄に至ったらしい。
もう、婚約者やその家族に悩まされていた以前の彼女の面影はどこにもない。自分でいい人を見つけてみせますわ!と意気込んでいるくらいなので、きっと彼女ならすぐに相応しい相手を見つけることだろう。
「私は大したことはしておりませんわ。これから先の人生はぜひ、ジニア様が望むように歩んでくださいませ。私も友人として応援しています」
「クララベル様にそう言っていただけて嬉しいです」
こうしてお茶会は進んでいき、最終的にはカロリーナ様のご自覚のない惚気話を聞いて幕を閉じるのだった。
自覚のない惚気話を披露しているのはカロリーナ様だけではなかったりします。




