王家と臣下の契約
「久しいな、クララベル嬢」
「は、はいっ!お久しゅうございます、国王陛下。ご挨拶申し上げます、王妃殿下。クララベル・ロザリンドにございます」
目の前にはゆったりと椅子に腰掛けている国王陛下と、優雅に扇を手にしている王妃殿下。どうしてこんなことになったのだろうか。
王女殿下たちとのお茶会を終え、外も薄暗くなってきたので帰宅しようとしていた。会場の隣に設けられていた使用人の控え室に待機していたヴェラを呼ぶと、1通の信書を手渡された。嫌な予感がした。見事にその予感は当たったわけだ。「茶会終了ののち、謁見に来るように」と記された国王陛下と王妃殿下連名の信書を無視できるわけがない。
「こうして話すのは初めてかしら。クリサンス・ベスビアナイトよ。噂の天才令嬢に会えて嬉しいわ」
王妃殿下とは公的な謁見の場でしかお会いしたことがない。まだ成人もしていない伯爵令嬢なら当然なのだが。
現王の妃殿下は元ウィルアイト公爵令嬢で、ウィルアイト公爵家はベスビアナイト王国を建国した王の娘が嫁いだ家なんだとか。つまり、とても薄くはなっているが王妃殿下にも王家の血が流れているのだ。
「ありがたきお言葉でございます。麗しき王妃殿下にお会いできまして恐悦至極に存じます」
お母様もお義母様も王妃殿下は気難しい方ではないと言っていたけれど、何か失礼をはたらくわけにはいかないので礼を尽くすように気をつける。
「まぁそう固くなるでない。叙勲式で会ったのが最後だっただろうか。随分と大人びた表情をするようになったのだな」
叙勲式があったのは高等部に進学して数ヶ月後だった。もうすでに3年ほど経っている。感染症対策の件で王宮文官の方々とお話しすることは幾度となくあったが、国王陛下にお会いすることはなかった。
忙しいお2人と長々世間話をするわけにもいかないので、そこそこに切り上げて単刀直入に聞く。
「本日はどのようなご用件でございましょうか」
「あぁ、クララベル嬢に頼みがあって呼んだのだ」
国王陛下は側に仕えていた文官に合図して書類を私に手渡させた。書類の表紙には「計画書」と記されており、陛下の許可をいただいて頁をめくる。
第1項「ロザリンド伯爵領の学校建設事業について」
第2項「平民への教育による経済的効果」
第3項「王国全域における識字率向上に向けて」
先ほど、陛下は頼みがあるとおっしゃった。この計画書を見て大体のことは察した。全く、忙しくなりそうだ。
「協力を頼めるだろうか?」
私がベスビアナイト王国民である以上、国王陛下の言は絶対だ。形式的に私の意見を聞かれたが、実際のところは命令である。私自身としても、国中の人に教育を施したいという目標を叶えられるチャンスなので、お断りする理由はない。
左手に書類を持ち、右手でドレスを摘んで膝を折る。
「謹んでお受けいたします」
「そうか、幻の天才令嬢が協力してくれるのなら心強い。詳しい業務内容は後々知らせるとして、王政に関わる以上何か役名を与えなければならないな…」
感染症対策にあたった際は計画書を提出して少し口出しをした程度だったので問題なかったが、今回は政策の中枢部分に関わるので、大義名分が必要となる。
陛下は少しの間悩んで、ハッと思いついた顔をしたかと思えばぶっ飛んだことを言った。
「来春、行政部に就職すれば何も問題がないではないか」と。
「陛下、発言をお許しください」
「いいだろう、なんだね」
「就任したばかりの文官がそのような大政策に関わるのは色々と問題があるかと」
文官殿の言うとおりだ。新人がいきなりそのような政策に関われば、周りからの風当たりは強くなる。そもそも、王宮文官などそう簡単になれるものではないのだ。
「それもそうだな。仕方がない、役名の件は考えておくことにしよう」
王家と臣下間の正式な契約を示す契約書を手に、応接室を出たのはもうすっかり日が落ちた頃だった。高貴な方々とお会いして気疲れした。帰ったらすぐに晩餐をとって湯浴みをし、書類の決裁をしよう。自身の忙しさに遠い目をしたのは誰にもバレていないだろう。
「話は陛下から聞いたよ。より一層忙しくなるけれど大丈夫?無理したらダメだからね」
「も、もちろんですわ。セレンにご心配とご迷惑をおかけするようなことにならないよう、日頃から気をつけていますから平気ですよ。セレンこそお忙しいのでは?」
2週間ぶりに2人の時間を過ごしている私たちだが、異様に距離が近い。それが決して嫌なわけではないのだが、話しにくいので少し離れようとする。しかしそれが叶うこともなく、ふわりと持ち上げられてセレン様の上に座らされた。
「せれんっ!」
慌てて上げた抗議の声は聞こえていないみたいだ。なんと都合のいい耳だろうか。
そんなことを思いながら少々不安定なのでセレン様の首に手を回すと、満足そうな顔をされた。こんなところを誰かに見られたらはしたないと言われてしまうのに。
セレン様の手が私の頬に触れて、垂れ下がっている横の髪を耳にかけられた。左側の視界が開けて、よりセレン様の顔が見えるようになる。よく聞こえるように口を耳に寄せたセレン様は
「ララは僕の大切な婚約者なのに。王家には渡さないからね」と囁いて口付けた。
「セレンは意地の悪い時があります。私が恥ずかしがるのを分かった上でそういうことをするんですからっ!」
いつもより近くでセレン様の声が聞こえたからか、耳にキスをされたからか、私の顔は熱をもってなかなか冷めなかった。
我ながら家名が多くややこしいので、軽くまとめておきます。
公爵・・・アイドクレース、グレシャム、ウィルアイト、ヘリオドール
侯爵・・・カートレッタ 他2家
伯爵・・・ロザリンド、ブランカ、マリンテリア、ルアーラ 他 合計30家以上
子爵・・・合計約40家
男爵・・・エモニーク 他 合計20家
騎士爵・・・未定




