叙勲式
私は王宮のとある一室で、不安と緊張、恐怖に震えていた。小一時間後には叙勲式が始まってしまう。青い、ロザリンドの家紋入りの礼服を身に纏っていなければ、すでに逃げ出していたかもしれない。
「ヴェラ、体調不良で欠席…」
「だめです」
「まだ言い切ってないのに…!」
ヴェラには私の思考が全てお見通しだったらしい。考えてみれば、6年間、1番長い時間を共に過ごしたのだから当然なのかもしれない。
叙勲式は玉座の間で行われる。そこは、その名の通り玉座が鎮座している場所で、国王陛下をはじめとした王族の方々に臣下が謁見をする場だ。正式な式典の時には貴族や関係者の官僚たちが集う。
「お嬢様、お客様がお見えです」
「お客様?来客の予定はあったかしら…とりあえず通してちょうだい」
準備は全て整っているとはいえ、この時間に訪問するのは特に親しい間柄以外は失礼に値することだ。お父様は先に他の貴族たちと同じように玉座の間へ入ると言っていたので違うだろう。だとしたら、私を訪ねてくる人なんてかなり限られる。
「忙しい時間にごめんね。もう準備は整ったかな?」
「セレン様…!」
グレーの生地に赤の差し色が入った礼服を身に纏ったセレン様は、前髪を上げていつもより大人っぽい印象だ。
「緊張しているかなと思って迎えにきたんだけど余計だった?」
「いえっ!助かりました…緊張して爆発しそうだったので」
ふふっと笑った彼は、私のすぐ隣に腰を下ろした。いつも通りのセレン様が近くにいるだけで、少し心に余裕ができた気がする。やっぱりセレン様の存在は偉大だ。
ヴェラが用意してくれた紅茶を飲んで、式までの時間を過ごす。担当の使用人が呼びに来るまでの時間は、短いようで長く、やっぱり短かった。人の体感とは不思議なものだ。
「お時間となりました。お2人は移動をお願いいたします」
「「はい」」
いよいよ叙勲式が始まる。目の前の扉が開いたら礼をしてから国王陛下の前まで進み、膝をついて待機する。許されたら顔を上げて、陛下からの叙勲を受ける。そしてあらかじめ決めておいた礼の言葉を述べる。
それだけ。大丈夫だ。何度も伯爵邸の廊下で練習したし、イメージもした。あとはこの速い鼓動さえ落ち着いてくれれば。
「さぁ、ララ。深呼吸して?」
「えっ、あ、はいっ!」
目を閉じて大きく息を吸い、吐く。セレン様に握られた右手の温もりと、前室の静寂を感じる。目を開けて、大きな扉をじっと見つめた。この扉が開けば、一斉に視線が集まることだろう。私の対応によっては今後の人生に大きく影響する。失敗すれば、ロザリンド伯爵家に、そしてカートレッタ侯爵家に迷惑をかけることになる。そこまで思考を至らせて、ありがとうございます、と言ってセレン様の手を離し、覚悟を決めた。やるしかないんだ。
「セレン・カートレッタ侯爵子息様ならびにクララベル・ロザリンド伯爵令嬢様の入場です」
扉は2人がかりで開かれ、貴族たちの拍手が響く。私の視線のつく先には、玉座に座る国王陛下と隣に並び立つ王妃殿下、王女殿下。国王陛下と王女殿下とは何度かお話ししたことがあるけれど、こういった公的な場での雰囲気はまた違う。
私は淑女の礼を、セレン様は紳士の礼をして、貴族たちが並ぶ間を通って玉座の前まで進み出る。膝をついて待機。しばらくして陛下からのお許しをいただき顔を上げた。
「セレン・カートレッタ、クララベル・ロザリンド両人に王室勲章を授与する。今後とも我がベスビアナイトの発展に尽力することを命ず」
「「謹んでお受けいたします」」
名誉の証である勲章と、誓いの証である短剣を受け取って、もう一度深く礼をする。なんとか大きな失敗をすることもなく、無事に終わったと密かに息を吐いた。その時だった。
「きゃぁぁ!」「公爵様!!」「誰か、早く医者を!!」
私たちの左側にいたアイドクレース公爵閣下が、胸を押さえて苦しそうにしてから、床に倒れて意識を失ったのだ。当然、玉座の間は騒然とし、従者たちがバタバタと医者を呼びに走った。しかし、意識を失っている以上、一刻を争う状況だ。なりふり構ってはいられない、1人の命がかかっているのだから。
動くのに邪魔になる高いヒールは脱いで、長い礼服を先ほど賜った短剣で裂く。これでいくらか動きやすくなっただろう。
「…す、すみません、道を開けてくださいっ!!」
わらわらと閣下に群がっていた貴族たちは、不思議そうな顔をして離れた。
頭を閣下の胸の位置まで下げて見ると、呼吸が止まっているのがわかる。首に触れると、やはり心拍も確認できない。私はすぐ、手を組んで心臓マッサージを始めた。一定のリズムで絶え間なく。前世で受けた保健の授業でしかやったことがないけれど、何もしないよりはマシなはず…
「閣下の御身に気安く触れるでない!!」
「少し黙っててくださいっ!命に関わる状態です。セレン様、私の真似をしていただけますか。交代をお願いしたいのです」
「わかった。リズムだけ取ってもらえるかな?」
「もちろんです!」
セレン様と交代して、私は手を叩いてリズムを示した。1分おきくらいでセレン様と交代し、腕が痛くなってきた頃、
「ごほっ!」
「公爵閣下!」
意識を取り戻した。
それからしばらくして王宮専属の医者が到着し、処置はお任せする。ここまで来てようやく、信じられないくらい注目を集めていたことに気がついた。
今話の中に医療関係の話が出てきますが、作者もララと同じように保健で習った知識しかありません。ご了承ください。




