セレンの幸せな1日
45話はセレン・カートレッタ目線で進行します。
僕の1日は、側付きの使用人から予定を説明されるところから始まる。今日は2週間ぶりにララと2人で会える日だ。
約束の時間まで5時間ほどあるので、ゆっくり準備することにしよう。日課の素振りをした後、朝食をとる。父上は仕事ですでに家を出ていて、母上はお茶会の準備で忙しそうにしている。
ララのために、以前好きだと言っていたアップルパイを焼いて、側付きが持ってきた書類の山に目を通し、決裁をしていく。いくつか抱えている事業のことを考えながら、早く時間が過ぎればいいのにと思う。早く、ララに会いたい。
「すみません、もう少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「いえ、こちらこそ約束よりも早くきてしまい申し訳ありません」
伯爵邸へ行くと、ララは取り込み中だという。事業を始めてから随分と忙しそうなので仕方がない。むしろ、無理をしていないか心配しているくらいだ。
代わりに応対してくださったお義母様としばらく過ごすことになった。
「久しぶりにお会いしましたが、以前よりも表情が明るくなられましたね」
「それはひとえにクララベル嬢のおかげです。彼女がいると毎日が輝いて見えますから」
「ふふっ、随分とうちの娘にご執心な様子ですわね」
ララとそっくりな容姿をしているお義母様が笑うと、ララが大人になった姿を見たようだと感じる。
1杯目の紅茶が空になったが、ララはまだ姿を見せない。いつもは少し早く来ても待ち構えてくれているくらいなのに珍しい。
「カートレッタ様は、クララベルのどこがそんなに気に入っておられるのですか?」
「そうですね、まず、僕自身のことを好いてくれているというのが1番大きいです。ありのままの僕を受け入れてくれて、信頼を寄せてくれるところもですね。あとは…」
「わ、かりました。よく分かりましたので」
お義母様が右手で制止し、続ける。
「今更ですが、カートレッタ様になら娘を安心してお願いできますわ。そうね…ララは少し、いやかなり奥手ですから、多少ぐいぐい押してもらっても構いませんわ」
「言質、いただきましたので」
きっと僕は悪い顔をしていただろう。
「お待たせいたしました!遅れてしまってすみません…」
少し息を切らせて応接室に顔を出したララは、深々と頭を下げた。
「気にしないで。ララも忙しいんでしょう?」
「それはそうなのですが…セレン様をお待たせしてしまうなんて…」
困った顔をするララは今日も可愛い。半日しかない貴重な時間が惜しいので、お義母様に断ってからララの自室へと移動する。
ヴェラがティーセットを整えて退室すると、ララはもう1度謝罪した。そんなに気にしなくてもいいのにと思いながらも、そんなララでさえ可愛くてじっと眺めてしまう。
「そうだ、アップルパイを焼いてきたんだけど食べる?」
「アップルパイですか!私大好きなんです!」
よほど好きなのか、アメジストの瞳をキラキラと輝かせている。やっぱりララは困った顔よりも笑った顔の方が似合う。むやみに他の男の前で披露しないで欲しいところだが。
「やっぱり美味しいです。いつもありがとうございます、セレン様」
「どういたしまして。ねぇララ、ついてるよ」
笑ったララの口元についたりんごのジャムを、親指で拭った。顔を真っ赤にしたララの頬は、ジャムよりもはるかに甘い。
「2人きりの時くらい敬称をつけずに呼んでって言ってるのに、頑なだね?」
「いまさら恥ずかしいんです…」
あからさまに視線を外したララをソファの端に追い込んで、逃げられないよう顎に手をかける。
「呼んでくれないの…?」
「ずるいです、そんなの、ずるい…」
ララこそ、ずるい。潤んだ瞳で見つめられたら、僕の方が悪いことをしているみたいじゃないか。僕はただ、ララにセレンと呼んで欲しいだけなのに。
「素直に呼んでくれたらこんなことしなくて済んだのに?」
「うぅっ…」
「ね?ほら、どうしてもだめ?」
「…私の負けです、セ、レン…」
ぎゅっと目をつぶって、絞り出すような小さな声で紡がれた僕の名前は、人生で1番尊いものだった。出来ることなら一生、このまま腕の中に閉じ込めておきたいと思うほどに愛おしい。
「他の人がいるところで呼んだらだめだからね。人殺しにはなりたくないでしょう?」
こんなに可愛いララを他の人に見せるのも耐えられない。そして、その破壊力で死んでしまう。
「ひとごろっ!?」
「約束だよ?」
慌てて頷いたララの髪に、甘い甘いキスを落とした。今日のところはこれで我慢。
作者が尊死しそうです…




