研究計画
初等部と中等部に比べて高等部が難しいと言われる要因の1つは、研究という授業の存在だ。王立アカデミーの高等部は日本でいうところの大学のような場所で、自分が取りたい授業を受けつつ、研究室に所属して各分野の研究を行う。大学と大きく違うのは、教授のような存在がいるのではなく、何人かの生徒たちが協力して研究室を立ち上げるという点だ。どちらかというと、高校でやるような「総合的な学習の時間」の授業に近いかもしれない。そのため、必修の授業は多くない。
高等部に進学した生徒たちは、4年かけて研究する課題を見つけるのに苦労するらしい。確かに、そう簡単に見つかるものではない。
「クララベル様、もう課題は決まりましたか?」
「いえ、候補はいくつかあるのですが…アドベイラはどうするのですか?」
アドベイラもまだ決まっていないという。他のSクラスの3人は決まっているのだろうか。
「まだですね…」「残念ながら決まってません!」「早く決めないといけないんだけどね…」
なんとも綺麗に全員決まっていないという。研究計画書の提出まであと2週間。構想を練る時間を考えると、悠長に悩んでいられるのはあと2日というところだ。研究室のメンバーも、自分を含めて最低2人は集めないといけないのに。
「いっそのこと、この5人で組みません!?最強だと思うんですけど…!」
SクラスのHR教室で各々が頭を悩ませていたところで、ジュリオさんがいきなり大きな声を出した。あまりに唐突でびっくりしたが、確かにいい提案だ。メンバー探しをしなくてもいいし、関係性もある程度構築されている。そしてなんと言っても私たちはSクラスなのだ。
「僕の意見に反対な人、いますか!?…いませんよね、決定です!!」
「それはいいけれど、肝心の課題が決まってないよ。5人とも得意科目も興味も違うんだから決めるのは大変だよ?」
ルードラさんのいう通りだ。中等部に入学してすぐに開催されたクラス対抗戦の時に判明したことだが、それぞれの得意科目が見事に全員バラバラだ。当時はそのおかげで広い範囲をカバーできたわけだけれど、今回は逆にまとまらない原因になりかねない。
「うーん、確かに…」
再び黙り込んでしまい、教室にしばらくの沈黙が流れる。
算術、家政科、王国史、地理という4つの科目に共通する何かを見つけ出せればいいのだが。
「何を悩んでいるのかね?」
音を立てて扉を開け、教室の中に入ってきたのは担任のおじいちゃん先生だ。おじいちゃんと言ってもまだ65歳くらいなのだが。
「研究課題の設定にてこずってまして…」
「なるほど…私らも苦労したものだよ。1つアドバイスするとしたら、何も全員の得意科目が満たされていなくてもいいということだ。これを機に全く触ったことのない学問に触れるのも一興だよ」
そう言い残して教室を去っていった先生は、一体何の用だったのだろうか。
「触れたことのない学問に触れるのも一興、ですか…」
セレン様がぼそっと言った直後、ルードラさんが私をじっと見て続けた。
「それなら僕、ロザリンド様の事業が気になります」
事業というと、「教育改革大作戦」のことだろうか。
「具体的に何を…?」
私の事業はある程度軌道に乗り、今後他領が取り入れてくれるのを気長に待っている状態だ。これと言って研究課題になりそうなところはないと思うのだが。
「この事業がもたらす経済効果を計算し、投資額と比べてどれほどの利益が出るのかを数字で示すのはどうですか?具体的な数字が明示されれば、国中の貴族の方達が動いて下さるかもしれません」
「確かに、貴族たちを動かすには明確な数字が効果的ですが…どのように計算するのですか?」
セレン様の指摘に、ルードラさんは確かに、と口を閉ざしてしまった。
「そこは、『巨人の肩の上に乗れ』ではありませんか?」
「巨人の肩?」
曖昧な記憶だが、前世には「巨人の肩の上に乗る」という言葉があった気がする。意味は「先人の発見を土台にして、新たな発見をする」というものだったはず。意味を説明して、「とりあえず、王立アカデミーに通った人と通わなかった人の生涯年収を比べてみるのはどうでしょうか」と提案してみる。
「なるほど、面白そうですね…」
「はい、私その研究やりたいです!」
珍しくアドベイラが声を張って主張した。なんでも、ロザリンド伯爵領の学校の有用性を証明し、いずれは国中に学校を作る、そして自分は教師になるという夢があったらしい。私が始めた事業がこうして1人の女の子の人生に影響を与えたということを嬉しく思う。
「じゃあ第1計画書はこの内容で提出しましょう。今後さらに深められるところがあれば、その方向で進んでいくということで」
言い出しっぺのルードラさんがこの場をまとめ、研究のリーダーということになった。4人からは私がやるべきだと勧められたけれど、私はそんな器じゃない上に他のことも請け負っていて忙しい。できれば他の誰かにお願いしたいと断ったのだ。
1週間半後、私たちはどこの研究室よりも早く計画書を提出した。大部分はルードラさんとアドベイラが記入してくれて、私は学長やお父様に話を通した。一応協力してくださっている関係機関には報告しておかないとね。
こうして私たちの研究は始まった。




