営業
パーティーの会場はある伯爵家の屋敷内にあるホール。日中に開催されるお茶会ではないので、決まった席というものは存在しない。どちらかというと、おとぎ話に出てくるような舞踏会に近い。女性だけの集まりなのでダンスはないが。
「緊張しておられますの?」
「えぇ、少しだけ。久しぶりの社交ですから」
会場に入ってすぐ、主催者である伯爵令嬢に挨拶をしてからひと息ついていると、隣でその様子を見ていたジニア様が心配そうに顔を覗き込んできた。
「気分が悪くなったりしたらすぐに言ってくださいね。カートレッタ様によろしくと頼まれていますから」
ジニア様は少し胸を張って言ったが、別に誇ることではないと思う。むしろ、私の付き添いとして一緒に来てもらったことを申し訳なく思っているくらいだ。
ホールの壁沿いにぐるっと囲むように配置されているテーブルとイスのうちの1つに腰を下ろして、会場内を見回す。規模が大きいものをわざわざ選んだだけあって、子爵家以上の令嬢はほとんど集まっているくらいの人数はいるだろう。それぞれのドレスの色が美しい花々のように会場を彩っている。
「クララベル様、私は少し友人に声をかけて参りますね」
「分かりました。私も挨拶をしに行きますからまた後で合流しましょう」
軽く手を振ってジニア様と別れた私は、誰に声をかけようか迷っていた。決して社交的ではない私でも、半分くらいは顔と名前が一致するが、ただそれだけで仲がいいわけではない。私が気兼ねなく話せる令嬢はジニア様とメイフェルくらいなので当然と言えば当然なのだが。
しかし、今日の私は計画のための重要な任務を背負っているので、人見知りをしている場合ではない。怖いからと足に根を張ろうとする心を落ち着けて、私ならできると言い聞かせる。
「あのっ、少しご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか…」
迷った結果、勇気を出して声をかけたのはジニア様の家であるブランカ伯爵家の次に地位の高い伯爵家の令嬢。綺麗な金髪が印象的な女の子で、事前情報によるとジニア様と同様に社交好きだという。何度か王宮の茶会などで話したことがある、顔見知りだ。
「まぁ、ロザリンド伯爵令嬢様!こちらこそご挨拶に伺わず申し訳ありませんでした」
綺麗な淑女の礼をした令嬢とその後ろにいたご友人方に姿勢を戻すよう伝える。そんなことをして欲しくて声をかけにきたのではないのだから。
「本日はロザリンド様がお見えになると噂でお聞きして楽しみにして参りましたの」
伯爵令嬢の言葉に、ご友人方も同意の意を示す。
「ロザリンド様のお召し物やメイク、髪型に至るまで、全てが令嬢たちの噂の的ですから」
まさに、その話題を待ち構えていたのだ。まさかこんなに早くこの話題に入れるとは思ってもみなかったが。
「そうなのですか?少しお恥ずかしいですわね…」
「いいえ、今日のお召し物もとてもお似合いで素敵ですわ。特にそのネックレスはとても美しいですね」
本当に、都合が良すぎるくらいにトントンと話が進んでいく。私としては、無駄に回りくどい話をしなくて済むのでただただありがたい。
「さすがですわ、令嬢はお目が高いですね。こちらのネックレスは新しく作ったものなんです。我が伯爵領で採れる宝石で、タンザナイトというものですの。あまり市場には出回っていない、貴重なものなんですよ」
こんなものだろうか。なかなか上々の出来だろう。
「そうなんですね。銀髪と紫眼を持つロザリンド様だからこそよく映えるのですね」
「そうでしょうか?令嬢の金髪にもよくお似合いだと思いますよ。確かご婚約者様の髪色もこのタンザナイトのような深い青色だったと思うのですが…」
私の事前調査に抜かりはないし、情報のほとんどは頭に入れてきている。伯爵令嬢は驚いた顔をしているが、これくらいは造作もないことだ。
「よ、くご存じですね。確かにそうですわ。髪飾りにでも加工して欲しいとお父様にねだってみようかしら…」
「とても良いアイデアだと思います!ご婚約者様もさぞお喜びになるでしょうね」
「ロザリンド様にそう言っていただけると本当にそうなる気が致しますわ」
はにかむように笑った彼女は、間違いなく恋する乙女だった。後ろに控えているご友人方も、素敵ですわ!と口々に言っている。
「ところで、そのタンザナイトという石はどのようにして購入したらいいのですか?市場には出回っていないのですよね?」
よくぞ聞いてくれました、と私は心の中でガッツポーズをした。これこそが今日私がパーティーに参加した理由なのだから。
「私を経由して受けた注文でのみ販売しているんですの。数が少ないので一般からのご注文をお受けする予定はたっておりませんわ」
「それはとても付加価値が高いですね。幻の天才令嬢であられるロザリンド様から直接購入することしかできない宝石、間違いなく社交界の話題になりますわ!」
そうでしょうか、と笑っておいたが、私の目的はまさにそれだ。社交好きな彼女が言うのなら間違いない。
後日、伯爵令嬢の屋敷に売買契約を行うための使者を送ることを約束し、別れた。最初の営業はとても上手くいったと思う。今日のところはこれで満足して、あとはのんびり過ごすことにしよう。
元いた席に戻り、紅茶やスイーツを楽しもうと思っていたのだが、現実はそう甘くなかった。ホールの中央で伯爵令嬢と話していたのがよほど目立っていたのか、ひっきりなしに私のところへ令嬢が集まってくる。
結局、ジニア様が戻ってくるまでの小一時間、私は社交に勤しむこととなったのだった。




