婚約者②
元気になったので近いうちにお会いしたいという内容の手紙を送って数日後、私は今、侯爵家の家紋入りの馬車から降りてきた少年をお出迎えしている。
「ようこそお越しくださいました、歓迎いたします。クララベル、あなたもご挨拶なさい」
「は、い…えっと、はじめまして、クララベル・ロザリンドと申します」
お母様に倣って深々と淑女の礼をする。
「こんにちは、クララベル嬢。もう体調は大丈夫ですか?記憶がないとお聞きしましたが」
「そうなのです。立ち話も何ですし、詳しいお話はどうぞ中で」
お母様の先導で応接室に入る。私の回復を待ってくれていた時点で何となく感じてはいたけれど、優しそうな雰囲気の男の子だ。しばらくお母様とカートレッタ様がお話ししていたので、私はおとなしく黙っている。すると不意に
「伯爵夫人、クララベル嬢と2人で話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」と言い出した。
待って、お母様、それだけは…
心の声が届くこともなく、ヴェラたち侍女も含めた全員が応接室から出て行ってしまった。初対面の人と何を話せばいいのかなんてわからないのに…
「クララベル嬢、本当に記憶がないのですね。以前までの私たちの関係性からして、そのように怯えられるのは説明がつきませんから」
「も、申し訳ありません…」
早速不快にさせてしまった。でも相手の目を見て怯えずに過ごすなんて、私にはハードルが高すぎる。
「あぁ、すみません。怒っているわけではないですよ。今日はクララベル嬢のお見舞いと私の自己紹介を兼ねて来たんですから」
「えっ?」
思わず顔を上げて、カートレッタ様と目が合う。親しみのある黒髪に目が釘付けになった。
「やっとこっちを見てくれましたね。私はセレン・カートレッタ。あなたの婚約者です」
「く、クララベル・ロザリンド、です…」
また目線をテーブルの上のカップに戻した。そこから長い沈黙が流れる。うぅっ、気まずい…
「クララベル嬢、スイーツはお好きですか?」
「あ、はいっ!」
思ったよりも大きな声が出てしまった。カートレッタ様は優しく微笑んでくれたけれど、何だか食べ物に食いついて反応したみたいで恥ずかしい。
「よかった、以前の君が好きだったものを持って来たんです。今の君の口にも合えばいいんですが」
「あ、ありがとうございます…」
気まずさを紛らわせるために、勧められたケーキをひたすら口に運ぶ。見つめられているけど気にしない、気にしちゃダメだ。
「ふふっ、気に入ってもらえたみたいで何よりです。頑張って作ったかいがありました」
作ったかいがあった?つまり、このケーキはカートレッタ様の手作りということ!?侯爵家の方が自らスイーツ作りをなさるなんて…
「なんて素敵なんでしょう…」
小さな声でつぶやいたつもりだった。
「クララベル嬢、今何と?」
バッチリ聞こえてしまっていたらしい。
「い、え、とても美味しいです、とだけ」
「本当?私がスイーツ作りをすることに反対されないのですか?」
普通の令嬢なら反対するところなのだろう。でも、私は普通ではないし、スイーツとスイーツ作りが大好きだ。だから反対する理由なんて存在しない。
「こんなに素晴らしいのに、反対するはずがありませ…んっ!?」
瞬間、カートレッタ様に抱きしめられていることに気がつき、頭の中は大パニック。何がどうなってこうなったの!?
「あ、すみません。嬉しくてつい…」
そこからの記憶は、セレン様と呼ぶように約束させられたことだけ。何だったんだ、あのハグは!
それからセレン様は、数日おきに伯爵邸にやって来るようになった。もちろん、手作りのスイーツを持って。セレン様から話しかけてくれて、返事を催促されないおかげで、大分話せるようになってきている。私のようなところへ頻繁に来て、楽しいのかは謎なんですが…
「あのっ…いつも美味しくてとても嬉しいのですが、お忙しいのに負担ではありませんか?」
「まさか!ララが美味しそうに食べてくれるのを眺めるのが、最近の楽しみですから」
最初の頃は机を挟んで対面していたのに、最近ではソファに横並びで座っている。何だか距離も近いし、滞在する時間も段々長くなっている。なぜに…




