名誉
駆けつけた医者によってアイドクレース公爵閣下は一命を取り留めた。使用人たちによって担架で運ばれていく時には、弱々しくも応答ができていた。
「ロザリンド嬢にはまた何か褒美を考えなくてはいけなくなってしまったな」
「いえ、滅相もございません…私は自分にできる精一杯のことをしただけにございます」
「まぁよい。今日は騒ぎになってしまったが、改めて2人の功績をたたえるとともに、ベスビアナイトの発展に期待する」
国王陛下のお言葉で叙勲式は終了した。玉座の間から出て背後の扉が閉まると、足の力が抜けて前室の床に座り込んでしまった。
「ララ!?」
「あっ、すみません…緊張が解けてしまって」
叙勲式だけでも心臓が爆発しそうなほど緊張していたのに、公爵閣下の処置も行ったことによって限界に達したらしい。立ち上がらなくてはと思っても、力が入らずどうにもならない。こんなところに座り込んでいたら邪魔になってしまうので早く避けないといけないのに…
「ちょっとごめんね?」
セレン様がそう言った瞬間、私の背中と膝裏に手がまわり、体が持ち上げられた。人生2度目の横抱き、俗に言うお姫様抱っこだ。
「セレン様っ!?」
「危ないからじっとしててね」
抗議しても降ろしてくれそうにないので、諦めて大人しくすることにした。前室から控え室まで十数人とすれ違ったが、温かい目で見られただけで、何かを言われることはなかった。
「はい、到着。お疲れ様!」
「あ、ありがとうございます…」
ソファに降ろしてもらい、ようやく一息つくことができた。もう王都は夏にかかって暖かいのに、セレン様はブランケットを私の膝にかけてくれた。
「脚が見えてる、から…」
「すみません!お見苦しいものをお見せいたしました…」
この国では、結婚前の淑女が異性に足首より上を晒すことは、はしたないとされている。先ほどドレスを切り裂いたせいで、膝が見えてしまっていたのだ。
「ううん、大丈夫。ヴェラ、着替えを用意してもらえるかな」
「かしこまりました」
馬車の準備ができたら伯爵邸に戻らないといけないので、新しいドレスに着替える必要がある。このまま外に出てしまえば、多くの人に脚を晒すことになってしまうから。
有事の際に対応できるよう準備されていた替えの礼服に着替えたら、ちょうど馬車も準備が整ったそうだ。
「じゃあ、また明後日、アカデミーで」
「はい、お疲れ様でした」
こうして波乱の1日は終わった。
「ララ様、お手紙が届いております」
叙勲式の翌々日、アカデミーに行くために早起きしてすぐ、ヴェラが1通の手紙を手渡してきた。社交の招待状や事業関係の手紙なら、机の上に置いてくれるのに、珍しい。何か大切な内容のものなのだろうか。
「ありがとう」
まだぼんやりとしている寝起きの頭で封蝋を見ると、それはアイドクレース公爵家からのものだとわかった。驚いて目が冴える。
急いで内容に目を通すと、まだベッドに臥せってはいるものの、ずいぶん回復した。お礼をしたいので、公爵邸に来て欲しい、というものだった。
現アイドクレース公爵閣下は、現国王陛下の大叔父様、つまりは先々代の国王の弟君。先代の国王が立太子なさったタイミングで公爵位を与えられて臣下に下ったお方だ。
「経過を案じておりますゆえ、今週末お見舞いに伺わせていただきます」と認めて、ヴェラに預ける。私がアカデミーに行っている間に届けてくれるだろう。
アカデミーに到着し馬車を降りると、なぜか大勢が正門の前に集まっていた。初等部から高等部、先生たちまでもが誰かを待っている様子だ。有名人でも来るのだろうか。
私は特に興味もないので、その横を通り抜けて教室へ向かおうとする。しかし
「ロザリンド様、おめでとうございます!」
「この歳で叙勲だなんてさすが天才令嬢様ですね!」
「ゆっくりお話ししたいので、ぜひ我が家に…」
わっと囲まれて、四方八方から一斉に話しかけられた。私はたくさんの人の話を同時に理解する能力は持っていないし、囲まれると軽くパニックになってしまう。
「あっ、えっと…そのっ」
「カートレッタ侯爵邸のパーティーでご挨拶した◯◯子爵家の…」
「教室に向かわれるんですよね!お荷物お持ちしますわ!」
「ちょっとあなた、抜け駆けは許しませんわよ。ロザリンド様、一緒にランチはいかがですか?」
「そういうあなたこそ!私もご一緒してもよろしいでしょうか!?」
頭の中に令息令嬢たちの声が響いて重なる。何か答えなければ、と焦るほど、喉が詰まったような感覚になる。結局のところ、多少は人と話せるようになったとはいえ、急なことに対応できるほどではないということだ。だんだん頭が痛くなってきた。早く逃げ出したい、そう思っても、囲まれてどうにもならない。
「す、みません…急いでいるので…」
かろうじて出た小さな声が届くことはなく、人は多くなっていく。セレン様や、社交好きのジニア様なら上手く応対できるのだろうと思うと、自己嫌悪に陥りそうだ。
『今のララに手を出せる令嬢なんていないよ?』
不意に、セレン様がいつの日か言ってくれた言葉を思い出した。ただそれだけのことで、私の心に余裕が生まれる。セレン様はいつもこうして私の背中を押してくれるのだ。
「みなさま、授業の時間が迫っておりますので、私はそろそろ失礼いたします。何かご用がございましたら、日を改めてご連絡ください」
震える声と手を押さえ、略式の礼をして答えた。私としてではなく、クララベル・ロザリンドとしてなら、頭を社交モードに切り替えてそれなりの対応することができる。切り替えるきっかけをくれたセレン様には感謝してもしきれない。
そして、令息令嬢たちはそれ以上何も言わず、立ち去ろうとする私の進行方向を空けてくれた。




