Sクラスの進路①
※ 5月11日にタイトルを変更致しました。
文官、特に王宮文官になる人というのは、高等部の中でも優秀だと噂されるような人だ。私の学年で言うならば、セレン様やルードラさん、ジュリオさん辺りだ。
王宮文官の試験は筆記と実技の2種類。筆記試験は基本的な計算能力や知識を問う問題だ。これに関しては特に心配していない。計算は得意だし、知識の暗記は怠ることなく復習を繰り返しているから。問題は実技試験だ。擬似書類の決裁や、模擬のグループディスカッションなどがある。学問が十分に発達していないこの国で行われる試験にしては、かなりレベルが高く、求める人材を選ぶのに適していると言えるだろう。
手がけている事業の関係で書類の決裁は慣れているが、グループディスカッションとなると話は変わる。他人とコミュニケーションをとることに抵抗感がなくなったわけではない。過去と決別したとは言いつつも、心の奥深くの部分では怖がっている自分がいるのだ。
グループディスカッションを課す目的は、仕事をする上で対人関係をうまく築くことができるのか、という点を審査することだろう。もっと簡単に言えば、採用側は協調性や発言力、周りに気配りをして場を回せるか、という箇所を見たいのだ。だから、私のような受験者側は重要なポイントを理解した上で振る舞わなければならない。これが難しいのだ。
「話し合いの際に気を付けていること、ですか?」
「えぇ、ずっと研究室のリーダーしているルードラさんから、何かアドバイスをいただけないかと思いまして」
「そうですね…メンバーの共通認識を確認することでしょうか。そもそも、前提の認識が異なっていたら進む議論も進みませんから。毎度確認するようにしていますね。あとは自分たちの話し合いを俯瞰してみてみる、ということくらいですね」
「なるほど、参考になりますわ。ありがとうございます」
さすがというべきか、Sクラスの研究室をまとめるリーダーだ。1人、メモをとりながら感心していると、ルードラさんが不思議そうな顔をして問うてきた。
「近く、ロザリンド様が司会をする話し合いでもあるのですか?…あ、話せない内容なら大丈夫なんですけど、珍しいなと思いまして」
「いえ、話せる内容ですわ。実は私、今秋の王宮文官試験を受けたいと思っているんです。その試験の中でグループディスカッションがありまして、ご存知の通りそういったことは苦手としているので何かコツでもあればいいな、と思ったんです」
納得した様子のルードラさんは「そういうことなら、ジュリオと一緒に練習したらどうでしょうか?彼も同じ試験を受けるみたいですから」と続けた。数ヶ月前のジュリオさんは、王都で職に就くだろうとぼんやりとした進路を語っていたが、まさか王宮文官になろうとしているとは、初耳だった。今、彼は教室にいないので、また姿が見えた時に声をかけることにしようと決めた。
「ルードラさんは進路、どうする予定なのですか?確か以前は医薬の道に進むとおっしゃっていましたが…」
「今も変わりませんよ。王都の病院で見習い医師から始めるつもりにしています」
「お医者様を目指すんですね。さすがルードラさんですわ」
彼は平民という理由から叙勲こそされなかったが、セレン様と一緒に疫病の原因を発見した偉人だ。そんなルードラさんが医者になるのなら、ベスビアナイト王国の医療技術は大きく進歩することだろう。
「少し失礼なお話になるかもしれないのですが、よろしいですか?」
「えぇ、何でしょう?」
「正直、ロザリンド様が文官、しかも王宮文官を志されるとは思いませんでした。人前に立ったり目立つのが苦手なのだとばかり思っていましたので。何がきっかけでも?」
「そうですね、人前に立つのが苦手なのは全くもってその通りです。それでも目指そうと思ったのは周りの方々に勧めていただいたから、というのが1番大きな理由になりますわ。けれど根本的なことで言えば、このSクラスで過ごしたおかげなのかもしれませんね」
確かに、この世界に来たばかりの私は臆病で他人との関わりを避けるような人間だった。数年間、家族やセレン様と過ごしたおかげで少しずつマシになっていったとは言え、それでもやはり同世代との交流には恐怖を感じたまま。そんな私を変えてくれたのは、温かく見守り、支えてくれたSクラスのみんなだ。4人と過ごした8年のおかげで今の私があると言っても過言ではないだろう。それくらい私にとってかけがえのない存在なのだ。
「今のロザリンド様は生き生きとしていて、とても楽しそうに見えます。初めてお会いした時と比べたら別人のようです」
「そう、なのでしょうか…良い方向に変化したということなら嬉しく思いますわ」
よく周りを見ているルードラさんが言うのなら間違い無いのだと思う。
Sクラスのみんなや社交界での友人、そして何よりセレン様の隣に立っても問題ないように努力を続けてきた。そのおかげか、多少は堂々と生活できるようになったと言えるのだろう。誰かのために自分を磨く努力をすることは楽しいし、結果として自分の自信となったのだから無駄なことではなかったのだ。




