最初の研究発表会
集団が見えなくなったところで、ふうっと息を吐いた。嵐は去ったというのに、まだ手の震えはおさまらない。
「クララベル様、おはようございます。すみません、助けに入ろうとしたのですが、貴族の方達ばかりで私ではどうにも…」
「いいえ、ありがとう。そう思ってくれただけで嬉しいわ」
アドベイラは申し訳なさそうな顔をするが、私を囲んだ人たちの間に割ってはいることは難しいだろう。私やセレン様が珍しいだけで、他の貴族たちは平民に当たりが強いから。
「はい…それでは改めて、おめでとうございます!さすがクララベル様ですね!」
「ありがとう。アドベイラにそう言ってもらえたら嬉しいわ」
私の身分や功績、叙勲されたという事実しか見ようとせず、自らの利益しか追っていない先ほどのような人たちとは違って、アドベイラは純粋に私を祝ってくれる。そもそも私は、媚びたり権力に固執したりしない彼女の姿を見て親しくしているのだ。
「おっはようございまーす!」
「おはようございます…」
いつも通りのジュリオさんとルードラさん。お祝いの言葉くらいは言ってくれるが、それ以上詰めてくることはない。やっぱり、すでに4年を共に過ごしたSクラスのみんなは信頼できる。
しばらくしてやってきたセレン様は、朝から疲れた顔をしていた。私と同じように、貴族たちに囲まれたそうだ。次期カートレッタ侯爵ということもあって、私よりしつこかったらしいが。
「定刻になりましたので、ただいまより高等部1年生の研究発表会を開会いたします。お忙しい中、お集まりいただきました研究アドバイザーの皆様、そして在校生の皆さん、ありがとうございます。まず初めに発表してくれるのは、Sクラス5人でチームを組んだ教育班です。それでは、よろしくお願いします」
午後、研究発表会が始まった。朝、囲まれたことでなんとなく気疲れしている私とセレン様だが、この発表会には国のトップ層の人たちの見えているのでそんなことを言い訳にはできない。
「これから私たち教育班の発表を始めます。よろしくお願いします」
みんなで何度も練習した礼、そして発表。私は主に資料作成を担当したので発表で発言することはないが、万が一質疑応答で想定していなかった質問が出ることがあれば、それに回答するのは私の役割になっている。そのため、一応ステージ上に立っているのだが、身体中に突き刺さる視線の刃が鋭い。
「私たちは、ロザリンド伯爵領で行われている平民の初等教育制度に興味を持ち、研究の対象とすることにしました。そして……」
リーダーであるルードラさんと、実際に伯爵領の学校で教師役をしているアドベイラが中心となって発表はつつがなく進んでいく。
研究を始めたきっかけ、テーマ、研究の経過など、今現在私たちが説明できることを、10分という短い発表時間の中に詰め込んだ。この世界には当然だが写真もなければ、スライドを作成することもできない。故に日本での発表よりも難しいと感じる。どうすれば、聴衆に正しく理解してもらえるか、興味を持って聞いてもらえるかを考えなければならないのだ。
「素晴らしい発表をありがとうございました。それでは質疑応答の時間に移ります。質問がある人は、所属とお名前を明らかにした上で発言をお願いします」
どうか質問は出ないでください!という願いも虚しく、すっと手が上がった。
「行政部の文官をしています、ヘリオドールと申します。ひとつお聞きしたいのですが、ロザリンド伯爵領に学校を作った際の財源はどこなのでしょうか。当然、伯爵令嬢の事業ですから、伯爵が支援なさっているとは思うのですが、前代未聞の事業に、巨額の税を投じるという決断はなかなかに勇気が必要だと思いまして…」
想定していた質問だったので、セレン様が答えてくれるはず。しかし、セレン様は私にしか聞こえないくらいの声で言った。
「ララが説明した方が伝わるから行って」と…
抗議する間も無く、背中を押されて演台の前に立たされる。セレン様の隣にただ立っていただけの時の数倍、視線が集まっているのを感じる。怖い、何もかも放ってこの場から逃げ出したい。そんな思いと、研究した一員として、事業を始めた者として、ロザリンドの長女として、この場で責任を持つ必要があるだろうという思いがぶつかって、ぶつかり合って後者が勝った。
あとでセレン様には目一杯文句を言うんだと心に固く決めて、震える手を前で組んで話し始める。
「ご、質問ありがとうございます。僭越ながら、わたくしクララベル・ロザリンドがお答えさせていただきます。私が伯爵に事業を提案した際、伯爵もヘリオドール様と同じ質問をしました。そこで私は、『将来への投資をしていただけませんか』と答えました。この事業が領民たちの未来にとって、そして領の発展に役立つものだと納得してもらい、投資として資金を確保してもらいました。財源はロザリンドの経営に関わる部分になりますので、回答を差し控えさせていただきます。これで質問の答えになりましたでしょうか?」
途中で止まれば再び話し出すのが辛くなる。それがわかっている私は、聞き取りやすいスピードを意識しながらも、なるべく早く終わらせようと努力した。
「よくわかりました、ありがとうございます」
ヘリオドール様にもご納得いただけたようなので、演台から下り、ルードラさんと交代する。他にもいくつか質問は上がったが、私が話さないといけないような内容ではなかったので、質疑応答が終わるのをぼんやりと眺めていた。数年前までの私なら気を失っていたかもしれないと思うと、なんだかおかしくて笑みがこぼれた。
ララも少し成長しましたね。作者も嬉しいです。




