無自覚
今日のドレスは、腰より上が濃い紫色、下が白。ふんわりと広がったパフスリーブと胸元を飾るフリルがマダムスミスのこだわりだ。長い銀髪は編み込んで華やかなアップスタイルにし、大粒のアメジストがはまったイヤリングを揺らす。
自室の姿見に映った自分の顔は、ひどく緊張していて、お世辞にも社交的には見えない。仕方がないのだ、人間の根本的な性質は簡単には変わらない。私が信じられるのは、真剣に練習した日々と、隣にいるであろうセレン様だけ。それで十分だ。
「本日はご招待いただきありがとうございます」
「ようこそカートレッタ侯爵家へ。ごゆっくりとお過ごしください」
繰り返される定型文の挨拶を、セレン様の隣で笑顔を浮かべて聞いている。招待客のお出迎えはお義父様とお義母様が主に会話されるので、セレン様と私は一歩後ろに控えているのだ。
「疲れてない?もう少しだと思うけれど…」
「ありがとうございます。もちろん、問題ありませんわ。まだパーティーは始まってすらいませんし」
「でもずっと立ちっぱなしだし…」
こういう時、セレン様の過保護ぶりは底知れない。元はと言えば、私が無理をしすぎたり一気に緊張が解けたりして倒れたのが原因なので何も言えないが。
「セレン、クララベル嬢のことをもう少し信頼してもいいんじゃないか?彼女も彼女なりに考えて礼儀作法のレッスンを受けたり剣術を習ったりしているのだから」
「…確かにそうですね、すみません」
お義父様の一声で引き下がったセレン様だが、顔には心配だと書かれている。お義父様の言うとおり、昔に比べれば体力もついたし、精神的にも強くなったはず。心配してもらえるのはありがたいけれど、少しくらいは信用してもらえたらいいな。
招待客が全員揃ったら、会場のホールで開会の宣言がされる。お義父様の挨拶の後、自由に歓談する時間となる。カートレッタ一族に声をかけに来る人も少なくないが、遠巻きに眺めているだけの人もいる。
今日は夕方から夜にかけて行われるパーティーなので、成人前の子供はいない。つまり、私には顔見知りがほとんどいないのだ。セレン様の隣で大人しくしておくのに限る。
「セレン様、クラバットが曲がっていますわ。少しじっとしていてくださいね」
手を伸ばして直そうと試みる。言い出したのはいいのだが、男の人のクラバットなんて触ったことがなかったので、手間取ってしまう。なんとか直って見上げると、バチッと目が合った。真剣になっていたのを見られていたのだろうか。恥ずかしい…
「ありがとう、助かったよ」
「い、え…」
なんとなく、気まずくはないけれど気恥ずかしい沈黙を破ったのは、先ほどまで招待客のマダムとお話しされていたお義母様だった。
「あらぁ、可愛らしいわ…」
「こらこら、若い2人の邪魔はするもんじゃないよ」
「そうね、ごめんなさい。続けてちょうだい?」
「母上!!」
セレン様はお義母様の発言に対して抗議の視線を送ったが、当のご本人は手をひらひらと振って離れていってしまった。お義母様は昨日のようなレッスンの時にはきっちりしていて頼りになる感じだけれど、こういった時にはお茶目さが前面に出ている。こういうところが社交界で愛されているのだろう。
「お義母様はさすがですね。私もあんなふうになれたらいいのに…」
「えぇっ!?」
「ダメですか?」
「ダメではないけれど…見習うべきところとそうじゃないところがあるからね?」
セレン様は困ったように笑って、ふわっと軽く頭を撫でた。ヴェラたち侍女の素晴らしい仕事ぶりを乱さないように注意をはらって。
瞬間、会場が騒がしくなり、全身に視線が刺さった。思っていたよりも注目を集めていたみたいだ。
「セレン様、皆様から見られています…」
「うん、そうだね?」
何か問題でも?という顔をされた。本当にこの人は、私のことになると周りの視線を気にしなくなる。普段は当たり障りのない言動を心がけている印象なのに。
「ララは僕の婚約者で、大切な人なんだってことを示しておかないとね。今の所は僕たちが守っているけれど、今後、知らないところでララに手を出す輩が現れるかもしれないでしょう?」
「そんなモノ好きはセレン様くらいだと思いますけど…」
「心外だなぁ…まぁ、今は分からなくてもいいんだけどね。とりあえず、気をつけてよ?」
「もちろんですわ。私にはセレン様しかいませんから」
そういうところだよ、と言われたが、どういうところか分からない。そして、セレン様が思っているよりもずっと会場の視線を集めているので、もう少し離れて欲しい。この距離感は、2人きりの時だけ許されるものだろう。
「もう少し、距離を、とりましょう…すごく見られていますわ…」
そろそろ私の我慢も限界だ。恥ずかしすぎて顔は真っ赤だろうし、目も泳いでいる。セレン様の意図とやらはもう十分達成したはず。
「そう?残念」
お出迎えの時のセレン様はどこへやら。やり過ぎな程に心配してくれていた表情とはうって変わって、時々私に見せるいたずらな笑顔だ。
「もうっ、からかっておられましたわね?」
「そんなことないよ、ララの照れて怒った顔が可愛いなって思っただけ」
「そういうところがダメなんです!2人の時にしてください!!」
追い討ちにとうとう限界を突破した私は、見上げて睨みつけた。
忙しい期間を乗り越えたので、次話から通常通りの毎日投稿(目標)に戻ります!




