教育改革大作戦③
「カノンさん、今日のお菓子は何にしますか?」
「そうね…久しぶりにパウンドケーキはどうかしら?」
「カノンさーん」
「はーい、今行きます!」
私、クララベル・ロザリンドは12歳になった。この世界に来てから約5年半が経過し、今月末には王立アカデミーの中等部を卒業する。
ここ1週間、中等部に入学してすぐの頃に始めた「教育改革大作戦」の経過観察に来ている。もうアカデミーの授業もほとんどないので、空いた時間を利用して伯爵領までやってきたのだ。
学校の関係者の中で、私がロザリンド伯爵令嬢だと知らない人はいない。異国の貴族令嬢だったお母様譲りの銀髪はとても目を引くためだ。それでもカノンさんと呼んでもらっているのは、気兼ねなく相談してもらえて都合がいいという利点があるから。
「ララ様、少し休憩なさった方がいいのでは…」
ヴェラが小声で心配してくれたけれど大丈夫。この5年でクララベルの体はかなり丈夫になったから。お父様やセレン様にはかなりしぶられたが、体力をつけるために剣術を少しだけ習った。おかげで、マリンテリア様のことをメイフェルと呼ぶような仲にまで発展し、ブランカ伯爵令嬢と3人で過ごすことも多くなった。
「まだ大丈夫よ。ヴェラこそ、これはあなたの仕事じゃないのだからゆっくりしててね」
「いいえ、ララ様に関することは全て私の仕事です。むしろやらせてください」
そこまでいうのなら…ということで、教材の整理を手伝ってもらう。この学校では経費削減のため、教材の共有を行なっている。そのため、定期的に整理と点検を行わなくてはならないのだ。
「カノンさん、少しメモ用紙とインクが不足しています。補充をお願いします」
「わかりました、発注しておきますね」
今のところ順調に進んでいる「教育改革大作戦」だが、すでに何人かの中等部への入学者が誕生した。この学校ができた当初から通ってくれていた子達で、なんとSクラスへの所属が決まった子もいる。クラス分け試験の結果発表の日ばかりは関係者と生徒を集めてお祝いの会を開いた。もちろん、私の私財で。
実際にアカデミーへの入学者が出ると、次々とこの学校への参加者が増えていく。今では教室が足りなくなってきたために増設の案まで出ているほどだ。最近はお父様も快く資金を出してくれるようになった。
ちなみに、カートレッタ侯爵領で進んでいる同様の計画も順調なようで、あちらでも何人か入学者が出ているそうだ。あと数年経てばこの事業の噂が国中に回り、真似をする領も出てくることだろう。
「こんにちは、カノンさん」
「あら、アドベイラ。今は休憩?」
背後から声をかけられて振り向くと、赤毛をひとつにまとめて大人っぽい印象のアドベイラが立っていた。平民の女の子にしてSクラスという偉業を成し遂げたアドベイラには、長期休みの時などにこの学校で教師役をしてもらっているのだ。優しくて穏やかな性格で、見た目も可愛らしいアドベイラは、たまにしか教壇に立たないにも関わらず、生徒たちから圧倒的な人気を誇っている。
「はい、ちょうど授業が終わったところです。カノンさんはいつまでこちらに?」
「明日の昼頃までの予定よ。明後日は予定が入っているから」
「お忙しいのですね。最近はカートレッタ侯爵夫人様からのレッスンも受けておられると聞きましたが、ご無理をなさっているのではないか心配です」
アドベイラの言うとおり、アカデミー、レッスン、事業と忙しい日々を送っているが、とても充実した毎日を楽しいと思っている。
完全に日が落ちた頃、ヴェラや護衛たちと一緒にロザリンド伯爵家の別邸に帰ってきた。ここは事業を始めた頃からお世話になっているので、使用人たちも顔見知りばかりだ。晩餐の用意が出来ているとのことなので、コートを近くの侍女に預けてダイニングへ向かう。
扉を開けてもらって中へ入ると、「おかえりなさい」という声が聞こえた。
「ど、うしてここに…」
声の主はセレン様だった。
「こんなものをもらったら、明後日まで待ちきれなくなってね」
セレン様の手には、2日ほど前に私が出した手紙が握られていた。1週間近く会えていなくて寂しいと書いたのだが、どうやらセレン様も同じように思ってくれたみたいだ。
「遠いのにありがとうございます。嬉しいですわ」
セレン様のすぐ隣に座って晩餐を始める。今日は1日動き回ったので、いつもよりしっかりと食べた。
「明日、ララと一緒に学校へ行ってもいい?邪魔はしないし、手伝うから」
「もちろんです」
セレン様には客室を使ってもらい、私は自室へ下がる。湯浴みをしてから、ふかふかに整えられたベッドへ倒れ込んだ。久しぶりにセレン様に会えて嬉しかった。明日は1日一緒にいられると思ったら自然と口角が上がる。この5年で、随分とセレン様のことが好きになったみたいだ。




