恋と愛を教えてくれた人
「ね?無理したらダメだって言ったでしょう?」
「うっ…返す言葉もありませんわ」
夏の長期休暇がすぎて数日経ったある日の私は、アカデミー内にある医療室でセレン様に叱られていた。進路のことを悩んだり、国王陛下との契約の件を考えたりした上で普段通りの決裁も行なっていたために、アカデミーの休憩時間に目眩を起こしてふらついてしまった。同じ教室にいたセレン様がそれを見逃すはずもなく、横抱きで連行され、今に至る。
「いつになったら自分で休みが取れるようになるのかなぁ?」
容赦なく、セレン様の鋭い視線がビシビシと飛んでくる。というよりも、刺さっている。授業を休ませたことへの申し訳ない気持ちと、心配してくれて嬉しい気持ちが私の中でぶつかり合う。結果、当然のように申し訳ない気持ちが勝って、謝罪に至った。
「申し訳ありません…休みをとっていなかったわけではないのですが」
シェルファと外出したり、作業の合間に休憩を挟んだりして十分心身に気遣っていたはずだった。それなのに体調が悪くなったのは、元々強くはないクララベルの体ゆえなのだろう。
セレン様の付き添い、もとい監視の元で1時間きっちりと休んだ私は、そのまま伯爵家へ帰された。私を放って授業を受けても集中できないから、という理由で、セレン様も一緒に帰ることになった。
もうふらつきも治って自分で歩くことができるにも関わらず、ずっと横抱きにされているのはなぜなのだろうか。こういう時には私にとことん厳しくて甘いセレン様に逆らうことなどできないので、おとなしく抱かれているのだが、部屋までの間にすれ違う使用人たちからの視線が生温かくていたたまれない。
「ヴェラ、休みやすい格好に替えてくれる?僕は廊下に出ているから」
「かしこまりました。さぁ、お嬢様、お召し替えしますよ」
「…はい」
どうやら休まないという選択肢はないみたいだ。セレン様が廊下に出て扉を閉めたのを確認して、制服を脱ぎ、寝巻きに着替える。本来、成人を迎えて結婚をするまでは婚約者に寝巻き姿を見せるなどはしたない、という感覚が普通なのだが、私とセレン様の場合は幾度となく私が体調を崩した関係で抵抗感がなくなっている。それでも素足を見せることはないが。
ヴェラが下がって、ベッドに入って横になっていると、しばらくしてセレン様が部屋に入ってきた。手にはグラスと水差しを乗せたトレイを持っている。本来使用人にさせるようなことを侯爵家の嫡男様にさせて申し訳ない。
「すみません、ありがとうございます」
「いいよ、体調はどう?」
「もう大丈夫です。机の上に積まれた書類を片付けたいくらいですわ」
「それはだめ」
セレン様の過保護がお父様とお母様以上なのは、完全に私のせいなので何も言えないが、それが愛ゆえだということも理解している。家族以外でこんなに大切にしてくれる人は前世では1人もいなかった。
「ふふっ、やっぱり私は幸せ者ですわ」
「いや、むしろ不幸せすぎたんだから、幸せになってくれないと困るよ」
「セレンの隣に居られるなら幸せですよ?」
私の口撃にセレン様は頬を染めて照れてしまったので、それに釣られて私の頬も薄く色づく。
「…セレン」
「なに?どうかした?」
「私を大切にしてくれて、受け入れてくれてありがとうございます。セレンがいるから、私は私らしく生きて、幸せを感じることができるんです。まだこれから先の人生、たくさん心配と迷惑をかけるかもしれません。侯爵夫人として普通ではないことをすると思います。それでも見捨てないでそばに居させてくださると嬉しいです。…私はセレンのことを、愛しているから」
セレン様は私の言葉に答えることなく、ただぎゅっと固い抱擁を交わすだけだった。言葉なんてものがなくても、少し震えているのを感じることでわかる。静かに涙を流しているのだ。
「セレン、実は大切なお話があるのです」
落ち着いたセレン様の手を握り、目をまっすぐ見て言う。真剣な顔をした私の様子を見て、セレン様も大きく息を吐いて向き合う。
「私はやはり、外で働きたいと思います。いまだに父の承認は得られていないのですが」
「…なるほど。わざわざ僕に改めてその話をするってことは、明確な目標が決まったってことなのかな?」
「はい、王宮文官を目指そうと思います」
セレン様は目を大きく見開いて、すぐに微笑んだ。
「…やっぱりね。きっかけは陛下との契約、だよね?」
「全てお見通しですか、さすがですね。そうです。計画書を拝読して、自分の考えを練っていくその作業が楽しくて、国民のためになるのならもっと尽力したいと思って、そんなことを考えていたら王宮文官になりたいと思うようになりました。陛下とお祖父様にも勧めていただいたので、目指してみようかと」
お祖父様に勧められたときには、そんな夢物語を、としか思えなかった。でも、国王陛下から職務を任せていただいてから、私を必要としてくださるのなら挑戦してみてもいいのではないかと思うようになったのだ。能力が足りず、相応しくないと判断されたならそこまで。そんな結果になる可能性があるとしても、頑張ってみるくらいは許されるだろう。
「わかった。僕はララの選択を全力で応援するよ。一緒に頑張ろう」
「ありがとうございます。ご期待に応えられるよう、精一杯努力致しますわ!」
「無理は禁物だからね。また今日みたいに体調を崩したら強制的に休ませるよ」
「ふふっ、わかっておりますわ」
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