婚約者①
昨日、夜遅くまで王国史の勉強をしていたせいで、ヴェラが起こしに来たのに気が付かなかった。勉強も程々に、と注意されてしまった。
まだ半分頭が寝ている状態で身支度をしてもらい、ダイニングへ向かった。
「おはよう、ララ」
「おはようございます、お父様、お母様。今日もお父様はお仕事ですか?」
お父様は王宮で文官をしていて、今日は休みだと聞いていたのに仕事着を着ているので聞いてみた。
「あぁ、少し問題が起こってしまったみたいでな。日付が変わる頃には帰れると思うんだが」
「それはまた随分と遅くなるのね、寂しいわ」
今日も朝から両親が通常運転で何より。
お父様たちがイチャイチャと話している間に、シェルファが来て朝食が始まる。今日1日何をして過ごすのか聞かれるのがいつものパターンだ。
「今日は王国史と礼儀作法の勉強をしようと思っています。それ以外には特にありません」
できることならスイーツ作りをしたいのだけれど、この世界では貴族が料理をすることはほとんどなく、使用人を雇う余裕がない家の者がすることなんだとか。
「それなら、そろそろ元気になってきたことだし、この手紙に返信を書いてくれないか?」
お父様から側付きの手を通って渡された手紙には、複雑な家紋の封蝋が押されている。この家紋、つい最近どこかで…
「それはカートレッタ侯爵家の嫡子様からのものだ。覚えていないだろうが、その方はララの婚約者なんだよ」
お父様、今ナンテ?コンヤクシャ?私まだ7歳なんですけど…
「お、お父様、そんなお話一言も伺っておりませんでしたわ!」
「ララはあの日から、知らない人に会ったり話したりすることを極度に怖がっているだろう?侯爵家には『申し訳ないが、娘の体調が戻るまでお待ちいただきたい』と伝えていたんだ」
えぇと、要するに、私には婚約者がいて、その方と近いうちにお会いしないといけないということだよね?前世で恋人どころか友達すらいなかった私にいきなり婚約者がいるだなんて言われても困る…
「そ、そうでしたの…分かりました、今日中にお返事をしたためさせていただきますね」
朝食を終えて自室に戻ってきた私は、とても美しい字で書かれた手紙とにらめっこしていた。内容としては、体調が良くなったら、会いたいので手紙を書いてほしいというものだった。いくら会ったことがない人でも、相手は侯爵家の方で、しかも私の婚約者。それでも、会って上手く話せる自信がないので、全くペンが進まない。
「ララ様、先方はお嬢様の記憶がないことを承知の上で会いたいと仰っているのですから、そう気にせずに日程を決めたらよろしいのではありませんか?」
見かねたヴェラがアドバイスをしてくれた。そうだ、そうなんだけど…
何を話せばいいのかわからないし、まだ他人と話すのはとても怖い。声と容姿が変わっても、私の本質的なところは何も変わっていないのだから。
えぇい、うじうじ悩んでいても仕方がない、こうなったらもうヤケだ。お会いして、記憶がないから知らない人と話すのは怖いって言えばいいんだ。うん、そうしよう!