セレン・カートレッタ
8話はセレン・カートレッタ目線で進行します。
カートレッタ侯爵家嫡男、周りは僕をこう呼ぶ。肩書きではなく名前で呼んでくれるのは、家族と侯爵家のみんなくらいだ。婚約者でさえ、カートレッタ様と呼ぶ。
だからと言って、侯爵家に生まれたことを不幸に思ったことはない。家族も使用人も、優しく、ときに厳しく接してくれて、とても感謝している。
唯一、嘆くとしたら容姿だ。この世界では忌み嫌われる黒髪を持ち、血を彷彿とさせる赤い瞳の僕は、生まれた時から社交界の嘲笑の的になっている。最初こそ傷ついていたけれど、もう気にするのはやめた。そして社交界には寄り付かなくなっていった。
そんな中、5歳の時に婚約が決まった。相手はロザリンド伯爵家の長女のクララベル嬢だ。彼女は次世代の社交界を担う華と呼ばれ、その美しい容姿と社交性から、男女問わず人気があった。そんな彼女と婚約をした僕は当然比べられた。どんなに勉強や剣術を頑張っても、内面を評価してくれる人はいなかった。クララベル嬢も、政略的な婚約者の僕に特段興味はないようで、付かず離れず、パートナーとしての義務は果たす程度だった。1ヶ月に一度顔を合わせてお茶を共にし、どうしても僕の同伴が必要な社交の場に参加するだけ。
婚約から2年ほど経ったある日、伯爵家から手紙が届き、クララベル嬢が高熱を出し意識が戻らないと報告を受けた。意識が戻るまでお見舞いは控えてほしいとのことだったので、体調が良くなったらお見舞いに伺いたいので連絡が欲しいとだけ書いた手紙を送った。それから約1週間後、クララベル嬢が目を覚ましたと聞いた。とりあえずは一安心だが、記憶が混濁しているので、会うのはもう少し先になりそうだという。僕は一向に構わない。彼女とはただの政略的な婚約者同士という関係なのだから。
1ヶ月後に届いた、元気になったのでお会いしたいというクララベル嬢直筆の手紙には、おそらく伯爵様の字でまだ記憶は戻っていないと追記されていた。そこで僕は、これはチャンスだと思った。上手くいくかはわからないけれど、クララベル嬢に本来の自分を知ってもらえるかもしれないのだ。僕だって本当ならきちんとお互いを思って結婚したい。それがたとえ政略結婚だったとしても。
クララベル嬢との約束の日、僕は以前の彼女が好きだった手作りのケーキを持っていった。今まで彼女に手作りだと明かしたことはなかったけれど、美味しいと言ってもらえるだけで嬉しかった。
美味しそうに食べている彼女を眺めているうちに、つい口が滑って手作りだと明かしてしまった。あくまでケーキは会話の糸口程度になればいいと思っていただけなのに。きっと貴族が料理をするなんてと言われてしまうだろうと思ったが、彼女は「素晴らしい」と言ってくれた。以前の社交的な面影はない彼女だけど、今の方がよっぽど話しやすく、好ましいと思った。嬉しくて思わずハグして驚かせてしまったことは、ほんの少しだけ反省している。彼女の口から始めてセレン様と呼ばれた時、僕は恋心を自覚した。
その日から僕は数日おきに伯爵邸を訪れ、彼女と距離を詰めようとした。最初はたどたどしく話していた彼女も少しずつ慣れ、愛称で呼ぶことまで許してくれた。
半ば強引に決行したデートの日、いつも以上におしゃれをしてきてくれた彼女は眩しすぎて冷静さを失ってしまった。僕の本音が聞こえていないか不安だ。ケーキひとつでこんなに喜んでくれて、花畑を見て目を輝かせてくれる彼女が愛おしくて仕方がない。
ただし、無防備に男の前で眠るのは感心しない。全力で僕の理性が仕事をする羽目になったから。ララはもう少し自分の可愛らしさを自覚した方がいい。
僕は、ララに群がる虫を排除できるように力をつけることを決心した。必死に勉強をして中等部の試験でSクラスに入学し、剣術を極めて第一騎士団に所属する。そしてララの隣に並び立っても遜色ない男になる。そのためにはどんな努力も惜しまない。全てはララの笑顔のために…
こんなはずではなかったのですが、想定していたよりも早いうちからセレンの愛が重めですね…笑
次話からはララ視点に戻ります!




