呪い
パーティーは中盤、セレン様の追い討ちに負けて休憩室に戻ってきた。あれ以上会場にいれば、間違いなく羞恥と恐怖で死んでしまっていた。
「大丈夫ですか?お顔が赤いですけれど…」
「だ、大丈夫よ。少し休憩してから戻るわね」
ヴェラは鎮静作用があるジャスミンティーを淹れてくれる。テーブルセットのソファに腰を下ろすと、ふうっと軽いため息が出た。
前世と比べばマシになったとはいえ、大勢から注目を浴びることに恐怖を感じる。笑われているような、悪口を言われているような、そんな気がしてならないのだ。
ベスビアナイト王国において、重要な職を持つお義父様、社交界の華であるお義母様、王立アカデミー初・中・高等部全てでSクラス首席を譲ったことのないセレン様。こんなにすごい人たちの隣に立っている自分を、身の程知らずだと感じることがある。
昨日のレッスンの時にも言われたことだが、私には貴族令嬢として、次期侯爵夫人としての自信が圧倒的に足りない。それはきっと、今の私から「クララベル・ロザリンド」をとってしまえば何も残らない、ただの女の子になってしまうからだ。
「ララ様…?」
「あっ、ごめんなさい。そろそろ戻らないといけないわね」
考え事をしている間に随分と時間が経ってしまったみたいだ。会場にいるセレン様たちを心配させないためにも早く戻らないと。そう思って立ち上がり、廊下へ出る扉に手をかけた時だった。
「ご覧になりました?あの髪と瞳。隣に銀髪の方が並ぶとより一層目立ちますわね」
「えぇ、もう恐ろしくて近づけませんでしたわ。私たちにまで呪いがかかったら困りますもの」
「本当ですわ。黒髪と赤い瞳だなんて、悪魔の生まれ変わりのようですわ」
「悪魔が、なんですか?」
「「…っ!ロ、ロザリンド伯爵令嬢!?」」
後先考えず、気がついたら大きな音を立てて扉を開いていた。廊下で大きな声で陰口を言っていた2人はおそらく、伯爵夫人だ。社交界に疎く、大人がいる会に初めて参加した私には名前までは分からないが。きっと後ろに控えているヴェラが把握していることだろう。
「こ、これはその…」
「侯爵家のことを揶揄した発言が聞こえましたが、何かご用でしょうか?」
夫人たちは完全に萎縮して床に座り込んでいる。セレン様のことを悪く言った上に、言い訳をしようとする人に容赦をかけるつもりは毛頭ないが。
「ロザリンド伯爵令嬢も近くにいると呪われてしまいますよ!?あなた様が記憶喪失になられたり、お倒れになったりしたのも、かの方のせいではありませんか?」
「そ、そうですわ!早急に離れた方がよろしいかと…この国貴族なら皆知っています。黒髪は悪魔の生まれ変わり、赤い瞳は前世で殺した人たちの血の色だと…」
この人たちは、心の底から呪いとかいうふざけたことを信じているのだろう。そうでなければ、婚約者相手にこんなに堂々と侮辱することなどできるはずがない。
でもある意味、噂として面白おかしく揶揄しているだけの方がまだマシだろう。本気で信じている人に真実を納得してもらうのはとても難しいことだから。
「そうですか、そこまでおっしゃるのでしたら、私も言わせていただきますね。私が記憶喪失になったのは流行りの病のせいです。もしもカートレッタ様のせいだとしたら、この国を揺るがす流行病を引き起こしたということになりますが、そんなこと、あるわけがないでしょう。彼は普通の人間です」
「で、ですが…」
「そして、私が倒れた件ですが、あれは私の自己管理の甘さからきたものです。カートレッタ様には何ひとつとして関係ありません。むしろ、私のせいでお忙しいカートレッタ様にご迷惑をおかけしてしまったことを、申し訳なく思っているくらいです。ですので、この件に関して何かご意見があるのでしたら、私に直接、おっしゃってくださいませ。よろしいですか?」
「「は、はいっ…」」
この2人は、今回の件に懲りるタイプの人間ではないと思う。心の底から、セレン様が呪いをかけると信じている様子だから。それでも、私がここでこうして意思を示したことで、社交界に多少の効果はあるはずなのだ。なんてったって私は、身分としてはロザリンド伯爵令嬢だから。
「ララ様、いかがなさいますか?」
ずっと後ろに控えていたヴェラは、夫人たちが立ち去ってから声をかけてきた。
「あまり大事にはしたくないから、そのまま放っておきましょうか。セレン様の耳に入っても心地のいい話ではないしね」
「かしこまりました。旦那様にはご報告をあげておきます」
「えぇ、よろしく」
会場に戻って見回すと、先ほどの2人が数人の輪の中にいた。入ってきた私の方をちらちらと見ながら話している様子だ。2人には頑張って話を広めて欲しいところだ。セレン様のことを揶揄するということは、カートレッタ侯爵家だけではなく、ロザリンド伯爵家をも敵に回す行為だということを。そして、私はセレン様を大切に思っているということを。
「おかえり。遅かったけれど何かあったの?」
「いいえ、休憩した後にご夫人方とお話ししていただけですわ」




