成長の結果
ヴェラの声で起きて、軽く身支度を整えた。今日は学校で作業をしてから、半日ほど馬車に乗って王都に戻る予定になっている。そのため、装飾の少ないワンピースを選び、髪はポニーテールに結った。
朝食をとるためにダイニングへと降りると、いつも私より先に起きるセレン様がいない。使用人がついていながら、珍しく寝坊でもしたのだろうか。
「あら、セレン様はまだ部屋にいるの?」
「いえ、中庭で剣の鍛錬をしておられますよ」
「わかったわ、私が呼びに行くわね」
渡り廊下を抜けて中庭に向かうと、セレン様と男の人の声が聞こえた。
「セレン様、朝食の用意が出来たようですわ。キリの良いところで戻ってくださいね」
「おはよう、ララ。わかった、すぐに戻るよ」
セレン様は打ち合っていた木刀を男の人に預け、タオルで汗を拭った。朝からなんとも爽やかな笑顔だ。
一緒に朝食をとった後、学校へ向かうと、授業を受けに来た子供たちと遭遇した。目立たないように歩いて来たので、ちょうど時間が被ったみたいだ。おはようございます!と言いながら駆けて校舎に入っていく姿を見ると、多くの人を説得して作った意味があったと感じる。
「カノンさん、少し手伝っていただけませんか?」
事務作業を終えて一息ついていた時、アドベイラに声をかけられた。もちろん、アドベイラの頼みなら出来る限り協力する。何を手伝えばいいのかと聞いたが、とりあえず来てくださいと手を引かれて、授業をしている教室までやって来た。
「はい、ということで今日は、カノン先生がみんなに算術を教えてくれます!」
「えっ、ほんとう!?」「やったぁー!」
突然アドベイラはとんでもないことを言い始めた。私に教師役なんてできるはずがない。最近になってやっと数人の前でなら話せるようになった程度なのに、20人以上の前で授業をすることなんて私には難しすぎる。
「え、と…あの、アドベイラ…?」
「大丈夫です、カノンさんなら出来ます!」
抗議の視線を向けてみたが、効果はないみたいだ。勇気を出して教室を見回してみると、後方でセレン様が手を振っているのが見えた。私は緊張と恐怖でどうにかなりそうだというのに、何という嬉しそうな笑顔。仕方がない、やるしかないみたいだ。
「…は、初めましての人もいると思います。カノン先生と呼んでください。今日はみんなに基礎的な算術を教えることになりました。よろしくお願いします…」
「「「よろしくお願いします!!」」」
声が震えて全く先生らしさがない私に比べて、子供たちの声は元気いっぱいで目がキラキラしている。覚悟を決めて1桁同士の足し算から教えていく。この教室にいる子供たちは日本でいうところの小学校1、2年生くらいなので、特に問題なく理解してくれるはずだ。
「ここに2個のリンゴと3個のリンゴがあります。合わせたら何個でしょうか?」
「「ご!!」」
45分の授業は大きな問題が起こることもなく、順調に終わった。これも全ては、サポートしてくれたアドベイラとセレン様のおかげだ。前世のトラウマのせいで、人と話すこともアカデミーに通うことも嫌がっていた以前の私と比べると、随分マシになったように思える。5年半という長い年月をかけて、やっと少しだけ本来の「私」を取り戻したのかもしれない。
「お疲れ様。子供達からわかりやすいと好評だったみたいだよ」
「よかったです。それが聞けて安心しましたわ」
帰りの馬車の中で、セレン様からお褒めの言葉をもらった。セレン様はいつも、私がその時に欲しい言葉をくれる。
「ララは記憶を失くす前は、社交的な、まさに完璧令嬢だったけれど、今は違う。でも、僕は今のララの方が好きだし、友人たちとも本当に打ち解けていると思うんだ。今日みたいに、大勢の前で話す機会もこれから少しずつ増えていくと思う。だから、今日のことを忘れずに慣れていってね」
気がつけば涙が頬をつたい、手の甲に落ちた。外から見られないようにカーテンを閉めてくれたセレン様の手を引き、しばらく肩を借りる。泣き疲れた私は、馬車の振動とセレン様の鼓動を感じながらそのまま眠りに落ちた。
目を覚ましてからは、ただひたすらに楽しい話だけをして過ごした。きっと、セレン様が意図的にそうしてくれたのだと思う。
私がこの世界で得たものの中で1番私を変えてくれたのは、セレン様に違いない。もしもセレン様に出会えていなかったら、今の私はいなかったはずだ。もしかしたら、また死という選択をしていたかもしれない。
「ありがとうございます、セレン様」
「…ん?」
「セレン様に出会えて幸せです」
どちらからともなくハグをした私たちは、今この瞬間、世界で1番幸せだ。




