証人
「あちらは…ジニア様のご婚約者様ですわ、よね…?」
声に出して、すぐに後悔した。ジニア様の顔に、はっきりとした悲しみと絶望の色が浮かんだからだ。あぁ、30秒前に戻ればいいのに、と願ってももう遅い。
「あの女…」
「だめですわメイフェル。1度落ち着いてくださいな」
口悪く、今にも飛び出していきそうな勢いのメイフェルをなんとか宥めて詳細を聞き出す。
「あれ…あの令嬢はアークライト男爵家のエリーゼ嬢です。貴平問わず色んな男性に声をかけているとんでもない女なんです!よーく知ってますよ、騎士団の中にも何人か声をかけられた人がいましたから」
いらつきを露わにし、ギリギリと拳に力を入れている彼女を尻目に、ジニア様はショックを隠しきれずにいる。
「そ、んな…」
「ジニア様、彼女、もしくはアークライト男爵家と面識はありますか?」
ふるふると力なく首を横に振ったジニア様の目には堪えきれなかった涙が滲んでいる。不快な思いをしながらも、なんとか家のために、と頑張っていた彼女の姿をずっとそばで見ていた私からすれば、その彼女を泣かせる相手の行動は断じて許せないものだ。
私は一言断ってから席を立った。今、この現場を証言できる人を確保しておかなければ、後々問い詰めてもしらを切られてしまうかもしれない。
「ルアーラ様、セレン様をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、ロザリンド様ですか。もちろんですよ、セレン、奥様がお呼びですよ」
セレン様とルアーラ様をはじめとした普段から仲の良い令息たちの集まりに声をかけると、ルアーラ様はセレン様を揶揄った。
「エビネ、ララはまだ妻じゃない」
「まだ、ねぇ〜」
「何か?」
「いーや?ここは僕が繋げておくから行って来なよ。奥様は切迫詰まっているようだし」
「言われなくともわかっている」
若干の不機嫌さを滲ませながら、セレン様は私の手を取って会場の端まで歩いて行った。
「さっきまではブランカ嬢たちと一緒にいたみたいだけど、どうかした?」
どうやらセレン様は私の行動を時々確認してくれていたらしい。それなら説明は早い。
「セレン様、会場後方、扉の辺りにいるジニア様の婚約者は見えますか?」
「あぁ、あれは…アークライトの令嬢だったかな」
「先程から目に余る行動をとっておいでですの。私に話を合わせてくださいますか?」
これから私が起こす行動に、口を出さずに合わせてほしい、というかなりぼんやりとした要請に、セレン様は何か考えがあるんでしょう?と苦笑しながら頷いた。
私たちが集まっていた会場前方の壁際とは真反対の、後方の壁際でいちゃいちゃとしながら談笑している2人を視界から外さないようにしながら、本日の主役たちの隣、お偉い方が集まっているテーブルへと向かった。
国王夫妻、お祖父様、ウィルアイト夫妻、ヘリオドール夫妻、グレシャム夫妻、カートレッタ夫妻、そして両親。この国で、1番声をかけるのに勇気を必要とする集団だ。でも、大切な友人であるジニア様を傷つけた以上、彼にはそれなりの罰を受けてもらいたいので、私がその地位を全力で利用する。
「皆様、ご歓談の最中にお声がけする無礼をお許しください。クララベル・ロザリンドにございます」
「セレン・カートレッタです」
両親やカートレッタ夫妻、お祖父様はともかく、ほとんど面識のない方々もおられるので、深々と淑女の礼をする。
「楽にしなさい。セレンとロザリンド嬢か、何用だね?」
本来の作法とは異なって、私がお声がけしたことで何かを察した陛下は、私の方へ向いて口を開かれた。高貴な方々の視線を一身に受けて体が不本意にぷるぷると震えるけれど、そんなそぶりを見せては情けない。
「本日は誠にめでたい日となりましたこと、お祝い申し上げます。私としても、若年の令息令嬢たちの出会いの場となったようで嬉しゅうございます」
セレン様が隣にいながら、私がこのような発言をすることは非常識的である。しかし、私の意図はそこではない。それに1番最初に気がついたのはお祖父様だった。
周りに気取られぬよう視線だけを動かして会場をざっと見まわしたお祖父様は「確かにそのようだな」と言った。その様子を見た周りの皆様も見まわして、あぁ、なるほど、と納得したような顔をする。
「新たな夫婦が誕生したこの場から、また新たな出会いがあることを願ってやまない」
陛下は鋭い視線を会場後方へ送り、私たちの方へ黒い微笑みを向けた。
「長くお時間を頂戴いたしますのは心苦しゅうございますので、私たちはこれにて辞させていただきます。失礼いたしました」
目的を達成した私は再び膝を折って礼をし、セレン様と別れてジニア様の元へと戻った。
時間にして約5分。その間に私は婚約者殿の社交界での立ち位置を地の底まで落とし、将来の可能性を全て叩き潰した。言葉にすれば極悪人が非道なことをしたように聞こえるが、ジニア様を裏切って傷つけた罪は重いのだから仕方がない。




