自覚と宣言
セレン様の自室に戻ってきた私たちは、晩餐の時間まで談笑して過ごすことにした。今日はたくさんの人と話して少し気疲れしているけれど、1年に1度しかないセレン様の誕生日なので、これくらいへっちゃらだ。
「お疲れ様でした。人が多かったですが、体調は悪くないですか?」
「心配しすぎですわ。事業を始めてから随分と慣れました」
セレン様と一緒にアカデミーを休んだあの日から、パニックやフラッシュバックは起こしていない。それはひとえに、セレン様のおかげだろう。セレン様が私のことをやりすぎな程に気遣ってくれて、無理をしないようにと口癖のように言ってくれるから。
「ララは少しでも目を離すとすぐに無理をしますから。心配はしすぎくらいがちょうどいいのですよ」
セレン様と視線が一直線上に重なり、ふふっと笑みがこぼれた。あぁ、これこそが幸せ。
「セレン様、実は私もプレゼントを用意してきたのです。大したものでは無いのですが…」
「えっ…本当に?」
私はカバンから箱を2つ取り出した。
「お誕生日おめでとうございます。いい1年にしてくださいね」
「ありがとうございます。ララが祝ってくれただけでもう幸せです…」
そして、それは?ともう1つの箱を指された。
「これは…おまけですし出来も悪いので…」
「僕のために作ってくれたもの、ということですか?」
なんだか気恥ずかしくて首を縦に振り肯定した。中身は私が刺繍を施した生成のハンカチーフだ。この世界に来てから始めた刺繍はまだまだ上手とは言えない出来なのだが、何か私の手で作ったものをと考えた結果だった。
「こ、れは…」
銀糸で縫われたSと紫糸で縫われたKの文字。箱を開けたセレン様はその意図に気がついたらしい。
自分の髪や瞳の色の糸で相手のイニシャルを縫う行為の意味は「相手の占有」
セレン様がいつの日か私の頭にキスをしたのと同じ意味だ。
「自意識過剰でしょうか?」
そして、もうひとつの意味は「好意の表れ」
「いいえ、違います」
私はいつの間にか、セレン様の事が好きになっていた。2回の人生で初めての感情に最初は戸惑ったけれど、この人なしでの人生はもう考えられないと思った時、これは恋だと気がついた。
「もう、本当に良かった…」
私の腕の中で静かに泣いたセレン様を美しいと思った。愛おしいと思った。
談笑が続く穏やかな時間が過ぎ、セレン様付きの使用人が晩餐の時間を知らせた。今日はセレン様の家族とご一緒する予定になっているのだ。
「少し緊張します…侯爵夫人のマナーは社交界で最高と言われていますから」
「ララなら大丈夫ですよ。それに母上もララに対して厳しいことは言わないはずです」
1階のダイニングではセレン様の弟君のテルル様が席に着いていた。年下ではあるものの身分はテルル様の方が上なので、丁寧な淑女の礼をする。
「やめてください。ロザリンド様は兄上の婚約者なのですから」
「わかりました。どうぞ私のことはクララベルとお呼びください」
「みんな揃っているようだな。クララベル嬢、今日は無理を聞いてもらってすまない」
「とんでもございません。皆様とご一緒できる機会は滅多にありませんから」
ご家族が揃い、晩餐が始まった。どう言うわけか、ちょうど食べ切れる量しか出てこない。我が家では私の提案で適量の食事になっているが、他の貴族たちはそうではないはずだ。疑問に思っていると、セレン様から補足が入った。
「伯爵家では当たり前だと聞いたのです。合っていますか?」
「はい、お気遣いいただきありがとうございます」
「あなたたち、ずっとそんなに固い話し方をしているの?それとも私たちの前だけかしら?」
「ずっとこんな感じですよ。敬称や敬語をやめてもらえたらと思ってはいるんですがね。ララに多くを求めるのは酷かと思いまして」
「セレン様がお望みなら、努力はしてみます、けど…」
そんなに嬉しそうな笑顔を浮かべられたら頑張るしかないじゃないか。
「私たちのことをお義父さん、お義母さんと呼んでくれてもいいのよ?」
「それはいい、娘ができたみたいだ!」
「それではお義父様、お義母様とお呼びしますね」
隣でセレン様が「どうしてそんなにすんなり!」と抗議したげだが、私にも心の準備というものがあるのだ。
その日の夜、自室のベッドに横になった私は、ふと前世のことを思い起こした。
人格を否定されて辛いこともたくさんあった。自ら死を選んだ時、やっと解放されるのだと安心した程に。リアネン様に新しい命を与えてもらった後も、記憶がそのまま残っていたために大変な思いをしたが、今ではそれに感謝している。セレン様というかけがえのない存在が出来て、新しい感情を知ることもできた。ひとえにリアネン様とセレン様のおかげだ。
もう存在ごと消えてしまいたいなど思わない。死んでしまいたいなどとも思わない。私はクララベル・ロザリンドで、私のことを大切に思ってくれる人もいるのだから。




