セレンへの告白
68話はセレン・カートレッタ目線で進行します。
キリのいいところまで進めるため、今話はいつもより少しだけ長めです。
知らせが届いたのは、ちょうど日が高く昇った頃だった。
ロザリンド伯爵家の使者が馬で届けに来て、ララからの手紙かと思い受け取った。しかし、封筒はいつもララが使っているものではなく、送り主はララの父親であるロザリンド伯爵。いつもの通り、事業の件か、などと思いながら封を切り中身を読む。
内容を理解したその瞬間、僕は手紙を机に置いて、上着に手をかけ部屋を飛び出していた。側近は何事ですか!?と言いながらも後を追って走ってくる。
「セレン様!?そちらはテルル様の馬車ですが!!」
「すまない、緊急事態だ。テルルには僕から後で事情を説明しておく。僕の馬車を使ってくれ」
どこかへ出かけようとしていたのか、テルルの馬車が屋敷の前に止まっていた。自分の馬車を呼んでくるのは時間がかかるので、申し訳ないが使わせてもらう。
大通りを抜けて真っ直ぐ行くと、通い慣れたロザリンド伯爵邸が見えてくる。こんなに焦って向かうのは久しぶりだ。
使用人の後についてララの部屋に入ると、人だかりの隙間から眠るララの顔が見えた。手紙の内容通り、うなされて目を覚まさないようだ。
「ララ?ララっ!」
駆け寄って顔を見ると、閉じた目から涙を流しているのがわかる。どうしてそんなに苦しそうな顔をして眠っているのか。
ララの周りについていたお義母様達は、気を使って2人にしてくれた。ベッドサイドの椅子に座って、ララの右手を両手で包む。時々涙をハンカチで拭って、早く目を覚まして欲しいと願う。
「ねぇ、ララ。一体何を抱えているのか、起きた時に教えてよ。一緒に、悩むから…」
目を覚まさないララの隣で手を握る度、彼女が抱えているものに思いを馳せる。記憶を失っただけでは説明のつかない、何かに怯えていることは明白だから。
どれほど時間が経ったのだろうか。もう日は傾いて、部屋に差し込む光が薄くなっている。
「…ん」
微かに発されたララの声に、手を握る力が強くなった。
「ララ!」
僕の声に反応したのか、固く閉じていた瞼がゆっくりと開いた。まだ焦点は合わないが、ようやく目を覚ましたことは確かだ。
「こ、こは…私は…」
「ここはロザリンド伯爵邸の君の部屋だ。君はクララベル・ロザリンド。…混乱しているの?」
やや掠れた声で問うた彼女に、間髪入れず答える。起きたばかりで状況が上手く把握出来ないのだろうか。
「私、は…鈴白、歌音…」
「すずしろ、カノン??」
とりあえず水を飲むようにグラスを手渡し、ゆっくりと口に含む様子を眺める。夢と現実の区別がついていないのか。
カノン、と言うと、思い当たるのはララが学校で使っている名前ということくらいだ。他に知り合いでカノンという人物は居ないはず。すずしろ、というのはなんだろうか。全く検討がつかない。
「まだ、夢?」
「夢じゃない。現実だ。そして君はクララベル・ロザリンドだ」
目を合わせて至近距離で言うと、ハッとしたように目の焦点が合い、「セレン様…」と答えた。
「そう、僕はセレン。思い出した?」
「は、い…思い出しました」
「昨日の夜、眠ったきり目を覚まさなかったんだよ。みんな心配したんだ。体は辛くない?」
こくりと頷いたのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。また記憶を失ってしまったのかと不安になったが、そうでは無いみたいだ。
空になったグラスをベッドサイドにおいて、話を聞こうとララに向き合う。
「それで、どんな夢を見ていたの?随分とうなされていたけど…」
瞬間、彼女の顔が強ばった。思い出したくないことを思い出してしまったかのような、強い恐怖を前面に押し出したような表情。すっと一筋の涙もこぼれる。
「ごめん、ごめんね。聞いた僕が悪かった。無理に話さなくていいから」
抱きしめて背中をさすり、選択を間違えたと後悔する。
「いえ…セレンに、セレン様に、聞いて欲しいお話があります」
そこから彼女は淡々と自分の身に起こったことを説明し始めた。
「驚かないで欲しいのですが、私には前世の記憶があるんです。私は地球の日本という国でアカデミーのような所に通っている普通の女の子でした。その時の名前が鈴白歌音です。でも、私の声が変だといじめられるようになって、暴力を振るわれるようになりました。最初のうちは我慢していたのですが、耐えきれなくなり、自ら…命を絶ちました。その後、天使のリアネン様にお会いして、クララベル・ロザリンドとしての生を受けました。しかし、私にはクララベルとして生きた記憶がないので、記憶喪失を装い、新しい人生を生きることにしました。これが私の秘密です…」
話し終えた彼女は、すっきりしたような、でもどこか悲しみを帯びたような表情をしていた。これでようやく、ララが異常に人を怖がる理由がわかった。1度死んだなんて、普通に聞いたら頭がおかしいのかと思うけれど、ララがそんな冗談を言うとは思えないし、何より彼女の表情や仕草が全てを物語っていた。
執拗に、左手の腕を掻き、強く掴む仕草と、若干の過呼吸。腕を見ると、蕁麻疹のようなものが出ていた。トラウマによるものか。
「ララ、だめだよ。傷になってしまうからね」
「あっ、すみません…つい、無意識で」
両手を握って、腕を掴めないようにする。僕の婚約者とはいえ、貴族令嬢の彼女に傷がついてしまえば色々と面倒なことが起こるだろうから。
しばらくして落ち着いた彼女は、頭を下げた。
「今までずっと、セレン様のことを騙してきました。申し訳ございませんでした。…でも、セレン様を失うのが怖くて、なかなか本当のことを言えなかったのです。もうセレン様の居ない人生なんて、考えられない、から…」
泣きながら謝る彼女の、なんと可愛らしいことか。そんなにも自分を必要としてくれることに、独占欲が満たされる。そもそも、騙されていたなんて思っていない。僕にだって、隠し事のひとつやふたつはある。例えば、ララの周りの男たちを排除していることだとか。
「そんなこと、気にしないで?教えてくれてありがとう。これからも変わらず、僕の隣にいてくれる?」
「はいっ、はい…」
ララの頬に流れた涙を親指で拭って、そっと触れるだけの口付けをした。
「な、えっ…」
「あれ、だめだった?」
耳まで真っ赤にして、ふるふると首を横に振る姿が愛おしくて仕方がない。いっそこのまま、腕の中に閉じ込めてしまえればいいのに。
そんなことを考えていたからか、無意識にララの唇を触っていたみたいだ。
「せ、せれんっ!」
「ごめんね、つい…?でも結婚したあと、これくらいでいちいち照れてたらもたないよ?」
僕の意地悪な言葉にさらに照れて、掛け布団に潜ってしまうのはすぐ後の話だ。
何がとは言いませんが、ついに、でしたね(*´˘`*)




