自信
プリン液をカップに流して、天板に並べる。お湯を張って窯に入れたら、1時間ほど待つ。その間に使った調理道具を洗って拭いていく。片付けまでが料理だから、というセレン様の方針だ。
「殿下にまで手伝っていただいてすみません…」
「いいのよ。私がやってみたいだけなのだから」
王女殿下はふわっと笑って、拭いた食器を棚に戻した。
「先生、プリンの様子はどうですか?」
「その先生っていうのはやめてもらえませんかね…今の所は問題ないと思いますよ。あとは乾燥しないように気をつけて見ているだけですね」
キラキラとした瞳で窯の中を眺めているジニア様は年齢よりも幼く見えるが、最近お会いするたびにご婚約者様の話ばかりしていたので、こうして楽しそうな様子が見られて嬉しく思う。
全ての食器が棚に戻ったので、調理場に椅子を並べて歓談することにした。私やセレン様、グレシャム様はあまり口数が多い方ではないが、社交好きのジニア様を中心に場は盛り上がる。
「最近の社交界はクララベル様とカートレッタ様のお話で持ちきりですわ。元々注目度の高いお2人ですけれど、叙勲式が終わってからは特にその傾向にありますね」
「騎士見習いの間でも噂になっていますよ。頭の切れるすごい令嬢がいると」
以前の私なら、本当に私のことですか?少し話が盛られていると思います…と言っていたところだが、アカデミーで囲まれて分かった。私はかなり注目を集めてしまっているということを。だから何も言わない。ただ、恥ずかしいと笑っているだけだ。
「セレンも気をつけておかないと横からちょっかいを出されるかもな。この前、令息たちの間でもロザリンド様のことが話題になっていたから」
「確かに、僕もどんな令嬢なのかと詰め寄られましたし…」
私の知らないところでそんなことが起きていたとは。知らなかった。
「皆様にご迷惑をおかけして申し訳ありません…」
「どうしてララが謝るの?みんな迷惑だなんて思っていないはずだよ」
セレン様の言葉に、ルアーラ様とグレシャム様が大きく頷いた。優しい人たちだ。
「ありがとうございます。そう言っていただけると心がいくらか軽くなりますわ」
精一杯の笑顔を送ったが、セレン様をはじめとした皆さんにはあまりお気に召さなかったみたいだ。なぜに…
「決して驕らない、慎ましやかな性格も魅力のひとつだけど、ここまで自己肯定感が低いと貴族社会で生きていくのは大変ね。噂が独り歩きしている今、社交界に出るのは得策ではないわ」
「そ、うですね。気をつけます…」
王女殿下の言う通りだ。大人しくアカデミーと伯爵邸の往復だけをしておくのが1番目立たなくて良い。そもそも、自ら進んで社交の場に出ようとなど思いもしないが。
焼き上がったプリンを窯から出して、簡易的な冷蔵庫に入れておく。私が以前、セレン様にチーズケーキを作った時と同じ仕組みのものだ。それぞれが持ち帰る分は、おがくずで覆った氷を麻袋に入れて保冷剤代わりにしてバスケットに詰める。これで屋敷に戻るまでの間くらいは持つだろう。
満足そうな顔をした「カートレッタ様にスイーツ作りを教わろうの会」参加者たちはわいわいと帰っていった。
「ララ様、そろそろ支度を始めませんと、約束の時間に遅れてしまいますわよ」
「…ん。もうそんな時間なの?」
昨日は王女殿下たちとプリン作りをして、その後もラッピングやドレス選びにこだわっていたせいで、寝るのが遅くなってしまった。もう起きなければならない時間なのに、体が言うことを聞いてくれない。
「さっ、起きますよ!」
ヴェラに掛け布団を取られてしまったので、無駄な抵抗はやめて支度をすることにしよう。
今日はお見舞いということで、華美なドレスは避けた。白いAラインドレスに濃紺のオーバースカートを重ね、ヒールの色を合わせる。髪飾りも同様だ。
セレン様が伯爵邸まで迎えに来てくださるそうなので、昨日作ったプリンを準備してサロンで待つ。きっとセレン様は約束よりも少し早く見えるだろうから。
私の予想は見事に当たった。15分も早い。
「こちらまで迎えに来ていただいてすみません…」
「ううん、大したことじゃないよ。今日のララはいつもより大人っぽいね。三つ編みのダウンスタイルがよく似合ってる」
「ありがとうございます。セレン様にそう言っていただけたらヴェラも喜びますわ」
セレン様のエスコートのもと馬車に乗り、アイドクレース公爵邸には約束の時間ピッタリに到着した。
「ようこそお越しくださいました。私がここの執事長を務めております。旦那様は応接室でお待ちです。ご案内いたしますね」
初めて見た公爵邸は王宮と見間違うほどの規模だった。大きな建物がコの字に配置され、庭園の木々は丁寧に整えられている。女主人がいないためか花は少ないが、閣下の気品を感じる作りだ。応接室に行くまでの廊下にも絵画や高そうな壺が飾られていた。
「旦那様、お客様をお連れ致しました」
「あぁ、入りなさい」
大きな扉が開かれて中へ入ると、アイドクレース公爵閣下がソファに腰を下ろしているのが見えた。失礼がないように、すぐに淑女の礼をする。
「アイドクレース公爵閣下、お初にお目にかかります。クララベル・ロザリンドと申します。本日は訪問の許可を下さりありがとうございます。お体の調子はいかがでしょうか?」
「ようこそ、クララベル嬢。君のおかげですっかり良くなったよ。ありがとう」
閣下は深々と頭を下げた。しかし私はそのようなことをされるような身分ではないので、慌てて姿勢を戻すようにお願いした。私はお礼をされるために助けたのではない。目の前で命が失われようとしているのを見て、自分にできることをしただけだ。




