家族団欒
記憶喪失のふりをしている私だけど、身分は伯爵令嬢なわけで。
「ララ様、失礼致します。お目覚めでしょうか?」
ノックをして入室してきたのは昨日の女の子、ヴェラ。メイドなのかと聞いたら「ララ様専属侍女です!」と怒られたが、正直メイドと侍女の違いはまだわからない。
「昨夜はよくお眠りになれましたか?あまり顔色がよろしくないようですが…」
「ごめんなさい、なんだか落ち着かなかったんです」
侍女をはじめとする使用人たちには敬語を使わないように、とお母様から指導された。いくら記憶喪失でも、示しがつかないんだとか。日本の一般家庭で育ってきた、そして長年クラスメイトにいじめられてきたわたしにとって、ほとんど初対面の人に敬語を使わないことはとても難しいことだ。
「そうでしたか。少しずつでいいですから、敬語、やめてくださいね?」
また注意されてしまった。
「それはそうとララ様、旦那様が体調が良いようなら朝食はダイニングで、とおっしゃっていましたがいかがなさいますか?」
あまり行きたくはない。しかし、いくら本物のクララベルじゃなくても、新しい家族として会話の場を設ける必要があるだろう。今世は幸せに生きると決めたんだ。家族と仲良くできなければ、その夢は遠のいてしまう。
「体調は、大丈夫です。だ、ダイニングに…行きます」
「かしこまりました。それではお召し替え致しましょう」
ヴェラは私を化粧台の前に座らせ、自分はクローゼットの扉の中へ消えていった。
昨日も思ったけれど、やはりとても私だとは思えないくらい綺麗な顔立ち。しばらく眠っていたために痩せ細ってはいるが、それくらいで曇る程度ではない。
ワンピースドレスと箱を持って出てきたヴェラは、私の髪をハーフアップに結い、軽くメイクを施した。瑠璃色のワンピースドレスを着て、ヒールの低い白のパンプスを履くと、どこからどう見てもお嬢様という言葉が相応しい姿になった。こんなに容姿がいいなら、何もコンプレックスはなかっただろうな。
「いらっしゃい、昨日よりは顔色が良くなったわね」
ダイニングには、両親と側付きの使用人が待っていた。
「お父様、お母様、おはようございます」
きちんと挨拶ができた。人と話すのが苦手な私だけど、両親と弟のシェルファ、侍女のヴェラになら詰まらずに話せるようにはなった。4人からはクララベルを大切に思う気持ちがひしひしと伝わってくるし、纏う雰囲気が柔らかくて優しい。簡単に人を信用してまた傷つくのは怖い。でも、見た目も声も変わったんだからきっと大丈夫。
「遅れちゃった。おはよう、姉様!」
「おはよう、シェルファ」
シェルファは記憶喪失の私に優しく接してくれて、すでに敬語じゃなくても話せるようになっている。私にしては珍しいし大きな一歩だ。
家族4人で席につき、使用人が朝食を運んでくる。
「本日のメニューは、トマトと卵のスープ、レモンと鶏肉のサラダ、鮮魚のオレンジソース焼き、王国牛の香草漬けステーキ…」
まだまだ続いて、最後に「お嬢様は病み上がりですので、別でご用意いたしております」と言われた。
ツッコミどころは色々とあるけれど、食べ切らずに残された料理が下げられていくのが1番気になってしまった。
「もったいない…」
「え?」
つい口に出たのをシェルファに聞かれてしまった。
「姉様、モッタイナイって何?」
まずい、どうやって誤魔化したら…
「ええっと…大切な命を頂いているのに残してしまうのは申し訳ない、という意味かな」
なんだか微妙な空気になってしまった。この世界では、食べきれない量の食事を残すのが貴族の風習で、昨日の夕食も完食しようと頑張ったら止められた。
「ララ、その考えはどこで?」
お父様の目が細く鋭くなった。完全に怪しまれている。
「どこでしょうか…残念ながら思い出せません」
嘘をついてごめんなさい。でも本当のことを言うわけにはいかないんです。
「私はとても素敵な考え方だと思うわ。ねぇ、あなた、そう思わない?」
「あぁ、そうだな。料理長に次の昼食から量を減らすように伝えてくれ」
「か、かしこまりました?」
思っていたのと違う方向に進んでしまったけれど、無駄になる食材が減るならよかったということにしておこう。深いことは考えない方がいい。
午後、シェルに手を引かれて屋敷の敷地内にある温室へ出てきた。そこは多種多様の花が咲き誇る美しい場所だった。中央にはテーブルセットが置かれている。
「すごいわね。こんなに綺麗な温室、初めて見たわ」
少し貴族らしい口調を意識してみる。気恥ずかしい気がするけれど、これからこの世界で生きていくなら必要なことだ。頑張らなくては…
「姉様、こちらへどうぞ!」
シェルファが椅子を引いてくれて、ゆったりと紅茶を飲んだり、スイーツをつまんで過ごす。前世でも息抜きでスイーツ作りが好きだったから、こうして今世でも食べられるのは素直に嬉しい。日本ではあまり見かけなかった種類の物もあって、食べるのが楽しい。つい数日前まで、お菓子を食べてゆっくり心穏やかに過ごすなんてことをする余裕はなかった。人生って不思議な物だ。