清楚、純粋、無垢、厄除け
広い、カートレッタ侯爵家の応接室では、お義母様とその侍女、お母様、ヴェラ、マダムスミスの5人がああでもない、こうでもないと議論している。本来その輪に加わらないといけない私は、窓から見える庭園をカラッとした太陽の光が照らしているのを見て、外に出て散歩でもしたいな、なんて考えていた。
「せっかくの機会ですから、最高級のシルクを使って仕立てましょうね」
「お嬢様の美しいデコルテを存分に見せつけるデザインがいいと思います!」
「やはり濃紺でしょうか、しかし暖色もお似合いですから捨てがたいですね…」
「ララの希望はないの?」
お母様の言葉に、全員の視線が私に集まる。わくわくしているのを前面に押し出した5人は、私の言葉をじっと待つ。
「と、くにはありませんね。皆さんがお勧めしてくださるものを身につけたいです」
圧が強いので素直に自分の気持ちを伝えたのだが、誰1人として納得げな顔をしてくれなかった。なぜに…
「一生に1度、婚姻の儀で身につけるものなのよ。もっとこう、理想とか色々とあるでしょうに」
「お嬢様、普段のお茶会やパーティーとは訳が違うのですよ。お嬢様とカートレッタ様が主役の式なんですからね?」
決して、婚姻の儀の準備が面倒なわけではない。セレン様との結婚は楽しみだし、嬉しい気持ちでいっぱいだ。それなのになぜ、こんなに案が浮かばないのかというと、単に想像できないからだ。誰かと結婚をして幸せになるなんて、前世で友達すらいなかった私にはあり得なかったこと。だから、仕方がないのだ。
お義母様やヴェラにそう言われてもなにも浮かばない私の様子を見て、マダムスミスがウェディングドレスのデザイン画を10数枚見せてくれた。王道のプリンセスラインからこの世界では珍しいスレンダーラインまで、本当にさまざまだ。
「強いて言うならそうですね。真っ白なドレスを着たいです」
私の言葉に5人の目は大きく開いた。なぜ白なのかと言いたげだ。
「遠い、異国の文化なのですが…白のウェディングドレスには、あなた色に染まります、という意味があるのです。セレン様は私が赤色を身につけると喜んでくださりますから、白がいいのではないかと…」
自分の心臓の音だけが部屋に響いているような気がするほど静かな時間を破ったのはマダムスミスだった。まぁっと手を叩いて目を輝かせ、さらさらとデザイン画を描いていく。
オフショルダーのプリンセスラインを基調とした形に、尾をひいたような長い裾。腰の部分で存在感を放っている大きなリボンをトレードマークに、細かなレースが随所にあしらわれている。凛とした綺麗さがありながら、少女的な可愛さもある。
私以外の4人も口々に素敵!と称賛している。教会のステンドグラスから差し込む柔らかな光を浴びて、このドレスはキラキラと輝くことだろう。
ドレスのデザインが大まかに決まったので、それに合わせた装飾品も考えていく。日本の結婚式ではティアラを身につけることがあるが、この国ではティアラは王族の女性を示す位の高い装飾品と決められている。そのため、一伯爵令嬢である私が身につけることができる髪飾りはコーム型のものかバレッタだ。
「せっかくドレスを珍しい色にしたのですから、髪飾りにも個性を出していきたいわよね…」
「ララ、その異国では何を飾るの?」
「そうですね…記憶が確かではありませんが、パールや生花を使うこともあると読んだ気がします」
日本で実際に結婚式に参列したことがあるわけではないので、あくまでイメージだが。広告で何度か見たことがあるので、間違ってはいないだろう。
「生花、を髪に?」
本日2度目の驚いた顔だ。確かにこの世界では、生花は庭で育てて愛でるか、花瓶に生けて飾るか、花束にするかとされることが多い。髪に飾ることはほぼないと言えるだろう。
「はい。実際に見たことはないのでおそらくですが、茎を短く切って湿らせた紙で保湿し、束ねてミニブーケのようにするのではないかと。金具をつければ髪にも刺さると思います」
「なるほど、これは侍女の腕が試されますね!」
「いいじゃない。白のドレスにカラフルな生花はきっと映えるわ」
こちらも満場一致で決定した。生花を使うなら注意点がいくつかあるので、それは後からヴェラに伝えておくことにしよう。
ほぼ丸1日かかってようやく、全てのデザインが決定した。ドレス、グローブ、髪型と髪飾り、靴…などなど。1年後に控えている結婚式に向けて、着々と準備が進んでいる実感が湧いてきた。
伯爵邸に帰って自室のテーブルセットで紅茶を楽しんでいると、ヴェラから微笑ましげな顔を向けられて、指摘された。
「ふふっ、ララ様、口元が緩んでおられますよ」
「あら、恥ずかしい。無意識だったわ…」
「幸せそうなご様子で私も嬉しいですわ。カートレッタ様ならララ様のことをとても大切にしてくださるでしょうし」
こちらの世界に来てからずっと1番近くで支えてくれたヴェラには、感謝してもしきれない。
エモニーク男爵家の三女である彼女は、結婚適齢期を迎えた今でも変わらずに仕えてくれている。本人が言うには、家長が好きにしろと言っているのでしばらくは恋愛をするつもりがないとのことだ。決して恋愛や結婚に興味がないわけではないみたいなので、遅くないうちにいい人が見つかればいいのにと願ってやまない。
「侯爵家に持っていくものも決めていかないといけないわね。ついてきてくれる子も募っておかないと…」
基本的に必要なものは侯爵家で用意してくださっているみたいだが、気に入って使っているものやお気に入りの品、身の回りを任せる侍女などは自分で選んで持っていくことになっている。
ヴェラは結婚適齢期なので、行き遅れないように置いていこうと思っていたその時、「私、絶対についていきますので!」と語気を強めて宣言された。
「いいの?数年は忙しくなるでしょうから、恋愛もままならないかもしれないわよ?もちろん休みはしっかり取ってもらうつもりではあるけれど…」
「問題ありません!私にはララ様の側付き以上に大切なものなどありませんから」
そこまで胸を張って言われると、承諾するしかなくなる。私のことを1番わかってくれているヴェラがついてきてくれるなら心強い限りだが。




